第百四十五話 鍛冶師の街の老匠
カルディナ冒険者ギルド。
担ぎ込まれた青年冒険者は、治癒師たちの手によって奥の医務室へ運ばれていった。
残されたギルド内には、重苦しい沈黙が漂っている。
「……赤い木が泣いている、か」
ビルセイヤは静かに呟いた。
白き霊樹。
蒼氷の霊樹。
そして今度は、紅蓮の霊樹。
世界樹に連なる霊樹は、それぞれ異なる姿を持ちながらも、同じように助けを求めていた。
◇◇◇
「詳しい話を聞かせてください」
ビルセイヤは受付嬢へ向き直った。
受付嬢は頷き、一枚の地図を机へ広げる。
「三日前から異変が始まりました。」
「最初は火山の噴煙が増えただけでした。」
「ですが翌日には、火山周辺に住む魔物たちが一斉に山を下り始めたんです。」
「避難命令は?」
セシリアが尋ねる。
「山麓の村はすでに避難しています。」
「ですが、採掘場が……」
受付嬢は苦しそうに続ける。
「カルディナは鉱山で成り立つ街です。」
「鉱夫たちが働けなくなると、街そのものが立ち行かなくなってしまいます。」
ツバサが腕を組む。
「だから無理して調査隊を出したのか。」
「……はい。」
◇◇◇
その時だった。
「その話なら、わしも聞かせてもらおう。」
低く落ち着いた声が響く。
一同が振り向くと、一人の老人が立っていた。
白髪混じりの短髪。
日に焼けた肌。
太い腕には幾筋もの火傷の跡。
腰には使い込まれた金槌が提げられている。
年老いてなお、その立ち姿には鍛え抜かれた職人の風格があった。
「親方!」
受付嬢が立ち上がる。
「ガンツさん!」
「久しぶりだな。」
老人は豪快に笑った。
◇◇◇
「紹介しよう。」
受付嬢が頭を下げる。
「こちらはカルディナ鍛冶師ギルドのギルドマスター、ガンツ・バルド様です。」
ビルセイヤも一礼する。
「ビルセイヤです。」
「王都から来ました。」
「ほう。」
ガンツの目が鋭くなる。
「お前さんが、噂の若い鍛冶師か。」
「噂?」
ビルセイヤは首を傾げる。
「シーサスで上級鍛冶師認定。」
「エメラルド・グリーンでマスター試験合格。」
「古代鍛冶師録を扱う若造。」
ガンツはニヤリと笑う。
「鍛冶師同士の話は、案外早く広まるもんだ。」
ツバサが小さく笑う。
「有名人だな。」
「俺は何もしてない。」
「いや、十分してるわ。」
セシリアが即座に突っ込んだ。
◇◇◇
ガンツはビルセイヤをじっと見つめた。
「刀を見せろ。」
「え?」
「鍛冶師なら分かる。」
「その腰の刀……普通じゃねぇ。」
ビルセイヤは静かに白枝を抜いた。
白銀に輝く刀身。
白き霊樹と蒼氷の霊樹の加護を受けた、美しい刃。
ガンツは息を呑んだ。
「……なんて刀だ。」
ゆっくり近づき、刃文を見つめる。
「この刃文……」
「生きてやがる。」
職人にしか分からない感覚だった。
鉄ではない。
霊樹そのものが息づいているような、不思議な生命力。
「誰が打った。」
「俺です。」
「……そうか。」
ガンツは深く頷いた。
「なら、お前さんは本物だ。」
◇◇◇
老人は応接室へ一行を案内した。
部屋の壁には数え切れないほどの剣や槍が飾られている。
そのどれもが一級品だった。
「座れ。」
全員が腰を下ろす。
ガンツは一枚の古びた地図を取り出した。
「紅蓮の霊峰には、昔から伝わる話がある。」
「《炎神の大鍛冶場》だ。」
ビルセイヤの目が変わる。
「大鍛冶場?」
「ああ。」
「神話の時代。」
「世界樹の加護を受けた鍛冶師たちが、そこで神剣を打ったと言われている。」
フィリアが驚く。
「そんな場所が……」
「本当にあるんですか?」
ガンツは静かに頷いた。
「伝承ではな。」
「だが、わしは信じている。」
彼は壁に掛かった古い槌を見上げる。
「代々カルディナの鍛冶師は、その場所を目指して技を磨いてきた。」
「誰も辿り着けなかったがな。」
◇◇◇
ビルセイヤは地図を見つめた。
すると。
懐の古地図が微かに震える。
光が重なった。
二枚の地図。
まったく違う時代に描かれたもの。
その一部がぴたりと一致した。
「……!」
ビルセイヤは息を呑む。
「この場所だ。」
「何?」
セシリアたちも身を乗り出す。
「アークレイドの地図と一致してる。」
「炎神の大鍛冶場は……」
「紅蓮の霊樹の近くだ。」
部屋が静まり返った。
ガンツも目を見開く。
「そんな馬鹿な……」
「つまり。」
ツバサが低く言う。
「蛇の牙は霊樹だけじゃなく。」
「神代の鍛冶場まで狙ってる。」
◇◇◇
ガンツはゆっくり立ち上がった。
そして部屋の奥から、一本の古い鍵を持ってくる。
黒鉄で作られた、不思議な紋様が刻まれた鍵だった。
「受け取れ。」
ビルセイヤへ差し出す。
「これは?」
「代々ギルドマスターが預かってきた。」
「炎神の鍛冶場の鍵だ。」
セシリアが驚く。
「本当にあったの?」
「扉は見つかっている。」
「だが誰も開けられなかった。」
ガンツは真っ直ぐビルセイヤを見る。
「……お前なら開けられる気がする。」
「世界樹に認められた鍛冶師ならな。」
ビルセイヤは静かに鍵を受け取った。
その瞬間。
鍵が淡く赤く輝いた。
まるで持ち主を認めるように。
◇◇◇
一方、その頃――。
紅蓮の霊峰。
巨大な火口の地下深く。
黒いローブを纏う男が、不気味な笑みを浮かべていた。
「……鍵が動いたか。」
男の背後には、炎に包まれた巨大な石扉。
中央には、鍵穴が一つ。
「来るがいい。」
「世界樹の継承者。」
「炎神の鍛冶場で待っている。」
その笑い声が、燃え盛る火山の奥深くへ響き渡った。
紅蓮の霊峰。
世界樹。
神代の鍛冶場。
そして蛇の牙。
すべての運命が、一つの場所へ集まり始めていた。
――続く。




