第百四十話 辺境伯への帰還
ガルディア編、ここに完結です。
白枝の泉から始まった世界樹の異変は、蒼氷の霊樹の救出という形で一つの決着を迎えました。そして新たな仲間「蒼雪の巫女フィリア」が加わり、ビルセイヤたちの旅はさらに広がっていきます。
次章では、新たな霊樹、蛇の牙のさらなる幹部、そしてアークレイドが遺した「世界樹の真実」へと物語が進んでいきます。
蒼氷の霊樹へ別れを告げた翌朝。
ビルセイヤたちは、フロストヴェールを後にし、ガルディアの街へ向かっていた。
雪山を吹き抜ける風は、もう穢れを含んではいない。
冷たくはあるが、どこか心地よい。
エミリアは微笑みながら目を閉じた。
「精霊たちが笑っています」
「昨日までとは、まるで別の森です」
フィリアも静かに頷いた。
「母なる霊樹が元気を取り戻した証です」
「これから少しずつ、この山は昔の姿へ戻っていくでしょう」
その言葉を聞き、セシリアは安心したように息をついた。
「本当に間に合ってよかった」
ツバサも肩の力を抜きながら笑う。
「今回は珍しく、ギリギリだったな」
「毎回ギリギリな気もするけど」
セシリアの一言に、一同から小さな笑いがこぼれた。
◇◇◇
昼過ぎ。
一行はルミナスの深森の入口へ到着した。
そこでは、ロドリグと数名の兵士が待機していた。
「ビルセイヤ殿!」
ロドリグは一行の姿を見つけると、駆け寄ってきた。
その目は、すぐに守護騎士の姿とフィリアの姿を捉える。
そして何より――。
「皆さん、ご無事で……!」
安堵の表情を浮かべた。
「カイルは?」
ビルセイヤが尋ねる。
「命に別状ありません」
ロドリグは力強く答えた。
「意識も戻りました。ベルンも救助できたと聞いております」
「ええ」
エミリアが微笑む。
「白枝の泉の近くで保護しました。衰弱はしていましたが、命は助かりました」
ロドリグは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「本当に……ありがとうございます」
辺境を守る兵として。
仲間を救ってくれた恩は、何よりも重かった。
◇◇◇
ガルディアの街へ戻ると、門番たちが歓声を上げた。
「調査隊が戻ったぞ!」
「森の異変が収まった!」
「見ろ! 空が晴れてる!」
確かに。
街を覆っていた重苦しい空気は消え去っていた。
北東の空には、美しい青空が広がっている。
街の人々も、その変化に気づき始めていた。
◇◇◇
辺境伯の館。
応接室にはダリウス辺境伯が待っていた。
一行の姿を見ると、彼は静かに立ち上がる。
「……戻ったか」
「はい」
ビルセイヤは頷いた。
「依頼、完了しました」
その一言だけで十分だった。
ダリウス辺境伯はしばらく黙っていたが、やがて大きく息を吐いた。
「そうか」
「終わったのだな」
「ええ」
フィリアが前へ出る。
「蒼氷の霊樹は救われました」
「蛇の牙の第三幹部《氷蛇》ヴァイスも討ちました」
その報告に、部屋の空気が静まり返る。
やがてダリウス辺境伯は、静かに目を閉じた。
「……長かった」
「我らが何代にも渡って抱えてきた不安が、ようやく消えた」
◇◇◇
そこへ扉が開く。
「辺境伯様!」
入ってきたのは、包帯を巻いたカイルとベルンだった。
二人はまだ傷こそ残るものの、自分の足で歩いている。
カイルはビルセイヤを見るなり、深々と頭を下げた。
「命を救っていただき、ありがとうございました!」
「礼はいい」
ビルセイヤは静かに首を振る。
「生きて戻れたなら、それで十分だ」
ベルンも拳を胸へ当てた。
「我々だけでは、決して帰れませんでした」
「この恩は、生涯忘れません」
◇◇◇
その様子を、部屋の入口から小さな影が見つめていた。
「ルル」
エミリアが優しく呼ぶ。
森の民の少女ルルだった。
彼女は少し照れながらも、ビルセイヤたちの前まで歩いてくる。
「白い木……」
ルルは小さく笑った。
「笑ってた」
「うん」
フィリアも微笑む。
「もう泣いてないよ」
その言葉を聞いたルルは、ようやく心から安心したように笑顔を見せた。
◇◇◇
その夜。
辺境伯家ではささやかな宴が開かれた。
豪華な祝宴ではない。
戦いを終え、無事に帰ってきた者たちを迎える、小さな食事会だった。
兵士たちは久しぶりに笑い合い、街の職人たちも酒を酌み交わしている。
ダリウス辺境伯は杯を掲げた。
「ビルセイヤ殿」
「そして仲間たちよ」
「ガルディアを代表し、礼を述べる」
「この地を救ってくれたこと、心より感謝する」
全員が静かに杯を掲げた。
その時だった。
フィリアが立ち上がる。
「ビルセイヤさん」
「少し、お話があります」
皆の視線が彼女へ集まる。
フィリアは深く一礼した。
「私は蒼雪の巫女として、この山を守る使命を負っていました」
「ですが、今は守護騎士様がいます」
「そして霊樹も回復しました」
彼女は真っ直ぐビルセイヤを見つめる。
「どうか、私も旅へ連れて行ってください」
「世界には、まだ苦しんでいる霊樹があります」
「私も救いたい」
その瞳に迷いはなかった。
ビルセイヤは少しだけ笑う。
「答えは、もう決まってる」
「歓迎する」
「今日から仲間だ」
一瞬。
フィリアは驚いたように目を丸くした。
そして。
「はい!」
これまでで一番大きな笑顔を見せた。
◇◇◇
その光景を見つめながら、ダリウス辺境伯は静かに呟く。
「英雄とは」
「こうして、人を導く者なのだな」
夜空には満天の星が輝いていた。
ガルディアの危機は去った。
蒼氷の霊樹も救われた。
しかし、蛇の牙との戦いは終わってはいない。
ヴァイスが残した言葉。
――世界樹は一つではない。
その意味を確かめる旅が、これから始まる。
新たな仲間、蒼雪の巫女フィリアを迎えたビルセイヤたちは、次なる目的地へ向けて静かに歩みを進めるのだった。
――第二章・ガルディア編 完。




