第百四十四話 鉱山都市カルディナ
フレイムウルフとの戦闘から半日。
ビルセイヤたちは西へ向かう街道を進み続けていた。
周囲の景色は少しずつ変わり始めている。
青々とした草原は減り、大地には黒みを帯びた岩肌が目立つようになってきた。
遠くには赤茶けた山々が連なり、その向こうでは紅蓮の霊峰が静かに噴煙を上げている。
風も、どこか熱を帯びていた。
「暑くなってきましたね」
フィリアが額の汗をぬぐう。
「雪山育ちには少し厳しいです……」
セシリアが苦笑する。
「私は寒いよりこっちの方が楽だけどね」
「私は、どちらも苦手です」
エミリアが困ったように笑う。
「エルフは森の気候が一番落ち着きますから」
ツバサは空を見上げた。
「もうすぐ町が見える頃だな」
◇◇◇
昼過ぎ。
一行は丘を越え、その先に広がる光景へ思わず足を止めた。
「……すごい」
フィリアが小さく呟く。
巨大な岩山を背に築かれた都市。
その周囲には大小さまざまな採掘場が広がり、絶え間なく荷馬車が行き交っている。
街のあちこちから煙が立ち上り、金属を打つ甲高い音が風に乗って聞こえてきた。
街全体が、一つの巨大な鍛冶場のようだった。
「ここが……」
ビルセイヤは目を細める。
「カルディナか」
門の上には大きな鉄槌と炎を組み合わせた紋章が掲げられている。
まさに鍛冶師たちの街だった。
◇◇◇
「なんだか元気になる街ね」
セシリアが笑う。
ビルセイヤも自然と口元が緩む。
「いい音だ」
「え?」
「槌の音だよ」
彼は耳を澄ませた。
「この街は、皆それぞれ違うリズムで鉄を打ってる」
「でも、不思議と街全体では一つの音楽みたいになってる」
ツバサが笑った。
「そこを見るのか」
「鍛冶師だからな」
ビルセイヤは照れもなく答える。
◇◇◇
街門では武装した衛兵が旅人の確認を行っていた。
「止まれ!」
「身分証を提示してもらう」
ビルセイヤたちは順に冒険者ギルド証を見せる。
衛兵は一枚一枚確認し、少し驚いた顔をした。
「……Cランク冒険者?」
さらにセシリアたちを見る。
「こちらも同じか」
ローブ姿のエミリア。
男装のツバサ。
そしてフィリア。
最後にビルセイヤを見ると、衛兵は少しだけ表情を和らげた。
「ようこそカルディナへ」
「最近は魔物が増えている」
「街の外へ出る時は十分注意してくれ」
「何かあったんですか?」
ビルセイヤが尋ねる。
衛兵は少し声を潜めた。
「火山の様子がおかしい」
「以前より噴煙が増えていてな」
「さらに、火山周辺の魔物が次々と山を下りてきている」
セシリアたちは顔を見合わせた。
やはり。
ここでも異変は始まっていた。
◇◇◇
街へ入ると、活気はさらに増した。
露店では武器や防具が売られ、鍛冶屋からは赤熱した鉄を打つ音が絶え間なく響いている。
冒険者の姿も多い。
誰もが火山方面の依頼書を手にしていた。
「まずはギルドね」
セシリアが言う。
「情報を集めないと」
「ああ」
ビルセイヤも頷く。
「辺境伯ダリウスも、まず情報収集を優先していた」
「今回も同じだ」
◇◇◇
冒険者ギルド・カルディナ支部。
建物へ入ると、酒場を兼ねた広い空間には多くの冒険者が集まっていた。
壁一面には依頼書が貼られている。
その中でも一番大きく掲示されていたのは――。
【緊急依頼】
【紅蓮の霊峰周辺 魔物異常発生】
ビルセイヤは掲示板の前へ歩み寄る。
「フレイムウルフ多数」
「マグマリザード」
「ファイアボア」
「火山ゴーレムまで……」
ツバサが眉をひそめる。
「全部、本来なら山の上にいる魔物だぞ」
「街まで下りてきてるの?」
フィリアも驚く。
受付へ向かうと、一人の女性受付嬢が頭を下げた。
「ようこそカルディナ支部へ」
「本日は依頼でしょうか?」
「まず情報を聞きたい」
ビルセイヤが答える。
「紅蓮の霊峰で何が起きてる?」
受付嬢の表情が曇った。
「実は……三日前から火山の魔力が急激に乱れています」
「その影響で魔物たちが山を下り始めました」
「調査隊も出しましたが……」
「戻ってきた者は半数だけです」
「残りは?」
セシリアが尋ねる。
「消息不明です」
部屋が静まり返る。
また行方不明者。
白枝の泉。
蒼氷の霊峰。
そして今回も同じだった。
◇◇◇
その時。
ギルドの奥が騒がしくなった。
「急げ!」
「医者を呼べ!」
数人の冒険者が、一人の青年を抱えて飛び込んできた。
全身が火傷だらけだった。
「山で何があった!」
誰かが叫ぶ。
青年は苦しそうに息をしながら、震える指を火山の方角へ向けた。
「……赤い……木……」
エミリアが目を見開く。
「まさか」
青年は最後の力を振り絞る。
「燃えて……泣いてる……」
その言葉を聞いた瞬間。
ビルセイヤの懐にある白枝が、カタリと鳴った。
そして古地図の三つ目の光が、一際強く輝く。
間違いない。
紅蓮の霊樹が、助けを求めている。
新たな霊樹。
新たな蛇の牙。
そして、炎に包まれた次なる戦場。
ビルセイヤは静かに拳を握った。
「今度も……間に合わせる」
その決意に、仲間たちは力強く頷いた。
英雄たちの旅は、灼熱の火山地帯――紅蓮の霊峰編へと、本格的に幕を開けるのだった。
――続く。




