第百四十八話 白銀の一閃
静寂が訪れた。
火山ゴーレムの全身を包んでいた灼熱の魔力が膨れ上がり、今にも爆発しようとしている。
このままでは、閉じ込められた鉱夫たちも、救助に当たる者たちも巻き込まれる。
もう時間はなかった。
「ビルセイヤ!」
セシリアの叫びが響く。
しかし、ビルセイヤは振り返らない。
白枝を静かに構え、ゆっくりと息を吐く。
刀身には、白き霊樹から授かった浄化の力と、蒼氷の霊樹の冷気が重なり合い、白銀と蒼碧の光が揺らめいていた。
その光景に、フィリアは息を呑む。
「二つの霊樹の加護が……共鳴しています……」
エミリアも目を見開いた。
「精霊たちが……ビルセイヤさんへ力を貸しています!」
森だけではない。
山の精霊たちもまた、彼へ祈るように魔力を集めていた。
◇◇◇
「飛天御剣流――」
ビルセイヤが静かに呟く。
その姿が、一瞬で掻き消えた。
「消えた!?」
ガンツが思わず叫ぶ。
次の瞬間。
火山ゴーレムの真正面。
白枝が、音もなく振り抜かれる。
「――龍翔閃。」
キィン――。
澄み切った金属音だけが響いた。
遅れて、巨大な白銀の斬撃が火山ゴーレムを縦一文字に貫く。
ズガァァァァン!!
轟音とともに、大地が震えた。
赤黒く脈打っていた魔力核が、真っ二つに断ち切られる。
◇◇◇
「グォォォォォッ!!」
火山ゴーレムが断末魔の咆哮を上げる。
その全身を覆っていた赤黒い魔力が、煙となって噴き出した。
だが、今度は暴走しない。
白銀の光が魔力を包み込み、静かに浄化していく。
「浄化されてる……!」
フィリアが驚きの声を漏らした。
黒く濁っていた魔力は、やがて淡い赤い光へと変わり、空へ溶けるように消えていく。
火山ゴーレムの身体もまた、ゆっくりと崩れ始めた。
巨大な岩の身体はただの岩石へ戻り、その場に静かに崩れ落ちる。
爆発は起こらなかった。
◇◇◇
「今です!」
ビルセイヤが叫ぶ。
「救助を!」
「任せて!」
セシリアはすぐに坑道へ駆け込む。
ツバサも続き、崩れた岩を押しのけて道を作る。
「こっちだ!」
「まだ生きてるぞ!」
坑道の奥から、鉱夫たちの弱々しい返事が聞こえた。
「助かった……!」
「誰か来てくれた!」
ガンツも鍛冶師たちを率いて救助へ向かう。
「急げ!」
「支柱を立てろ!」
「担架を持ってこい!」
現場は一気に慌ただしくなった。
◇◇◇
一方、エミリアとフィリアは負傷者のもとへ駆け寄る。
「《ヒール》」
エミリアの柔らかな聖属性魔法が傷を癒やしていく。
フィリアも杖を掲げた。
「《アクアヒール》」
清らかな水の魔力が火傷を冷やし、痛みを和らげる。
「熱が下がっています!」
「大丈夫、もう安心してください。」
二人の回復魔法に、鉱夫たちは安堵の表情を浮かべた。
◇◇◇
全員の救助が終わる頃には、日が傾き始めていた。
「全員無事です!」
救助隊の報告に、歓声が上がる。
「助かった!」
「奇跡だ!」
ガンツは大きく息を吐き、ビルセイヤの前へ歩み寄った。
「……ありがとう。」
短い一言だった。
だが、その声には心からの感謝が込められていた。
「お前たちが来なければ、あいつらは助からなかった。」
ビルセイヤは首を横に振る。
「俺たちだけじゃありません。」
「皆が力を合わせた結果です。」
その言葉に、ガンツは豪快に笑った。
「はっ!」
「そういうところも、アークレイド様に似ているらしいな。」
◇◇◇
しかし、その時だった。
エミリアが崩れた火山ゴーレムの残骸の前で足を止める。
「……これは。」
彼女の声に、全員が集まる。
岩の中心部。
砕けた魔力核の中から、小さな赤い結晶が現れていた。
ビー玉ほどの大きさ。
だが、その内部には翡翠色とは異なる、深紅の光が静かに揺れている。
「魔晶石……?」
フィリアが首を傾げる。
ビルセイヤは結晶を拾い上げた。
その瞬間――。
結晶が一瞬だけ熱を帯びる。
そして彼の頭の中へ、断片的な映像が流れ込んだ。
燃え盛る巨大な鍛冶場。
天へ届く炎。
白い髭を蓄えた老人が、大槌を振るう姿。
そして、その背後に立つ一本の巨大な紅蓮の霊樹。
『……継ぐ者よ。』
低く、力強い声が響く。
『炎神の鍛冶場へ来い。』
『紅蓮の霊樹が……待っている。』
映像はそこで途切れた。
◇◇◇
「ビルセイヤ?」
セシリアが心配そうに声を掛ける。
彼はゆっくりと目を開いた。
「……見えた。」
「何が?」
ツバサが尋ねる。
ビルセイヤは赤い結晶を見つめながら答えた。
「炎神の鍛冶場。」
「そこにいる誰かが……俺たちを呼んでいる。」
ガンツの表情が変わる。
「まさか……。」
「伝承は、本当だったのか……。」
夕焼けに染まる紅蓮の霊峰。
その山頂から、まるで導くように赤い光が一筋、天へと立ち昇っていた。
新たな霊樹。
炎神の鍛冶場。
そして神代から続く鍛冶師の秘密。
ビルセイヤたちの旅は、さらに大きな運命の渦へと踏み込もうとしていた。
――続く。




