第百五十一話 炎神の試練
紅蓮の霊峰の麓。
ビルセイヤたちは村人たちに見送られながら、火山道を登り始めた。
足元は黒い火山岩。
ところどころに赤く熱せられた岩肌が顔を覗かせ、地面から立ち上る熱気が身体を包み込む。
吹き抜ける風さえも温かい。
いや、熱いと言った方が正しいだろう。
「……さすがに暑いわね」
額の汗を拭いながら、セシリアが苦笑する。
「身体強化だけじゃ追いつかないくらいだわ」
「火山ですからね」
エミリアも少し息を弾ませながら答えた。
エルフである彼女にとって、この熱気は決して得意な環境ではない。
すると、フィリアが静かに杖を掲げた。
「水の精霊たち――どうか私たちを守って。」
淡い水色の魔法陣が広がる。
ひんやりとした風が四人を包み込み、まとわりついていた熱気が和らいだ。
「涼しい……」
セシリアが目を丸くする。
「ありがとう、フィリア」
「長時間は維持できませんが、少しは楽になると思います。」
フィリアは微笑んだ。
「助かる。」
ビルセイヤも短く礼を言う。
仲間たちは再び山道を登り始めた。
◇◇◇
二時間ほど進んだ頃だった。
腰に差した《導火の短剣》が、昨日よりも強い赤い光を放つ。
「反応が強くなってる。」
ビルセイヤは足を止めた。
「炎神の鍛冶場が近いのか?」
ツバサが周囲を見回す。
しかし見えるのは岩肌と火山岩だけ。
鍛冶場らしき建物はどこにもない。
その時だった。
ゴゴゴゴゴ……。
足元が小さく震える。
「また地震?」
セシリアが身構えた。
しかし揺れは次第に大きくなり、前方の岩壁がゆっくりと崩れ始める。
大量の岩が転がり落ち、その奥から巨大な洞窟が姿を現した。
「隠し通路……?」
フィリアが驚く。
洞窟の入口には、風雨に晒されながらも崩れず残った石柱が二本。
その表面には、古代文字が刻まれていた。
◇◇◇
ビルセイヤは石柱へ近づく。
自然と文字の意味が頭へ流れ込んできた。
『炎を恐れる者、入るべからず。』
『命を鍛える者のみ、門は開かれる。』
「読めるの?」
セシリアが驚く。
「……不思議だけど、意味が分かる。」
ビルセイヤ自身も戸惑っていた。
古代神殿でも似たような感覚はあった。
アークレイドから受け継いだ力が、この文字を理解させているのかもしれない。
「命を鍛える者……。」
エミリアが静かに呟く。
「剣だけじゃないという意味でしょうか。」
「きっとそうだ。」
ビルセイヤは頷いた。
「武器を鍛える前に、自分自身を鍛えろってことなんだろう。」
◇◇◇
その瞬間。
《導火の短剣》が眩く輝いた。
赤い光が石柱へ流れ込み、二本の柱が低く唸るような音を立てる。
ゴォォォ……。
洞窟の奥から熱風が吹き抜けた。
そして、暗闇だった通路に一つ、また一つと炎の灯火がともっていく。
まるで誰かが歓迎しているかのようだった。
「道が……。」
ツバサが目を細める。
「開いたな。」
「歓迎されているのでしょうか。」
フィリアは少し不安そうに言う。
その時。
洞窟の奥から低く重厚な声が響いた。
『試練を受ける者よ。』
全員が身構える。
『炎を求めるならば、まず己の心を示せ。』
声は山全体から響いているようだった。
男とも女ともつかない。
威厳に満ちた神秘的な声。
『力だけでは足りぬ。』
『技だけでも足りぬ。』
『炎を扱う資格ある者のみ、奥へ進め。』
言葉が終わると同時に、洞窟の入口がゆっくり閉じ始めた。
「入るぞ!」
ビルセイヤが叫ぶ。
四人は一斉に洞窟へ飛び込んだ。
直後――。
ゴゴォン!!
巨大な岩扉が閉じる。
外界との道は完全に遮断された。
◇◇◇
洞窟の中は意外にも明るかった。
壁に埋め込まれた赤い魔晶石が柔らかい光を放っている。
天井は高く、まるで地下神殿のような広さだった。
「これ全部……神代の建築?」
セシリアが辺りを見渡す。
「信じられないくらい保存状態がいいわ。」
「火山の熱で湿気が少ないからでしょうか。」
エミリアが壁へ触れる。
そこへ、フィリアが足元を見て息を呑んだ。
「皆さん……。」
「これを。」
床一面に巨大な魔法陣が刻まれていた。
赤く輝く複雑な紋様。
その中心には、大きな槌と一本の刀が交差した紋章。
そして、その周囲には古代文字が円を描くように刻まれている。
ビルセイヤが一歩踏み出した、その時だった。
魔法陣が眩く輝く。
ゴォォォォッ!!
炎が天井まで吹き上がる。
熱風が渦を巻き、その中心から巨大な人影がゆっくりと姿を現した。
全身を紅蓮の炎で包み、片手には巨大な鍛冶槌。
身長は三メートルを超える。
燃える瞳が、静かにビルセイヤたちを見下ろしていた。
『我は炎神の守護者。』
『第一の試練を司る者。』
『己が資格を示せ。』
重厚な声が洞窟全体へ響き渡る。
ビルセイヤは白枝を静かに抜いた。
「試練なら、受けて立つ。」
白銀の刀身が炎を映し、静かに輝く。
炎神の鍛冶場。
その最初の試練が、今まさに始まろうとしていた。
――続く。




