第百六十一話 穢れし守護獣を救え
ガアアアアァァッ!!
穢れた守護獣の咆哮が、炎神の聖域を震わせた。
その声には獣の怒りだけではない。
苦しみと悲しみ、そして助けを求める叫びが混ざっていた。
白銀だったはずの毛並みは、翡翠色の亀裂に覆われ、黒い瘴気が絶え間なく溢れ出している。
巨大な身体が一歩踏み出すたびに、大地が震えた。
「来る!」
セシリアが盾を構える。
◇◇◇
守護獣は一直線にビルセイヤへ飛び掛かった。
その速度は巨体からは想像できないほど速い。
鋭い牙が目前まで迫る。
だが――。
ギィィン!!
白枝が閃き、牙を受け流した。
火花が散る。
守護獣はその勢いのまま横へ着地し、すぐさま再び飛び掛かってくる。
「速い!」
ツバサが剣を抜きながら叫ぶ。
「この巨体でこの動きか!」
ビルセイヤは守護獣の動きを見極めていた。
攻撃は荒々しい。
しかし、どこか迷いがある。
牙は急所を狙い切れていない。
爪も途中で軌道がぶれる。
「やっぱり……。」
ビルセイヤは低く呟いた。
「抵抗してる。」
◇◇◇
「ビルセイヤ!」
セシリアが盾を構えたまま叫ぶ。
「どういうこと!?」
「守護獣自身が侵食へ抵抗してる!」
その瞬間だった。
守護獣の瞳が一瞬だけ本来の蒼い色へ戻る。
ほんの一瞬。
次の瞬間には再び赤黒く染まってしまった。
しかし、その僅かな変化をビルセイヤは見逃さなかった。
「まだ助けられる!」
◇◇◇
蛇の牙の男が鼻で笑う。
「無駄だ。」
「もう霊核まで侵食は進んでいる。」
「助かるはずがない。」
「それはお前が決めることじゃない。」
ビルセイヤは白枝を構え直す。
「俺は最後まで諦めない。」
「……甘い。」
男が杖を振る。
翡翠色の魔力が守護獣へ流れ込んだ。
ガアアアアァァッ!!
守護獣はさらに苦しそうに咆哮を上げる。
巨大な前脚が振り下ろされた。
◇◇◇
ドォォン!!
セシリアが正面へ飛び出す。
「《身体強化》!」
盾へ無属性魔法を集中。
轟音とともに衝撃を受け止める。
「ぐっ……!」
石畳が砕ける。
足元が沈む。
それでも一歩も退かなかった。
「今よ!」
◇◇◇
エミリアはすでに矢を番えていた。
「風の精霊。」
「水の精霊。」
「お願い!」
二本の矢へ精霊が集まる。
「《精霊氷矢》!」
ヒュンッ!
二本の矢が一直線に飛ぶ。
狙うのは急所ではない。
翡翠色の亀裂。
ガキィン!!
矢は亀裂へ突き刺さる。
すると黒い瘴気が僅かに揺らいだ。
「効いてる!」
フィリアが叫ぶ。
◇◇◇
フィリアは杖を高く掲げる。
「聖なる光よ。」
「穢れを照らし、迷える命を導いて!」
杖先から純白の光が降り注ぐ。
「《ホーリー・レイ》!」
優しい光が守護獣を包み込んだ。
ガアァ……
苦しそうだった咆哮が少しだけ静まる。
翡翠色の亀裂が微かに薄くなる。
「やっぱり!」
「浄化できます!」
◇◇◇
その隙を逃さず、ツバサが駆けた。
「悪いな!」
「少し眠ってろ!」
剣を逆手に持ち替える。
狙うのは首筋。
峰打ち。
ガンッ!!
守護獣が大きくよろめいた。
しかし倒れない。
「さすが守護獣!」
「硬ぇ!」
◇◇◇
ビルセイヤは静かに目を閉じた。
胸元の炎心晶が温かく輝く。
腰の白枝も白銀色の光を放ち始めた。
そして。
幼い紅蓮の霊樹から、柔らかな光が流れ込む。
「これは……。」
カグラが目を見開く。
「霊樹が力を貸しています!」
ヴァルグラムも驚いていた。
『神炎だけではない。』
『霊樹までも……。』
◇◇◇
ビルセイヤは白枝をゆっくり構える。
「傷つけずに。」
「穢れだけを断つ。」
飛天御剣流。
その極意は、人を斬るためだけではない。
必要なものだけを断つ剣。
師より受け継ぎ。
アークレイドより磨かれ。
神代の試練でさらに研ぎ澄まされた一太刀。
静かに息を吸う。
守護獣の動きが止まった。
いや。
一瞬だけ、その瞳が蒼く戻った。
助けて――。
そう語りかけているようだった。
「今だ!」
◇◇◇
ビルセイヤは地を蹴る。
風が巻き起こる。
音もなく懐へ潜り込む。
「飛天御剣流――」
白枝が白銀に輝く。
「《龍翔閃》!」
一閃。
白い軌跡だけが聖域へ残る。
ザンッ!!
斬ったのは肉体ではない。
守護獣を縛っていた翡翠色の亀裂。
その中心だけを、寸分違わず断ち切った。
◇◇◇
ピシッ。
小さな音が響く。
次の瞬間。
翡翠色の亀裂が一斉に砕け散った。
ガァァァァァ――!
守護獣は最後の咆哮を上げる。
しかし、それは苦しみではなかった。
まるで長い悪夢から解放されたような叫び。
黒い瘴気が身体から噴き出し、神炎へ触れた瞬間、音もなく消滅していく。
白銀の毛並みが少しずつ本来の輝きを取り戻していった。
その光景を見た蛇の牙の男は、初めて大きく目を見開いた。
「馬鹿な……!」
「穢れを……斬っただと……!」
神代でも誰一人成し得なかった奇跡。
ビルセイヤの剣は、命を傷つけることなく、穢れだけを断ち切ったのである。
――続く。




