第百四十六話 炎神の鍛冶場への道
カルディナ鍛冶師ギルド。
応接室には、しばらく静かな空気が流れていた。
ビルセイヤの手の中には、代々カルディナ鍛冶師ギルドマスターへ受け継がれてきたという《炎神の鍛冶場の鍵》がある。
黒鉄で造られたその鍵は、触れているだけで微かな熱を帯びていた。
「不思議な鍵ですね」
エミリアが静かに呟く。
「まるで生きているようです」
ビルセイヤも頷く。
「普通の金属じゃない」
「魔力を蓄えている……いや、何かを待ち続けていたような感じがする」
ガンツは腕を組みながら、ゆっくりと口を開いた。
「その鍵は、何百年もの間、一度も使われたことがない。」
「だが代々のギルドマスターは、必ず次の代へ受け継いできた。」
「『いつか現れる真の鍛冶師へ渡せ』――それだけを言い残してな。」
部屋が静まり返る。
セシリアは鍵とビルセイヤを見比べ、小さく笑った。
「なんだか運命って感じね。」
「偶然じゃないでしょう。」
フィリアが静かに言う。
「白き霊樹、蒼氷の霊樹、そして紅蓮の霊樹……全部が繋がっています。」
◇◇◇
ガンツは壁へ掛けられた大きな地図を広げた。
「ここがカルディナ。」
指が街を示す。
「ここから北西へ二日。」
「紅蓮の霊峰の山麓へ着く。」
さらに指は火山の中腹へ動いた。
「この辺りに古い採掘坑道がある。」
「今は崩落して使われていないが、その奥に神代の遺跡が眠っていると言われている。」
「炎神の鍛冶場か。」
ビルセイヤが呟く。
「そうだ。」
「問題は、その坑道まで辿り着けるかどうかだ。」
ガンツの表情が険しくなる。
「最近は山全体で異変が起きている。」
「火山ゴーレム。」
「フレイムリザード。」
「マグマワーム。」
「普段なら山頂付近にしかいない魔物まで麓へ下りてきている。」
ツバサが肩をすくめた。
「今回も歓迎されてないってことか。」
◇◇◇
その時。
コンコン。
応接室の扉が叩かれた。
「失礼します!」
若い鍛冶師が慌てた様子で飛び込んできた。
「親方!」
「大変です!」
「どうした。」
ガンツが振り向く。
「第三採掘場で事故です!」
「溶岩が突然噴き出して、鉱夫たちが閉じ込められました!」
部屋の空気が変わった。
「何人だ!」
「十人以上です!」
「救助隊が向かいましたが、熱が強すぎて近づけません!」
ガンツは拳を握る。
「くそっ……!」
◇◇◇
ビルセイヤは立ち上がった。
「案内してください。」
「え?」
若い鍛冶師が目を丸くする。
「俺たちも行きます。」
セシリアも立ち上がる。
「もちろん。」
「放っておけないわ。」
ツバサは腰の剣を軽く叩いた。
「肩慣らしにもなる。」
「肩慣らしって……」
セシリアが呆れる。
フィリアは真剣な表情で頷いた。
「火山の異変なら、紅蓮の霊樹と関係しているかもしれません。」
「確認しましょう。」
エミリアも静かに弓を背負った。
「救助を優先します。」
◇◇◇
ガンツは少し驚いたように一行を見つめる。
「……お前たちは。」
「まだ依頼を受けてもいないんだぞ。」
ビルセイヤは静かに答えた。
「目の前で困ってる人がいる。」
「それだけで十分です。」
一瞬。
ガンツは目を閉じた。
そして豪快に笑う。
「はっはっは!」
「なるほど!」
「ライオット陛下が信頼する理由が分かった!」
◇◇◇
第三採掘場。
カルディナから西へ三十分ほど。
そこは巨大な露天掘り鉱山だった。
だが今は黒煙が立ち上り、地面の裂け目から真っ赤な溶岩が流れ出している。
「熱い……!」
セシリアが額の汗をぬぐう。
まだ山麓だというのに、この熱気だった。
「向こうです!」
鉱夫が叫ぶ。
崩れた坑道の奥。
「助けてくれー!」
「誰か!」
閉じ込められた人々の声が響いていた。
◇◇◇
その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ……!
大地が揺れる。
崩れた坑道の奥から、巨大な影が姿を現した。
全身が赤黒い岩でできた人型。
関節からは溶岩が滴り落ちている。
「火山ゴーレム!」
鉱夫たちが悲鳴を上げる。
「なんでこんな場所に!」
ガンツも目を見開いた。
「本来なら山頂付近にしか現れない!」
ゴーレムは低い唸り声を上げる。
その胸には。
翡翠色ではなく、赤黒く濁った紋様が脈打っていた。
「……またか。」
ビルセイヤが静かに剣を抜く。
「蛇の牙の仕業だな。」
白枝が淡く光を放つ。
セシリアが盾を構えた。
「救助は?」
「私たちが時間を稼ぐ!」
エミリアは弓を引く。
フィリアは杖を掲げた。
「水よ!」
「冷気よ!」
ツバサは剣を抜き、笑みを浮かべる。
「相手が岩なら、斬り応えがありそうだ。」
◇◇◇
ビルセイヤは静かに一歩前へ出た。
背後には、閉じ込められた鉱夫たち。
目の前には、暴走する火山ゴーレム。
そして。
紅蓮の霊樹へ続く異変。
「ここは通さない。」
その言葉と同時に。
火山ゴーレムが拳を振り上げた。
灼熱の戦いが、ついに幕を開ける。
――続く。




