第百四十九話 紅蓮の霊峰へ
採掘場での騒動から一夜が明けた。
カルディナの街は、昨日とは打って変わって活気を取り戻していた。
無事に救出された鉱夫たちは家族と再会し、鍛冶師たちは再び金槌を振るい始める。
街に響く鉄を打つ音は、人々の日常が戻った証でもあった。
◇◇◇
カルディナ鍛冶師ギルド。
応接室には、ビルセイヤたちとギルドマスター・ガンツ、そして数名の熟練鍛冶師が集まっていた。
机の上には、昨日ビルセイヤが手に入れた赤い結晶と、《炎神の鍛冶場の鍵》が並べられている。
ガンツは赤い結晶を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「やはり間違いない。」
「これは《紅炎晶核》だ。」
「紅炎晶核?」
セシリアが首を傾げる。
「神代の鍛冶場でしか生まれないと言われる特殊な魔晶石だ。」
ガンツは慎重に結晶を持ち上げる。
「普通の魔晶石は魔力を蓄えるだけだが、紅炎晶核は『鍛える意思』に反応する。」
「鍛える意思……?」
ビルセイヤが聞き返す。
「そうだ。」
「神代の鍛冶師たちは、この晶核を炉へ納め、霊樹の炎と共鳴させて武具を打ったという。」
フィリアは静かに頷く。
「霊樹の力を宿す武器……。」
「白枝や、アイリス王女の翡翠の枝杖と同じ系統ですね。」
「恐らくな。」
ガンツは真剣な表情になった。
「そして、お前が見た幻も偶然ではない。」
「炎神の鍛冶場が、お前を認め始めている。」
◇◇◇
ツバサが腕を組んだ。
「つまり、次はそこへ行けってことか。」
「そうなる。」
ガンツは壁の地図を指差した。
「紅蓮の霊峰。」
「カルディナから北西へ二日。」
「山麓からさらに半日登った場所に、古い採掘坑道がある。」
「その最深部が炎神の鍛冶場へ続く入口だ。」
「入口は分かってるの?」
セシリアが尋ねる。
ガンツは苦笑した。
「場所だけ、だ。」
「中へ入った者は、誰一人戻っていない。」
部屋が静まり返る。
◇◇◇
「戻っていない?」
エミリアが驚く。
「魔物ですか?」
「それもある。」
ガンツは頷いた。
「だが、それだけではない。」
「神代の結界。」
「試練。」
「迷宮のように姿を変える坑道。」
「古文書には、そう記されている。」
「試練……。」
ビルセイヤは静かに呟いた。
世界樹の試練。
白き霊樹。
そして今度は炎神の鍛冶場。
神代の遺産は、どれも簡単には力を与えない。
相応しい者かどうかを見極めようとしているのだ。
◇◇◇
その時だった。
ガンツは一枚の羊皮紙を取り出した。
「これを見ろ。」
そこには古い地図と共に、三本の樹が描かれている。
一本は白銀。
一本は蒼。
そして一本は燃えるような紅。
さらに、その三本の中心には、巨大な一本の樹が描かれていた。
「これは……!」
フィリアが目を見開く。
「世界樹です!」
「そう。」
ガンツは静かに頷いた。
「神代では、この三本を『世界樹を支える三霊樹』と呼んでいたらしい。」
白き霊樹。
蒼氷の霊樹。
紅蓮の霊樹。
それぞれが世界樹の力を地上へ循環させる役割を持っている。
「蛇の牙は、その均衡を壊そうとしている。」
ビルセイヤが低く呟く。
「だから各地の霊樹を狙ってる。」
「その可能性は高い。」
ガンツの顔が険しくなる。
「もし紅蓮の霊樹まで侵されれば、この地方全体が火山災害に巻き込まれてもおかしくない。」
◇◇◇
「急ぎましょう。」
エミリアが静かに言った。
「精霊たちも、昨日からずっと山の方を気にしています。」
フィリアも杖を握り締める。
「私にも感じます。」
「炎の精霊たちが、とても苦しそうです。」
セシリアは腰の剣を軽く叩いた。
「だったら迷ってる時間はないわね。」
「決まりだ。」
ツバサも笑う。
「山登りか。」
「鍛冶場でも迷宮でも、まとめて相手してやる。」
◇◇◇
ビルセイヤは静かに立ち上がった。
「ガンツさん。」
「炎神の鍛冶場へ向かいます。」
「そして蛇の牙を止めます。」
ガンツは深く頷いた。
「頼んだ。」
そして、棚から一本の短剣を取り出した。
刃渡りは短い。
しかし、刀身は燃える夕焼けのような赤銅色をしていた。
「これは?」
ビルセイヤが受け取る。
「《導火の短剣》。」
「炎神の鍛冶場へ近づくと反応する。」
「入口が近づけば、刀身が赤く輝くはずだ。」
「ありがとうございます。」
◇◇◇
その日の午後。
ビルセイヤたちはカルディナを出発した。
門の前には、救助された鉱夫たちや鍛冶師たちが集まっている。
「ありがとうございました!」
「必ず帰ってきてください!」
「応援してます!」
街中から声援が飛ぶ。
ガンツは腕を組みながら笑った。
「帰ってきたら、一番旨い酒を飲ませてやる!」
「未成年だから酒は無理ですよ。」
ビルセイヤが苦笑すると、周囲から笑いが起こる。
張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。
◇◇◇
街道を北西へ進む一行。
その遥か彼方には、紅蓮の霊峰が堂々とそびえていた。
山頂からは白い噴煙が静かに立ち昇り、夕日に照らされた岩肌は赤く燃えているように見える。
その時。
ビルセイヤの腰に差した《導火の短剣》が、かすかに熱を帯びた。
「反応した……。」
刀身が淡い紅色に輝く。
まるで、山そのものが彼らを呼んでいるかのようだった。
紅蓮の霊峰。
炎神の鍛冶場。
そして、紅蓮の霊樹。
神代より受け継がれた炎の試練が、いよいよ始まろうとしていた。
――続く。




