第百五十四話 神代の鍛冶師たちの回廊
――ゴゴゴゴゴ……。
第一の試練を終えた試練の間に、重々しい地響きが響き渡る。
炎神の守護者の背後に現れた巨大な石門が、ゆっくりと左右へ開いていく。
その先には、長く続く回廊が広がっていた。
壁には赤く輝く魔晶石が一定の間隔で埋め込まれ、天井を照らしている。
さらに左右の壁面には、無数の石像が並んでいた。
「これは……」
セシリアが息を呑む。
石像はどれも鍛冶師の姿だった。
大槌を振るう老人。
刀を打つ女性。
巨大な剣を鍛えるドワーフ。
槍を鍛造する獣人。
種族も時代も異なる鍛冶師たちが、まるでこの場所を見守るように並んでいる。
「神代の鍛冶師……。」
フィリアが静かに呟いた。
エミリアは石像へ手を触れる。
「どの像にも魔力が残っています。」
「長い年月が経っているのに……。」
ガンツから託された古文書にも、『炎神の鍛冶場には歴代の鍛冶師の魂が眠る』と記されていた。
それは伝承ではなかったのだ。
◇◇◇
ビルセイヤが石門へ足を踏み入れようとした、その時だった。
炎神の守護者が静かに口を開く。
『待て。』
全員が振り返る。
守護者は巨大な鍛冶槌を地面へ立てると、ビルセイヤへ向かって右手を差し出した。
その掌の上には、小さな赤い結晶が浮かんでいる。
「これは……。」
昨日手に入れた《紅炎晶核》とは違う。
炎そのものが結晶化したような、美しい深紅の宝石だった。
『褒賞である。』
『第一の試練を越えし鍛える者へ授ける。』
ビルセイヤは静かに受け取る。
結晶へ触れた瞬間。
熱い。
だが火傷する熱ではない。
鍛冶場の炉の前に立った時のような、心地よい温かさだった。
『その名を――』
『炎心晶。』
『炎に選ばれし鍛冶師の証。』
守護者は静かに続ける。
『真なる炎は、破壊のために燃えるのではない。』
『命を育み、新たな命を生み出すために燃える。』
『その心を忘れるな。』
ビルセイヤは深く一礼した。
「ありがとうございます。」
◇◇◇
その瞬間だった。
ビルセイヤの腰に差していた白枝が、ふわりと白銀の光を放つ。
続いて炎心晶も赤く輝き始めた。
白。
蒼。
紅。
三色の光が一瞬だけ重なり合う。
「今のは!」
エミリアが目を見開く。
「三つの霊樹の力が共鳴しました!」
フィリアも驚きを隠せない。
「まだ紅蓮の霊樹には会っていないのに……。」
炎神の守護者は満足そうに頷いた。
『霊樹は応えている。』
『継ぐ者を待っているのだ。』
◇◇◇
一行は回廊を歩き始める。
足音だけが静かに響く。
しばらく進むと、壁画が現れた。
「見て。」
セシリアが立ち止まる。
巨大な壁画には、一本の世界樹が描かれていた。
その根元から三本の霊樹が伸び、世界各地へ広がっている。
「これ……。」
ビルセイヤは息を呑む。
さらに壁画は続いていた。
神々。
鍛冶師たち。
世界樹を守る戦士たち。
そして、その向こうには黒い影。
「蛇……。」
ツバサが眉をひそめる。
黒い影は巨大な蛇の姿をしていた。
いや。
蛇だけではない。
世界樹の根へ黒い結晶を打ち込んでいる。
「まさか。」
フィリアが震える声で呟く。
「蛇の牙は……。」
「神代から存在していた……?」
部屋が静まり返る。
◇◇◇
ビルセイヤは壁画をじっと見つめた。
最後の一枚だけが欠けている。
まるで誰かが意図的に削り取ったように。
「ここだけ無い。」
「重要な部分でしょうね。」
エミリアが静かに言う。
「誰かが隠したのでしょう。」
その時。
回廊の奥から、金属を打つ音が聞こえてきた。
カン――。
カン――。
規則正しい音。
何百年も前から鳴り続けているような、不思議な響きだった。
「鍛冶の音?」
ツバサが首を傾げる。
「こんな場所で?」
炎神の守護者が静かに答える。
『鍛冶場は眠らぬ。』
『神代の炎は今も燃え続ける。』
『その音の先に、第二の試練が待つ。』
◇◇◇
一行はさらに奥へ進む。
やがて回廊の終わりが見えた。
巨大な空間。
その中央には、信じられないほど巨大な炉が燃えている。
直径は二十メートルを超えるだろう。
黄金色の炎が静かに揺らめき、周囲には数十基もの鍛冶炉が並んでいた。
「これが……。」
ビルセイヤは思わず立ち尽くす。
「炎神の鍛冶場……。」
その壮大な光景に、誰も言葉を失う。
しかし次の瞬間。
巨大な炉の炎が勢いよく吹き上がった。
ゴォォォォォッ!!
炎の中から、一人の老人がゆっくりと姿を現す。
長い白髭。
逞しい腕。
片手には巨大な鍛冶槌。
そして鋭くも優しい眼差し。
『よく来たな。』
老人は静かに微笑んだ。
『継ぐ者よ。』
『私は神代最後の鍛冶師――』
『ヴァルグラム。』
その名を聞いた瞬間。
炎神の鍛冶場全体が、大きく脈打つように輝いた。
神代最強の鍛冶師との出会い。
それは、ビルセイヤの運命をさらに大きく動かす始まりとなるのだった。
――続く。




