第百五十六話 神炎鍛造
ゴォォォォォ――。
白金色に染まった神炎が、巨大な炉の中で静かに燃え続けている。
熱い。
だが、不思議と息苦しさはなかった。
むしろ心地よい。
炉の前へ立つビルセイヤは、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。
目の前には、一塊の神代の玉鋼。
隣には神代最後の鍛冶師ヴァルグラム。
そして後方では、セシリアたちが固唾を呑んで見守っている。
◇◇◇
『始めよ。』
ヴァルグラムの短い一言。
ビルセイヤは静かに頷く。
「はい。」
まずは炉へ玉鋼を入れる。
神炎に包まれた瞬間だった。
ゴォッ!
玉鋼が眩い白銀色へと変化する。
「色が……。」
セシリアが思わず声を漏らした。
「普通の炉じゃない。」
フィリアも驚きを隠せない。
「不純物だけが消えていきます。」
エミリアは精霊の流れを見ながら呟いた。
「鉄そのものが喜んでいます……。」
◇◇◇
ビルセイヤは静かに鉄を見つめる。
熱し過ぎれば炭素が飛ぶ。
足りなければ鍛えられない。
絶妙な温度。
その見極めが鍛冶師の腕だった。
「……まだ。」
炎を見つめる。
耳を澄ませる。
鉄の音を聞く。
師匠から何度も教わった。
"鉄は喋る。"
その意味が、今なら分かる。
神炎の中で玉鋼は確かに語りかけていた。
――今だ。
ビルセイヤは火箸で玉鋼を取り出した。
◇◇◇
カァン!!
第一打。
乾いた音が鍛冶場へ響き渡る。
その瞬間。
鍛冶場全体の魔法陣が淡く輝いた。
「魔法陣が反応した!」
ツバサが目を見開く。
ヴァルグラムは静かに頷く。
『良い。』
『鉄と呼吸が合っている。』
ビルセイヤは何も答えない。
無心だった。
カン!
カン!
カァン!!
一打ごとに形が変わる。
一打ごとに鉄が締まる。
折り返し鍛錬。
日本で何度も繰り返した工程。
それを神炎の中で再現していく。
◇◇◇
「……綺麗。」
思わずフィリアが呟いた。
「鍛えているというより……。」
「鉄と会話してるみたい。」
セシリアも頷く。
「見ていて安心する。」
「迷いが全然ない。」
エミリアは微笑んだ。
「精霊たちも嬉しそうです。」
鍛冶場の至る所で小さな炎の精霊が踊っている。
風の精霊が火力を整え、
土の精霊が金床を支え、
水の精霊が鉄を冷まし過ぎないよう見守る。
誰も命令していない。
それでも自然と集まっていた。
◇◇◇
『精霊に好かれる鍛冶師か。』
ヴァルグラムは静かに笑う。
『神代以来だな。』
その時。
カァン!!
一際大きな音が響いた。
玉鋼から黒い靄が噴き出す。
「!」
セシリアが身構える。
「瘴気!?」
しかし。
神炎へ触れた瞬間、その黒い靄は音もなく消滅した。
ヴァルグラムが頷く。
『鉄に残る穢れ。』
『神炎はそれすら浄化する。』
ビルセイヤは槌を止めない。
ただ黙々と打ち続ける。
◇◇◇
十分。
二十分。
三十分。
時間の感覚が薄れていく。
鍛冶場には槌の音だけが響いていた。
カン。
カァン。
カン。
規則正しい音。
その音に合わせるように神炎も揺れる。
まるで炉そのものが鍛造へ参加しているようだった。
◇◇◇
やがて。
ヴァルグラムが静かに言う。
『ここからが本番だ。』
ビルセイヤは顔を上げる。
老人は一本の小刀を取り出した。
『鍛冶師は鉄だけを鍛えるのではない。』
『魂も鍛える。』
小刀で自らの指先を僅かに傷つける。
赤い血が一滴だけ神炎へ落ちた。
ボゥッ!!
炎が一瞬だけ蒼白く燃え上がる。
「血を?」
ツバサが驚く。
『命を削る儀式ではない。』
『魂の証を鉄へ刻むだけだ。』
ヴァルグラムはビルセイヤを見る。
『お前はどうする。』
ビルセイヤは静かに白枝を見つめた。
師匠。
仲間。
セシリア。
エミリア。
フィリア。
ツバサ。
アイリス。
守りたい人たちの顔が浮かぶ。
「……分かりました。」
小刀を受け取る。
そして左手の指先へ小さな傷を付けた。
一滴。
真紅の血が神炎へ落ちる。
◇◇◇
瞬間だった。
ゴォォォォォォッ!!
鍛冶場全体が震えた。
炎心晶が激しく輝く。
腰の白枝も白銀の光を放つ。
さらに鍛造中の鋼までもが眩く発光した。
その光景を見たヴァルグラムは目を見開く。
『……馬鹿な。』
普段は動じない老人が初めて驚愕の表情を浮かべる。
『神炎が……。』
『鍛えられている。』
神炎が鉄を鍛えるのではない。
ビルセイヤの魂に呼応し、神炎そのものが進化を始めていた。
神代最後の鍛冶師でさえ見たことのない奇跡が、静かに始まろうとしていた。
――続く。




