第百五十九話 紅蓮の霊樹の巫女
聖域を満たす紅い光が、ゆっくりと波打つ。
白い幹を持つ幼木――紅蓮の霊樹の若木は、まるで呼吸をするように葉を揺らしていた。
その根元に立つ少女は、穏やかな笑みを浮かべてビルセイヤたちを見つめている。
燃えるような紅い長髪。
深紅の瞳。
白を基調とした神官装束には、炎を象った刺繍が施されていた。
しかし、その姿から感じるのは激しい炎ではない。
命を育む、暖炉の火のような温もりだった。
「私はカグラ。」
少女は静かに名乗る。
「紅蓮の霊樹を守る巫女です。」
ビルセイヤは一歩前へ進み、丁寧に頭を下げた。
「ビルセイヤです。」
「仲間のセシリア、エミリア、フィリア、ツバサです。」
それぞれが名乗ると、カグラは嬉しそうに微笑んだ。
「皆さんも、ようこそ聖域へ。」
◇◇◇
「巫女様……。」
エミリアは目を丸くしていた。
「どうした?」
セシリアが小声で尋ねる。
「この方から感じる魔力……。」
「世界樹に、とてもよく似ています。」
フィリアも頷いた。
「それだけではありません。」
「炎、水、風、大地……。」
「四大精霊すべてが、この方へ集まっています。」
ツバサは苦笑した。
「神様みたいだな。」
その言葉に、カグラは少し困ったように笑う。
「神ではありません。」
「私は霊樹の声を聞き、皆様へ伝える役目です。」
◇◇◇
ヴァルグラムが静かに前へ出る。
『カグラ。』
『この者が、新たな継ぐ者だ。』
カグラは改めてビルセイヤを見る。
その瞳は、まるで心の奥まで見通しているかのようだった。
しばらく見つめた後、小さく頷く。
「ええ。」
「白枝の加護。」
「炎心晶。」
「そして世界樹の祝福。」
「すべて確かに宿っています。」
ビルセイヤは思わず胸元へ手を当てた。
炎心晶が静かに温もりを放っている。
腰の白枝も、淡い白銀色の光を纏っていた。
◇◇◇
「一つ、お聞きしてもいいですか。」
ビルセイヤが尋ねる。
「もちろんです。」
「なぜ俺を待っていたんですか?」
カグラは若木へ優しく触れた。
「神代の終わり。」
「世界樹は三本の霊樹へ役目を託しました。」
「蒼翠の霊樹。」
「白銀の霊樹。」
「そして紅蓮の霊樹。」
「いつの日か、三つの力を繋ぐ者が現れる、と。」
その言葉に、全員が息を呑む。
「三つを繋ぐ者……。」
セシリアが小さく呟く。
「それが俺?」
ビルセイヤの問いに、カグラは静かに頷いた。
「まだ、その途中です。」
「ですが、あなたは確実にその道を歩いています。」
◇◇◇
すると、フィリアが一歩前へ出た。
「巫女様。」
「何でしょう?」
「蛇の牙は、なぜ霊樹を狙うのでしょうか。」
その瞬間。
カグラの表情が初めて曇った。
若木の葉も小さく震える。
「……神代の終戦。」
「世界樹は大きく傷つきました。」
「その時、世界樹の根から流れ出た『創世の力』を狙った者たちがいました。」
「それが……。」
ビルセイヤが低く呟く。
「蛇の牙。」
「はい。」
「彼らは神代から名前を変えながら生き続けています。」
「力だけを求め。」
「命を道具と考え。」
「世界そのものを支配しようとしている者たちです。」
◇◇◇
ヴァルグラムが静かに続ける。
『神代では敗れた。』
『だが完全には滅びなかった。』
『生き残りが千年の時をかけ、再び動き始めた。』
ツバサは腕を組む。
「だからルミナスの深森でも。」
「白き霊樹を狙った。」
カグラは悲しそうに頷いた。
「白き霊樹の力を奪えば。」
「世界樹へ近づける。」
「彼らはそう考えています。」
◇◇◇
その時だった。
若木が突然強く輝き始めた。
ゴォォォ……。
しかし、それは神々しい光ではない。
どこか苦しそうな揺らぎだった。
「これは!」
エミリアが目を見開く。
「霊樹が苦しんでいます!」
カグラは若木へ駆け寄る。
「そんな……。」
「もう始まってしまったのですね。」
「何が?」
ビルセイヤが問う。
カグラはゆっくり振り返る。
「白き霊樹だけではありません。」
「三本の霊樹は、世界樹の根で繋がっています。」
「一つが侵されれば。」
「残る二本にも、その穢れは流れてしまいます。」
部屋の空気が凍り付く。
つまり――。
「ルミナスの深森だけじゃない。」
セシリアが呟く。
「この聖域まで危険なの?」
「まだ大丈夫です。」
カグラは首を横に振る。
「ですが、時間はありません。」
◇◇◇
その時。
聖域全体が大きく揺れた。
ゴゴゴゴゴ……!
天井から小さな砂が落ちる。
若木の葉が一斉にざわめいた。
「地震?」
フィリアが杖を構える。
ヴァルグラムは目を細める。
『違う。』
『結界が攻撃を受けている。』
次の瞬間。
聖域の入口から黒い瘴気が流れ込んできた。
その奥で、低い笑い声が響く。
「ククク……。」
「やっと見つけたぞ。」
「紅蓮の霊樹。」
ビルセイヤは白枝へ手を掛ける。
セシリアは盾を構え、
エミリアは弓を番え、
フィリアは聖なる魔力を練り上げ、
ツバサは静かに剣を抜いた。
カグラは若木を守るように前へ立つ。
「来ました……。」
「蛇の牙です。」
神代より守られてきた炎神の聖域。
その結界を破り、ついに蛇の牙が姿を現そうとしていた。
――続く。




