第百五十八話 最後の試練への扉
重厚な石扉が、ゆっくりと左右へ開いていく。
ゴゴゴゴゴ……。
長い年月、一度も開かれることのなかったであろう最奥への道。
その先から流れてくる魔力は、これまでとは比べものにならないほど澄み切っていた。
白。
蒼。
紅。
三色の光が螺旋を描くように通路全体を包み込み、まるで世界そのものが呼吸をしているかのようだった。
「これが……。」
セシリアは思わず息を呑む。
「すごい魔力……。」
エミリアは目を閉じ、静かに微笑んだ。
「精霊たちが喜んでいます。」
「泣いていた子たちが、笑っている……。」
フィリアも杖を胸に抱きながら頷く。
「この先には、本当に霊樹があるのでしょう。」
◇◇◇
ヴァルグラムは静かに一行を見渡した。
『ここから先は、試練を越えた者だけが進める。』
その言葉に、ツバサが眉をひそめる。
「俺たちは?」
『お前たちは同行者だ。』
『だが、最後の試練を受ける資格を持つのはビルセイヤのみ。』
『他の者は見届け人となる。』
誰も異論はなかった。
ここまでの試練も、鍛冶師としての資質を問うものだった。
最後もまた、ビルセイヤ自身が越えるべき壁なのだろう。
◇◇◇
ヴァルグラムは祭壇の上へ一つの箱を置いた。
黒曜石で作られた古い箱。
表面には世界樹と三本の霊樹が刻まれている。
『開けよ。』
ビルセイヤは静かに蓋へ手を掛けた。
カチリ。
軽い音とともに蓋が開く。
中には、一枚の古びた鍛冶師章が納められていた。
銀色に輝くその徽章には、小さな金槌と世界樹の葉が刻まれている。
「これは……。」
『神代鍛冶師章。』
『神々より正式に認められた鍛冶師だけが持つ証だ。』
ヴァルグラムは懐かしそうに微笑む。
『かつて、私もこれを胸に世界を巡った。』
『今、その資格がお前にあるかどうかを最後に問う。』
◇◇◇
ビルセイヤは徽章を手に取った。
その瞬間。
眩い光が放たれる。
徽章は白く輝き、彼の胸元へ浮かび上がった。
「!」
炎心晶が反応する。
白枝も静かに共鳴する。
三つの光が重なった瞬間、徽章はゆっくりとビルセイヤの胸へ吸い込まれていった。
鍛冶場全体が震える。
壁に並ぶ石像たちも一斉に光を放ち始めた。
『認められたか。』
ヴァルグラムは満足そうに頷く。
『神々も、お前を受け入れたようだ。』
◇◇◇
その時だった。
最奥への通路の奥から、柔らかな歌声が聞こえてきた。
「……歌?」
セシリアが耳を澄ませる。
誰の声なのか分からない。
女性のようにも聞こえ、子どものようにも聞こえる。
だが、不思議と心が落ち着く歌だった。
エミリアは目を見開く。
「この歌……。」
「知ってるの?」
フィリアが尋ねる。
「エルフに伝わる子守歌です。」
「世界樹へ祈りを捧げる時だけ歌われる、一番古い歌。」
「でも……。」
エミリアは困惑した表情になる。
「歌詞が違います。」
「もっと古い。」
「まるで原典……。」
◇◇◇
ビルセイヤたちは歌に導かれるように歩き始める。
通路の床には白い花が咲いていた。
踏んでも傷つかない。
光の粒となって消え、すぐに新しい花が咲く。
「幻想的ね。」
セシリアが小さく呟く。
ツバサも珍しく周囲を見回していた。
「神殿とも違う。」
「ここは戦う場所じゃないな。」
「祈る場所だ。」
ヴァルグラムは静かに答えた。
『その通り。』
『ここは炎神が世界樹へ祈りを捧げた聖域。』
『神代において最も神聖な鍛冶場である。』
◇◇◇
やがて、一行は巨大な円形空間へ辿り着いた。
中央には、一本の若木が立っている。
高さは三メートルほど。
幹は雪のように白く、枝先には紅い葉が揺れていた。
その根元からは清らかな泉が湧き出している。
「白き霊樹……?」
フィリアが小さく呟く。
だがヴァルグラムは首を横に振った。
『違う。』
『これは紅蓮の霊樹の幼木。』
『神代より受け継がれてきた炎の命だ。』
ビルセイヤは静かに若木へ近づく。
すると、幼木はふわりと紅い光を放った。
白枝が共鳴する。
炎心晶も温かく輝き始める。
そして――
若木の前に、一人の少女が姿を現した。
紅い長髪。
真紅の瞳。
白い神官服をまとった、十五歳ほどの少女だった。
彼女は静かに微笑み、ビルセイヤへ向かって一礼する。
「ようこそ。」
澄んだ声が聖域へ響く。
「私は紅蓮の霊樹の巫女――カグラ。」
「あなたを、ずっと待っていました。」
その言葉とともに、聖域全体が優しい紅い光に包まれる。
最後の試練。
それは戦いではなく、神代から受け継がれる真実と向き合う試練の始まりだった。
――続く。




