第百六十五話 蛇の牙幹部 ――《蛇杖のガイゼル》
白き霊樹の光が聖域を照らす。
その輝きとは対照的に、蛇の牙の幹部が纏う魔力はどこまでも禍々しかった。
黒衣の裾が風もないのに揺れる。
手にした黒い杖には、二匹の蛇が絡み合うような装飾が施され、翡翠色の魔石が不気味な鼓動を刻んでいた。
やがて男は、ゆっくりと仮面へ手を掛ける。
「ここまで来たのだ。」
「名くらいは教えてやろう。」
仮面が外される。
現れたのは四十代ほどの男だった。
痩せた頬。
蛇のように細い黄金色の瞳。
左頬には古い傷跡が一本走っている。
「我が名は――ガイゼル。」
「蛇の牙、第三幹部。」
男は蛇杖を軽く掲げた。
「《蛇杖のガイゼル》だ。」
◇◇◇
「第三幹部……」
セシリアが剣を握り直す。
「幹部が何人いるのか知らないけど、かなり上の立場みたいね。」
「間違いない。」
ツバサが低く答える。
「ここまで大規模な計画を任されるんだ。」
「相当な実力者だろ。」
ビルセイヤは静かにガイゼルを見据えた。
「白き霊樹を狙った理由を話せ。」
「理由?」
ガイゼルは肩を震わせて笑う。
「決まっている。」
「神代を終わらせるためだ。」
◇◇◇
その言葉に、ヴァルグラムの瞳が鋭く細められた。
『愚かな。』
『神代を終わらせれば世界そのものが崩れる。』
「だからどうした?」
ガイゼルは薄く笑う。
「古い秩序は壊れるためにある。」
「世界樹も。」
「霊樹も。」
「神々も。」
「全て新しい世界へ作り替える。」
カグラが静かに首を振る。
「違います。」
「それは創造ではありません。」
「破壊です。」
「破壊なくして創造はない。」
ガイゼルは迷いなく言い切った。
「神代は終わる。」
「それが我ら蛇の牙の悲願。」
◇◇◇
「勝手な理屈だな。」
ビルセイヤは一歩前へ出る。
「命を踏みにじってまで叶える願いに価値はない。」
「価値を決めるのは勝者だ。」
ガイゼルの蛇杖がゆっくり持ち上がる。
「歴史とは、最後に立っていた者だけが語れる。」
「なら。」
ビルセイヤは白枝を構えた。
「ここでお前を止める。」
◇◇◇
「ふふふ……。」
ガイゼルは不気味に笑った。
「できるかな?」
杖を地面へ突き立てる。
ゴォォォッ!!
聖域全体が激しく震えた。
黒い魔法陣が次々と広がっていく。
「また魔法陣!」
フィリアが叫ぶ。
しかし今回は違う。
魔法陣は一つではない。
十。
二十。
三十。
無数に現れた。
◇◇◇
「来る!」
エミリアが弓を構える。
次の瞬間。
魔法陣から黒い影が次々と這い出した。
狼。
熊。
蛇。
鹿。
しかし、そのどれもが骨だけの姿だった。
翡翠色の光が骨の隙間を流れている。
「魔物じゃない!」
セシリアが目を見開く。
「魔獣の死骸だ!」
ガイゼルは満足そうに頷いた。
「そう。」
「森で死んだ獣たちだ。」
「我が研究の副産物だよ。」
「死者を利用するなんて……!」
フィリアの顔が青ざめる。
「最低です!」
◇◇◇
フェンリルが怒りの咆哮を上げた。
ガァァァァォォォ!!
かつての仲間たち。
森を守っていた獣たちが操られている。
その姿を見て、守護獣の怒りは頂点へ達していた。
「落ち着け!」
ビルセイヤが声を掛ける。
「今のお前が怒りに飲まれたら奴の思う壺だ!」
フェンリルは苦しそうに息を荒げる。
しかし数秒後、大きく息を吐いた。
怒りを押さえ込んだのだ。
その姿にエミリアは静かに微笑む。
「もう大丈夫。」
「フェンリルも、穢れには負けません。」
◇◇◇
「面白い。」
ガイゼルは感心したように頷く。
「守護獣まで精神を成長させたか。」
「だが。」
蛇杖を振る。
「数で押し潰せ。」
ガシャァァァ!!
骨の魔獣たちが一斉に突撃してきた。
「迎え撃つ!」
ビルセイヤが叫ぶ。
「セシリア!」
「前衛!」
「任せて!」
盾を構え、一直線に突撃する。
「ツバサ!」
「右を頼む!」
「了解!」
風を纏い、一気に右側の敵陣へ飛び込む。
「エミリア!」
「フィリア!」
「後方支援!」
「はい!」
二人は同時に魔法陣を展開した。
◇◇◇
ビルセイヤは白枝を静かに構える。
骨だけとなった魔獣たち。
彼らもまた、本来はこの森の命だった。
「もう苦しまなくていい。」
白枝が白銀に輝く。
「眠れ。」
飛天御剣流。
「《龍翔閃》!」
一閃。
白銀の斬撃が骨の魔獣たちを包み込む。
ガシャァァァン!!
骨は砕け散る。
だが黒い瘴気は残らない。
白い光となって空へ昇っていく。
まるで魂が解放されたかのように。
◇◇◇
その光景を見た白き霊樹が、静かに枝葉を揺らした。
サァァァ……。
優しい風が聖域を吹き抜ける。
森の命たちは、ようやく本当の安らぎを得ていた。
しかし、その様子を見つめるガイゼルの表情に焦りはない。
むしろ――。
「そうだ。」
「その力だ。」
「その剣こそが欲しかった。」
黄金色の瞳が妖しく輝く。
「契約者候補、ビルセイヤ。」
「お前の存在こそ、我ら蛇の牙最大の収穫なのだから。」
その言葉の意味を知る者は、まだ誰もいなかった。
――続く。




