第百六十八話 神代の失敗作
ゴォォォォォッ!!
翡翠魔兵は大地を砕きながら一直線に突進してきた。
その巨体は三メートルを優に超え、四本の腕には翡翠色の結晶が幾重にも生え、動くたびに不気味な音を立てている。
胸部の巨大な翡翠魔核が脈打つたび、周囲の木々は生命力を吸われるように葉を落としていった。
「まずい!」
エミリアが叫ぶ。
「森の魔力まで吸収しています!」
◇◇◇
「セシリア!」
「前へ!」
「任せて!」
セシリアは盾を構え、一気に飛び出した。
「《身体強化》!」
全身へ無属性魔法を巡らせる。
翡翠魔兵の拳が振り下ろされる。
ドォォォン!!
盾と拳が激突した。
「くっ……!」
石畳が砕け、セシリアの足元が深く沈む。
重い。
今まで戦ってきたどの魔物よりも重い一撃だった。
それでも歯を食いしばり、盾を押し返す。
「ビルセイヤ!」
「今よ!」
◇◇◇
ビルセイヤは白枝を抜き放つ。
風魔法を刀身へ纏わせ、一気に間合いを詰めた。
「飛天御剣流――」
一閃。
ガキィィン!!
白枝が翡翠魔兵の腕へ命中する。
だが。
「硬い……!」
結晶が火花を散らすだけで、ほとんど傷が付かない。
ツバサも横から斬り込む。
「《疾風斬》!」
連続斬撃。
しかし結果は同じだった。
「おいおい!」
「岩より硬いぞ!」
◇◇◇
翡翠魔兵は四本の腕を同時に振るった。
ブォン!!
猛烈な風圧が発生する。
「散って!」
セシリアの声で全員が左右へ飛び退く。
直後。
ドゴォォォォン!!
後方の巨木が数本まとめて吹き飛ばされた。
「威力が桁違いね……。」
セシリアが額の汗を拭う。
「正面から受け続けるのは無理よ。」
◇◇◇
エミリアはすぐに弓を構えた。
「弱点を探します!」
精霊の力を瞳へ集中する。
魔力の流れが見える。
翡翠魔兵の全身を巡る禍々しい魔力。
その流れは胸の巨大な魔核から四肢へ広がっていた。
「見つけました!」
「胸です!」
「魔力は全部あの核から!」
「やっぱりか。」
ビルセイヤも頷く。
ヴァルグラムが低く告げる。
『神代兵器は魔核が本体。』
『四肢を壊しても再生する。』
『核を止めるしかない。』
◇◇◇
「なら!」
フィリアが杖を掲げる。
「聖なる光よ!」
「《ホーリー・チェイン》!」
無数の光の鎖が翡翠魔兵へ伸びる。
ガシャァン!!
腕へ巻き付き、一瞬だけ動きを止めた。
「今です!」
「援護します!」
さらに氷魔法を重ねる。
「《アイスランス》!」
氷の槍が結晶の足元を凍らせる。
翡翠魔兵の動きが僅かに鈍る。
◇◇◇
「行くぞ!」
ツバサが笑う。
「ようやく隙ができた!」
風を纏い、右側から跳躍。
剣を逆手に持ち替え、胸の魔核を狙う。
「《疾風牙突》!」
ガキィィィン!!
鋭い突きが魔核へ命中する。
しかし。
「ちっ!」
「弾かれた!」
魔核の周囲には透明な結界が張られていた。
「結界付きかよ!」
◇◇◇
ガイゼルが愉快そうに笑う。
「当然だ。」
「魔核は最大の成果。」
「簡単に壊されては困る。」
蛇杖を掲げる。
「再生しろ。」
翡翠魔兵の傷が瞬く間に塞がっていく。
「再生まで!」
フィリアが驚く。
「本当に神代兵器……。」
◇◇◇
その時だった。
フェンリルが低く唸る。
ガルルルル……。
白き霊樹の周囲をゆっくり歩き始めた。
「フェンリル?」
エミリアが見つめる。
守護獣は霊樹の根元を鼻で探り始めた。
そして。
コン、と前脚で一か所を叩く。
地面の下から、淡い白い光が漏れた。
「地下……?」
ビルセイヤが目を細める。
カグラは息を呑む。
「まさか!」
「霊樹の根です!」
「根?」
「白き霊樹の根が泉の下を通っています!」
◇◇◇
ヴァルグラムが大きく頷く。
『そういうことか。』
『翡翠魔核は霊樹の根から力を奪っている。』
『だから無限に再生するのだ。』
「つまり!」
セシリアが叫ぶ。
「魔核と霊樹の繋がりを断てば!」
『再生は止まる。』
炎神は断言した。
◇◇◇
ビルセイヤは静かに白枝を握り直す。
霊樹。
泉。
翡翠魔核。
すべて一本の線で繋がった。
「直接魔核を壊すんじゃない。」
「力の流れを断つ。」
その言葉に白枝が静かに震える。
キィィン――。
刀身へ白き霊樹の光が集まり始めた。
まるで霊樹自身が、その一太刀へ願いを託しているかのように。
ガイゼルはその輝きを見て初めて表情を変えた。
「……その剣。」
「まさか。」
「神代の《断流》まで継承しているのか……!」
千年前、アークレイドだけが到達したと伝わる剣技。
命を傷つけることなく、魔力の流れだけを断ち切る神域の一太刀。
その境地へ、ビルセイヤの剣は静かに近づこうとしていた。
――続く。




