第百六十九話 神域剣技 ――断流
キィィィン――。
白枝が澄み切った音色を響かせる。
その刀身には、白き霊樹、紅蓮の霊樹、炎心晶、そして神炎の加護が一つとなった光が宿っていた。
眩い光ではない。
柔らかく、温かな輝き。
命を守るためだけに存在する光だった。
「……これが。」
ビルセイヤは静かに息を吐く。
刀を握る両手から、不思議な感覚が伝わってくる。
翡翠魔兵を流れる魔力。
白き霊樹の根を巡る命の流れ。
泉を満たす清浄な力。
それらすべてが、一本の川のように見えていた。
◇◇◇
「見えているのですね。」
カグラが優しく微笑む。
「命の流れが。」
『神域剣技。』
ヴァルグラムが静かに頷く。
『《断流》とは、力そのものを断つ剣。』
『肉を斬る技ではない。』
『命を傷つけず、穢れだけを絶つ神代の剣である。』
ビルセイヤは白枝をゆっくりと構えた。
「なるほど。」
「だからアークレイドさんは……。」
あの試練で語っていた。
剣は人を斬るためだけにあるのではない、と。
◇◇◇
ガイゼルが険しい表情で一歩下がる。
「その技は……。」
「完成していないはずだ。」
「人間に扱えるものではない!」
蛇杖を高く掲げる。
「翡翠魔兵!」
「契約者を殺せ!!」
ゴォォォォォッ!!
翡翠魔兵が大地を踏み砕き、再び突進した。
四本の腕が同時に振り下ろされる。
圧倒的な質量。
圧倒的な速度。
まともに受ければ、ひとたまりもない。
◇◇◇
「セシリア!」
「道を!」
「任せて!」
セシリアは盾を構え、真正面へ飛び込んだ。
「《フォートレス》!」
無属性魔法を極限まで集中させる。
ドォォォォン!!
巨大な拳が盾へ激突する。
「ぐぅっ!!」
腕が痺れる。
足元が沈む。
それでも盾は下がらない。
「今よ!!」
◇◇◇
「エミリア!」
「はい!」
精霊たちが一斉に舞う。
「風の精霊!」
「彼へ道を!」
柔らかな追い風。
ビルセイヤの身体が羽のように軽くなる。
「フィリア!」
「《ホーリー・ブレス》!」
聖なる光が白枝を包む。
刀身はさらに澄み渡った。
「ツバサ!」
「右は任せろ!」
ツバサが翡翠魔兵の側面へ飛び込み、四本の腕のうち二本を引き付ける。
「こっちだ!」
魔兵の注意が僅かに逸れた。
◇◇◇
その一瞬だった。
ビルセイヤは静かに目を閉じる。
風。
炎。
霊樹。
泉。
命。
すべての流れが一つに重なる。
見えた。
翡翠魔核から白き霊樹へ伸びる、一本の穢れた魔力。
命を奪い続ける黒い流れ。
「そこか。」
白枝を静かに振り上げる。
飛天御剣流。
そして神域剣技。
「――《断流》」
◇◇◇
振り下ろされた一太刀は、驚くほど静かだった。
音もない。
風もない。
ただ白銀の軌跡だけが聖域を横切る。
スッ――。
一瞬。
誰も何が起きたのか理解できなかった。
◇◇◇
ピシッ。
翡翠魔兵の胸から伸びていた黒い魔力の流れに、小さな亀裂が走る。
次の瞬間。
パキィィィン!!
黒い流れそのものが砕け散った。
翡翠魔兵の胸にある魔核が激しく明滅する。
ドクン。
ドクン。
鼓動が乱れ始める。
「何だと!?」
ガイゼルが初めて大きく動揺した。
「魔力供給が……!」
「止まった!?」
◇◇◇
翡翠魔兵は苦しそうに後退する。
四本の腕が震え始める。
全身を覆っていた結晶が次々と崩れ落ちた。
白き霊樹の根からは、逆に清らかな光が泉へ流れ始める。
エミリアが歓声を上げた。
「戻っています!」
「命の流れが正常に!」
フィリアも笑顔になる。
「再生が止まりました!」
◇◇◇
しかし。
ガイゼルは歯を食いしばった。
「まだだ!」
「まだ終わらん!」
蛇杖を胸へ突き立てる。
驚くべきことに、自らの胸を傷付けたのだ。
鮮血が杖へ流れ込む。
「ガイゼル!」
セシリアが目を見開く。
蛇杖が妖しく輝いた。
「我が命を媒介とし!」
「翡翠魔核へ捧げる!」
ビルセイヤの表情が変わる。
「自分の命まで使う気か!」
「当然だ!」
ガイゼルは狂気じみた笑みを浮かべた。
「神代のためなら!」
「この程度の代償!」
蛇杖から放たれた赤黒い魔力が、翡翠魔兵の胸へ吸い込まれていく。
止まりかけていた鼓動が、再び大きく脈打った。
ドクン――!!
翡翠魔兵の身体がさらに巨大化し始める。
砕けたはずの結晶が、新たな黒い結晶へと変質していく。
ヴァルグラムが低く唸った。
『奴は……。』
『翡翠魔兵と己を融合させるつもりだ。』
神代の禁忌。
人と魔核の融合。
最悪の選択を前に、聖域の空気が再び緊張に包まれた。
――続く。




