第百五十二話 第一の試練――炎神の守護者
炎神の鍛冶場。
第一試練の間。
燃え盛る炎が天井まで立ち昇り、赤く染まった空間の中央に、巨大な炎神の守護者が立っていた。
全身は黒鉄のような岩肌。
その隙間から真紅の溶岩が流れ、巨大な鍛冶槌を肩に担いでいる。
その姿は魔物というより――神話に語られる巨人だった。
『試練を受ける者よ』
守護者の低い声が響く。
『武器を振るう者は多い』
『されど、武器に振るわれぬ者は少ない』
巨大な瞳がビルセイヤを見据える。
『見せよ』
『鍛える者の心を』
言葉と同時に、大槌がゆっくりと持ち上がった。
「来る!」
ビルセイヤが叫ぶ。
全員が散開する。
直後――。
ドゴォォォォン!!
大槌が地面へ叩き付けられた。
轟音。
衝撃波。
そして、地面から幾筋もの炎柱が噴き上がる。
「うわっ!」
セシリアが盾を構えて飛び退く。
「地面そのものが攻撃してくる!」
「普通の戦いじゃありません!」
フィリアが杖を握り直した。
「炎の流れを操っています!」
◇◇◇
「エミリア!」
「はい!」
エミリアは素早く弓を引き絞る。
「《アイスアロー》!」
三本の氷矢が一直線に飛ぶ。
しかし――。
守護者の身体へ命中した瞬間。
ジュッ!
蒸気を上げて消えた。
「効かない!?」
「熱量が高すぎます!」
エミリアは驚きを隠せない。
◇◇◇
「だったら!」
ツバサが駆け出した。
身体強化。
一瞬で守護者の懐へ飛び込む。
「はぁぁぁっ!」
剣が横薙ぎに走る。
ガギィィン!!
硬い。
まるで山を斬ったような手応えだった。
「ちっ!」
その瞬間。
守護者の左腕が振るわれる。
ブォン!!
巨大な拳が迫る。
「速っ!」
ツバサは紙一重でかわした。
だが、その風圧だけで数メートル吹き飛ばされる。
「大丈夫ですか!」
フィリアが叫ぶ。
「平気!」
受け身を取りながら立ち上がる。
「見た目より何倍も速い!」
◇◇◇
ビルセイヤは動かなかった。
静かに守護者を見つめ続ける。
「……。」
攻撃している。
だが、どこか違和感がある。
「ビルセイヤ?」
セシリアが声を掛ける。
「どうしたの?」
「この守護者……。」
白枝を握る手に力が入る。
「殺そうとしていない。」
全員が動きを止めた。
「え?」
「攻撃は激しい。」
「でも急所だけは狙っていない。」
「……確かに。」
セシリアも気付く。
今までの攻撃。
どれも回避できる余地があった。
試練ではある。
だが、命を奪うための戦いではない。
◇◇◇
その時。
守護者が再び口を開いた。
『気付いたか』
重厚な声が響く。
『我は門番』
『侵入者は排除する』
『挑戦者は育てる』
大槌をゆっくり構える。
『鍛冶とは』
『鉄だけを打つものではない』
『己自身を鍛える行為でもある』
炎がさらに燃え上がる。
『ならば示せ』
『己の剣を』
◇◇◇
ビルセイヤは白枝を静かに構えた。
「そういうことか。」
アークレイドの言葉が脳裏をよぎる。
――剣は力比べではない。
――相手を知り、自分を知れ。
ビルセイヤはゆっくりと呼吸を整える。
身体強化。
風魔法。
すべてを一度解いた。
「ビルセイヤ!?」
セシリアが驚く。
「魔法を解除したの!?」
「この試練は。」
静かに答える。
「力押しじゃ突破できない。」
守護者は黙って見つめている。
「……来い。」
ビルセイヤは一歩踏み出した。
身体一つ。
剣一本。
ただそれだけ。
◇◇◇
守護者が動く。
巨大な大槌が振り下ろされる。
しかし今回は逃げない。
ビルセイヤは最小限の動きで半歩だけ踏み込んだ。
轟音。
大槌が肩をかすめる。
風圧だけで髪が揺れる。
その瞬間。
ビルセイヤの剣が一閃した。
キィン――。
白枝が大槌の柄を正確に打ち据える。
守護者の動きが一瞬だけ止まった。
『……ほう』
初めて。
守護者の声に感情が宿る。
「力じゃない。」
ビルセイヤは静かに言った。
「流れを読む。」
「鍛冶も剣も同じだ。」
「鉄は力任せに叩けば折れる。」
「人も同じだ。」
その言葉を聞いた守護者は、ゆっくりと大槌を下ろした。
『……良い。』
炎が静かに揺れる。
『ようやく試練が始められる。』
その直後。
守護者の全身から、先ほどまでとは比べものにならないほど濃密な炎が噴き上がった。
赤い炎が、黄金へと変わる。
空間全体が震える。
「今まで本気じゃなかったのか……。」
ツバサが苦笑する。
守護者は巨大な大槌を両手で握り直し、静かに構えた。
『第二段階。』
『真の試練を始めよう。』
神代の門番が、ついに本気を見せる。
炎神の鍛冶場に眠る試練は、まだ始まったばかりだった。
――続く。




