第百七十話 禁忌の融合
ドクン――。
ドクン――。
翡翠魔兵の胸に埋め込まれた魔核が、再び不気味な鼓動を刻み始める。
先ほどビルセイヤが《断流》によって断ち切ったはずの穢れた魔力。
その失われた流れを埋めるように、ガイゼル自身の命が流し込まれていた。
「ぐっ……!」
ガイゼルの顔色はみるみる青白く変わっていく。
それでも口元には狂気じみた笑みが浮かんでいた。
「これで……いい。」
「これで神代へ届く……!」
蛇杖は鮮血を吸い込み、禍々しい赤黒い光を放つ。
その魔力は翡翠魔兵へと注がれ続けていた。
◇◇◇
「正気じゃない……。」
フィリアが震える声を漏らす。
「自分の命を魔核へ……。」
エミリアも静かに首を振った。
「もう魔法ではありません。」
「命そのものを燃料にしています。」
ヴァルグラムの表情は険しい。
『神代でも禁じられた術だ。』
『魂を魔核へ繋ぎ、疑似的な神兵へ変える禁術。』
『完成すれば使用者は二度と人へ戻れぬ。』
◇◇◇
ガイゼルは笑った。
「戻る必要などない。」
「人など弱い。」
「限界がある。」
「だからこそ、神代の力を手にする!」
その瞬間。
翡翠魔兵の胸部が大きく開いた。
結晶が花弁のように左右へ裂ける。
その中心には、鼓動を続ける巨大な翡翠魔核。
そして――。
ガイゼルの身体が、ゆっくりと宙へ浮かび上がった。
「まさか……。」
セシリアが息を呑む。
ガイゼルは抵抗しない。
自ら魔核へ向かって歩み始めた。
◇◇◇
「止める!」
ビルセイヤが駆け出す。
「させません!」
フィリアが聖なる光を放つ。
「《ホーリー・ジャベリン》!」
純白の光槍が一直線に飛ぶ。
しかし。
ガイゼルの前へ黒い結界が展開された。
ガァン!!
光槍は弾かれ、霧散する。
「結界!」
フィリアが驚く。
ガイゼルは振り返りもせず笑った。
「融合が始まった今。」
「誰にも止められん。」
◇◇◇
「ビルセイヤ!」
ツバサが叫ぶ。
「左だ!」
融合を守るように、翡翠魔兵の四本の腕が一斉に襲い掛かる。
ドゴォォォォン!!
大地が砕ける。
ビルセイヤは紙一重で回避。
白枝で反撃する。
「飛天御剣流!」
《龍翔閃》!
ガキィィィン!!
腕を斬り飛ばす。
だが――。
切断された腕は黒い結晶となり、瞬く間に再生してしまう。
「再生が速くなってる!」
ツバサが舌打ちする。
◇◇◇
その頃。
フェンリルは白き霊樹の前で低く唸っていた。
ガルルルル……。
白き霊樹も苦しげに枝葉を揺らしている。
すると。
一枚。
また一枚。
白い葉が舞い落ちた。
その葉はビルセイヤの周囲を静かに巡る。
「……これは。」
カグラが目を見開く。
「霊樹が力を貸しています!」
◇◇◇
白い葉は全部で七枚。
白枝の周囲を円を描くように回り始める。
その光景を見たヴァルグラムが静かに呟いた。
『七葉の加護。』
『白き霊樹最大の祝福だ。』
「七葉の加護?」
エミリアが尋ねる。
『霊樹が真に認めた者へ与える神代の加護。』
『穢れを断つ力がさらに高まる。』
ビルセイヤは白枝を握り直した。
刀身がこれまでにないほど澄み切っている。
穢れと命。
その境界が、はっきりと見えていた。
◇◇◇
だが、その直後だった。
「間に合った。」
ガイゼルが不気味に笑う。
身体の半分がすでに魔核へ溶け込んでいた。
人の脚は結晶へ変わり。
胸は翡翠色に染まり。
左腕は巨大な結晶の腕へ変貌している。
「見ろ。」
「これが。」
「人を超えた姿だ。」
ゴォォォォッ!!
融合が完成した瞬間。
翡翠魔兵の瞳へ、ガイゼルの黄金色の瞳が宿った。
今まで無機質だった魔兵へ、明確な意思が宿る。
「まずい!」
エミリアが叫ぶ。
「魔兵に知性が!」
ヴァルグラムも険しい表情を浮かべた。
『最悪だ。』
『完全融合してしまった。』
◇◇◇
融合したガイゼルは、ゆっくりとビルセイヤへ顔を向けた。
その口元が歪む。
「ありがとう。」
「契約者候補。」
「お前のおかげで。」
「私は神代へ一歩近づいた。」
巨大な身体が一歩踏み出す。
その一歩だけで聖域全体が揺れた。
黒い瘴気と翡翠色の魔力が渦を巻き、空までも染め上げていく。
白き霊樹の葉が激しく舞う。
フェンリルが天を震わせる咆哮を放つ。
そしてビルセイヤは、白枝を静かに構えた。
「……違う。」
その声は静かだった。
しかし、揺るがない。
「お前は神へ近づいたんじゃない。」
「命から最も遠い存在になっただけだ。」
その言葉に、融合したガイゼルの笑みがゆっくりと消えていく。
神代の禁忌。
人の執念。
そして契約者候補。
すべてを懸けた最後の戦いが、今まさに始まろうとしていた。
――続く。




