第百六十三話 神代の契約
紅蓮の霊樹、炎心晶、そして白枝。
三つの力が共鳴した瞬間、聖域全体を包む空気が一変した。
轟々と燃え続けていた神炎は、不思議なほど穏やかな揺らめきへと変わる。
床に浮かび上がった巨大な魔法陣は、白銀、紅蓮、翡翠の三色に輝き、その中心で一振りの刀を象った紋様が神々しい光を放っていた。
「これは……」
セシリアが思わず息を呑む。
「さっきまでの魔法陣とは違う……」
「ええ」
エミリアは目を閉じ、流れ込む魔力を感じ取る。
「とても優しい……。まるで世界そのものが呼吸をしているみたいです」
フィリアも静かに杖を握り締めた。
「聖属性とも違います……。もっと根源的な命の力です」
◇◇◇
ヴァルグラムはゆっくりと祭壇の前へ歩み出た。
炎の王は、その巨大な身体を魔法陣へ向ける。
『これこそが神代の契約。』
『世界樹と三霊樹が、未来を託す者を認めた時のみ現れる神代最古の盟約である。』
カグラも静かに頷く。
「私も初めて見ます……」
「伝承でしか知らなかった神代の契約が、本当に存在していたなんて……」
「神代の契約?」
ツバサが眉をひそめる。
ヴァルグラムはビルセイヤを見据えながら答えた。
『世界が創られし時。』
『世界樹は、自らだけでは世界を守れぬと悟った。』
『故に三本の霊樹を生み出し、それぞれへ使命を託した。』
炎を司る紅蓮の霊樹。
水と命を司る蒼海の霊樹。
風と大地を司る翠嵐の霊樹。
『そして、四つの樹を一つに繋ぐ者。』
『それが契約者だ。』
◇◇◇
ビルセイヤは静かに白枝を見下ろす。
刀身はこれまで以上に澄み渡り、まるで一枚の鏡のように光を映していた。
「俺が……契約者?」
『まだ候補だ。』
ヴァルグラムは静かに首を振る。
『契約は一度結べば終わりではない。』
『四つの霊樹すべてが、お主を認めた時、初めて完成する。』
「ということは……」
セシリアが口を開く。
「まだ紅蓮の霊樹だけ?」
『そうだ。』
『ルミナスの深森の白き霊樹は世界樹の眷属。』
『契約の一部にはなるが、本来の三霊樹とは異なる。』
「まだ旅は続くってことですね」
エミリアが微笑んだ。
『その通りだ。』
◇◇◇
しかし、その穏やかな空気を壊すように黒い笑い声が響いた。
「くくく……」
「なるほど。」
蛇の牙の男が仮面越しに笑う。
「だから貴様だったのか。」
ゆっくりと杖を構える。
「神代の契約者候補。」
「実に興味深い。」
その声音には狂気にも似た歓喜が混じっていた。
「研究材料としては最高だ。」
「残念だが断る。」
ビルセイヤは一歩前へ出る。
「お前たちに協力する理由はない。」
「協力?」
男は肩を震わせて笑った。
「違う。」
「連れて帰るだけだ。」
◇◇◇
その瞬間だった。
黒衣の男の周囲に残っていた蛇の牙の信徒たちが、一斉に剣を抜く。
十人。
いや、それ以上。
先ほどの戦いで倒れた者とは別の集団だった。
「囲まれた!」
ツバサが低く言う。
セシリアはすぐに盾を構えた。
「フィリア!」
「霊樹をお願い!」
「はい!」
フィリアは若木の前へ立ち、浄化結界を展開する。
エミリアは弓を構えながら森の気配を探った。
「まだ増えます!」
「外にも人がいます!」
「完全に待ち伏せだったか。」
ビルセイヤは周囲を見渡す。
蛇の牙は最初から、この聖域で契約者候補を捕らえるつもりだったのだ。
◇◇◇
その時。
静かだった白銀の守護獣フェンリルが前へ出た。
ガァォォォォォン!!
神域そのものを震わせる咆哮。
その声は先ほどまでとは違う。
力強く。
誇り高い。
聖域中へ響き渡る。
次の瞬間、森の奥から次々と返事が返ってきた。
ウォォォン!
キィィィ!
グルルル……
獣たちの鳴き声。
鳥たちの羽ばたき。
森全体が呼応している。
「まさか……!」
エミリアが目を見開いた。
「森のみんなが……!」
フェンリルは再び咆哮を上げる。
すると、聖域の周囲から狼、鹿、鳥、小さな精霊獣たちが姿を現した。
穢れから解放された森の仲間たちだった。
◇◇◇
「森が……」
カグラは微笑む。
「応えてくれています。」
ヴァルグラムも静かに頷いた。
『これが守護獣の真の力。』
『森の命を束ねる王である。』
蛇の牙の男は舌打ちした。
「面倒な。」
「ならば全部まとめて始末する。」
黒い杖を高く掲げる。
翡翠色の魔力が天へ昇る。
だが。
ビルセイヤは静かに白枝を構えた。
その刀身へ、白銀の光が集まり始める。
「今度は俺たちが守る番だ。」
セシリアが隣へ並ぶ。
「もちろん。」
エミリアは弓を引き絞る。
「森はもう泣かせません。」
フィリアは杖を掲げる。
「必ず守り抜きます!」
ツバサは笑みを浮かべながら剣を肩へ担いだ。
「ようやく本気で暴れられそうだな。」
神代の契約が目覚めた聖域で、最後の決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。
――続く。




