第百五十話 紅蓮の霊峰、その麓
カルディナの街を発って二日。
ビルセイヤたちは、ついに紅蓮の霊峰の麓へと辿り着いた。
目の前に広がる光景に、セシリアは思わず息を呑む。
「すごい……」
山肌は黒曜石のような黒い岩に覆われ、その隙間から赤く輝く溶岩がゆっくりと流れている。
時折、山頂から白い噴煙が立ち昇り、大地はかすかに震えていた。
しかし、不思議なことに周囲には豊かな自然も残っている。
赤く色づいた木々。
熱気に強い花々。
そして温泉から立ち上る白い湯気。
火山という過酷な環境の中にも、確かな生命が息づいていた。
「火と命が共存する山……」
エミリアが静かに呟く。
「精霊たちもたくさんいます。」
フィリアも目を閉じ、周囲の気配を探る。
「炎、水、大地……。」
「いろいろな精霊が暮らしています。」
ビルセイヤは山を見上げた。
「……だけど。」
「何かがおかしい。」
その一言に、全員が頷く。
生命力に満ちているはずの山。
それなのに、どこか重苦しい。
まるで巨大な何かが山の奥で苦しんでいるような圧迫感があった。
◇◇◇
山麓には、小さな集落があった。
石造りの家が十数軒ほど並び、煙突から白い煙が上がっている。
採掘や温泉を生業とする人々が暮らす村だ。
「こんにちは。」
セシリアが村へ入ると、一人の老人がゆっくり近づいてきた。
「旅の方か。」
「はい。」
ビルセイヤが一礼する。
「炎神の鍛冶場について調べています。」
その言葉を聞いた瞬間。
老人の表情が変わった。
「……その名を口にする者が、また現れたか。」
「また?」
ツバサが聞き返す。
老人は重々しく頷いた。
「十日ほど前にも、黒いローブを着た連中が来た。」
「黒いローブ……。」
ビルセイヤたちは顔を見合わせる。
「蛇の牙ですね。」
フィリアが静かに言った。
「連中は山へ登っていった。」
老人は険しい顔になる。
「止めたんじゃがな。」
「誰も話を聞かなんだ。」
◇◇◇
「何人くらいでした?」
ビルセイヤが尋ねる。
「二十人ほど。」
「その中に三人だけ、他とは違う者がおった。」
「三人?」
「一人は蛇の杖。」
「一人は大剣。」
「そして最後の一人は……。」
老人は少し震えながら続けた。
「顔を仮面で隠した女じゃ。」
「女?」
セシリアが驚く。
「他の者は皆、その女を『導師様』と呼んでおった。」
部屋が静まり返る。
ビルセイヤは静かに拳を握る。
白枝の泉でルルが話していた。
――怖い人は三人。
蛇の杖。
大きな剣。
そして声の変な人物。
その三人が、今度は紅蓮の霊峰へ現れている。
◇◇◇
「案内できますか?」
ビルセイヤが尋ねる。
老人は首を横に振った。
「すまん。」
「もう山へは近づけん。」
「昨日から魔物が異常に増えておる。」
「魔物?」
「火山狼。」
「マグマサーペント。」
「それに……。」
老人は山頂を見上げた。
「火竜の咆哮まで聞こえた。」
「火竜!?」
ツバサが目を丸くする。
「ドラゴンか。」
「いや。」
老人は首を振る。
「本物を見た者はおらん。」
「じゃが、昔から言い伝えがある。」
老人の視線は遠くを見つめていた。
「紅蓮の霊樹が危機に陥る時。」
「その守護者たる炎竜が目覚める、と。」
◇◇◇
「炎竜……。」
フィリアが小さく呟く。
「霊樹の守護獣でしょうか。」
エミリアも頷いた。
「白き霊樹にも、多くの精霊たちがいました。」
「紅蓮の霊樹にも守り手がいても不思議ではありません。」
ビルセイヤは導火の短剣を取り出した。
刀身は昨日よりも強く赤く輝いている。
「近い。」
「炎神の鍛冶場は、この山の中だ。」
◇◇◇
その時だった。
ドォォォォン!!
山全体が大きく揺れた。
「地震!?」
セシリアが身構える。
続いて山頂から赤い光が天へ立ち昇った。
普通の噴火ではない。
赤い柱の中へ、黒い靄が混じっている。
「……あれは。」
エミリアの顔色が変わる。
「霊樹の魔力が乱されています!」
「間違いありません!」
フィリアも叫ぶ。
「蛇の牙が始めています!」
◇◇◇
同じ頃。
紅蓮の霊峰、中腹。
古びた神代の祭壇。
黒いローブを纏う集団が巨大な魔法陣を囲んでいた。
中央には一本の巨大な紅色の樹。
紅蓮の霊樹。
その根元へ、黒い結晶が次々と埋め込まれていく。
「導師様。」
蛇の杖を持つ男が跪く。
「準備が整いました。」
仮面の女は静かに笑った。
「ようやく、この時が来ました。」
彼女は霊樹へ手を伸ばす。
「世界樹を支える三霊樹。」
「最後の一柱。」
「その炎の力――我ら蛇の牙がいただきます。」
紅蓮の霊樹が苦しげに枝葉を震わせた。
まるで悲鳴を上げるように。
◇◇◇
一方、山麓。
ビルセイヤは白枝を静かに握る。
刀身が震えている。
白き霊樹と蒼氷の霊樹の加護が、紅蓮の霊樹の危機へ呼応しているのだ。
「急ぐ。」
その一言に、仲間たちは力強く頷いた。
「もちろん。」
セシリアは剣を抜く。
「今度も助けるわ。」
「精霊たちを。」
エミリアは弓を握り締めた。
「そして霊樹を。」
フィリアは杖を掲げる。
ツバサは笑みを浮かべる。
「蛇の牙とも、これで決着を一歩進められそうだ。」
紅蓮の霊峰。
神代より続く炎神の鍛冶場。
そして紅蓮の霊樹。
世界樹を支える第三の霊樹を巡る戦いが、いよいよ始まろうとしていた。
――続く。




