第百六十四話 聖域の決戦
フェンリルの咆哮が、ルミナスの深森全体へ響き渡る。
ウォォォォォン――!!
その声は王の号令だった。
森に住まう獣たちが次々と姿を現す。
フォレストウルフ。
グレートボア。
ナイトホーク。
そして、小さな精霊獣たち。
どの瞳にも、先ほどまでの狂気はない。
白き霊樹が浄化され始めたことで、本来の理性を取り戻していた。
フェンリルは白き霊樹の前へ立ち、大きく胸を張る。
その姿はまさに、この森を守る王そのものだった。
◇◇◇
「面白い。」
蛇の牙の幹部は黒い杖をゆっくりと掲げる。
仮面の奥から、不気味な笑い声が漏れた。
「ならば、その王ごと支配してやろう。」
杖の先端に黒と翡翠の魔力が渦巻く。
禍々しい魔法陣が空中へ展開された。
「《翡翠呪縛》」
無数の翡翠色の鎖が、フェンリルへ向かって放たれる。
「危ない!」
エミリアが叫ぶ。
だが――。
ビルセイヤはすでに動いていた。
◇◇◇
「飛天御剣流!」
地を蹴る。
一瞬でフェンリルの前へ躍り出る。
白枝が白銀の軌跡を描いた。
「龍巣閃!」
ガガガガガッ!!
連続する斬撃が翡翠の鎖を次々と断ち切っていく。
切断された鎖は光の粒となって霧散した。
「何っ!?」
蛇の牙の幹部が初めて驚愕の声を上げる。
「呪縛魔法を……斬っただと?」
「お前の魔法は命を縛る。」
ビルセイヤは静かに白枝を構え直す。
「だったら斬れる。」
◇◇◇
「今です!」
フィリアが杖を掲げる。
「聖なる光よ!」
「《ホーリー・ランス》!」
純白の光槍が一直線に放たれる。
蛇の牙の信徒の一人へ命中。
ドォン!!
黒衣の男は吹き飛び、黒い瘴気を撒き散らしながら地面へ転がった。
「ぐあっ!」
「聖属性が効いています!」
フィリアの声に、セシリアも笑みを浮かべる。
「なら遠慮はいらないわね!」
◇◇◇
セシリアは盾を構え、一気に敵陣へ飛び込む。
「はああっ!」
盾が一人目を弾き飛ばす。
その勢いのまま剣を振るい、二人目の武器を弾く。
「ツバサ!」
「任せろ!」
ツバサが横から飛び込む。
「《疾風斬》!」
風を纏った斬撃が黒衣の男たちを薙ぎ払う。
次々と敵が倒れていく。
「やっぱり数だけだな!」
ツバサは軽く笑った。
◇◇◇
一方、エミリアは後方から精霊魔法を展開する。
「風の精霊。」
「森の子たちを守って。」
柔らかな風が森全体へ広がる。
傷ついた獣たちを包み込み、体力を少しずつ回復させていく。
さらに。
「水の精霊。」
「穢れを洗い流してください。」
細かな雨粒が降り始める。
その雨は黒い瘴気だけを浄化し、木々へ新たな生命力を与えていった。
フェンリルが嬉しそうに空を見上げる。
白き霊樹の枝葉も、わずかに光を取り戻し始めていた。
◇◇◇
「馬鹿な……。」
蛇の牙の幹部は顔を歪める。
「聖域そのものが奴らへ味方している……!」
その時だった。
白き霊樹から一本の光が降り注ぐ。
それは真っ直ぐビルセイヤの白枝へ吸い込まれた。
刀身が一段と輝きを増す。
「これは……。」
ビルセイヤは静かに目を見開いた。
頭の中へ、誰かの優しい声が響く。
『ありがとう……。』
女性のような。
母のような。
どこまでも温かな声。
『どうか……森を……。』
その瞬間。
白き霊樹の根元に刻まれていた古代文字が浮かび上がった。
ヴァルグラムが目を見開く。
『神代文字……!』
カグラも息を呑む。
「霊樹が、自ら語り始めています……!」
◇◇◇
しかし、その光景を見た蛇の牙の幹部は狂気じみた笑みを浮かべた。
「そうか!」
「やはりそうだったか!」
仮面の奥から歓喜の笑い声が漏れる。
「白き霊樹は鍵だ!」
「四霊樹へ繋がる門の!」
その言葉に、ビルセイヤたちの動きが止まる。
「四霊樹……?」
セシリアが呟く。
蛇の牙の幹部は大きく両腕を広げた。
「世界樹だけでは終わらん!」
「紅蓮。」
「白枝。」
「そして残る二本!」
「我ら蛇の牙がすべてを手に入れれば、神代の封印は完全に崩れる!」
ヴァルグラムの表情が険しくなる。
『奴ら……。』
『そこまで知っていたか。』
◇◇◇
ビルセイヤは白枝を静かに構えた。
もう迷いはない。
世界樹。
三霊樹。
そして神代の契約。
蛇の牙は、それらすべてを利用しようとしている。
「ここで止める。」
短く呟く。
白枝が応えるように澄んだ音を響かせた。
白き霊樹の光。
紅蓮の霊樹の加護。
炎神ヴァルグラムの力。
すべてを宿した一振りが、静かに輝きを放つ。
決戦は、いよいよ蛇の牙幹部との直接対決へと移ろうとしていた。
――続く。




