第百三十八話 氷蛇との決着
白銀の守護騎士が剣を掲げる。
その刃には、もはや翡翠色の穢れはない。
蒼く澄んだ魔力が宿り、霊樹を守る本来の力を取り戻していた。
「英雄よ」
「共に霊樹を救おう」
「はい」
ビルセイヤは白枝を静かに構えた。
その背後には、セシリア、エミリア、ツバサ、そしてフィリア。
誰一人として迷いはない。
守るべきものは、目の前にはっきりとあった。
――蒼氷の霊樹。
――この山に生きる精霊たち。
――未来。
◇◇◇
祭壇の上では、《氷蛇》ヴァイスが冷ややかな笑みを浮かべていた。
「美しいですね」
「友情、絆、希望……」
彼はゆっくりと杖を掲げる。
「だからこそ」
「壊し甲斐があります」
ゴォォォォォッ!
第三結界の核が激しく脈動した。
霊樹の根元から黒い魔力が噴き上がり、雪山全体を覆う。
空が暗く染まる。
吹雪は暴風雪へと変わり、視界は数メートル先すら見えなくなった。
「来るぞ!」
ビルセイヤの声が響く。
◇◇◇
ヴァイスは静かに呟いた。
「《氷界降臨》」
その瞬間。
雪山全体の雪が宙へ舞い上がる。
一粒一粒が鋭い氷刃へと変わり、一斉に襲い掛かった。
ザザザザザッ!
「セシリア!」
「任せて!」
大盾を掲げる。
激しい音を立てながら、無数の氷刃を受け止めた。
「くっ……!」
腕が痺れる。
盾の表面が凍りついていく。
それでも、彼女は一歩も退かなかった。
◇◇◇
「エミリア!」
「はい!」
風の精霊が応える。
「《テンペスト・ブレス》!」
暴風が吹き荒れ、氷刃を押し返した。
視界が開ける。
そこへ。
「ツバサ!」
「了解!」
ツバサは一直線にヴァイスへ飛び込む。
剣閃が走る。
だが。
ヴァイスの姿が揺らいだ。
「幻影!?」
斬ったはずの身体は氷となって砕け散る。
「後ろです!」
フィリアの叫び。
振り返ると、ヴァイスはすでに別の場所へ立っていた。
「氷鏡転移」
ヴァイスは静かに笑う。
「雪と氷がある限り、私はどこにでも現れます」
◇◇◇
「厄介ね……」
セシリアが息を整える。
守護騎士が低く告げた。
「奴の本体は一つ」
「魔力の流れを見極めよ」
その助言に、ビルセイヤは目を閉じた。
風。
雪。
霊樹。
全ての流れへ意識を向ける。
すると。
一か所だけ。
不自然に魔力が集中している場所があった。
「見つけた」
ビルセイヤが静かに呟く。
◇◇◇
「飛天御剣流――」
身体強化。
風魔法。
さらに。
白き霊樹と蒼氷の霊樹、二つの加護が白枝へ宿る。
刀身が白銀と蒼氷の輝きを帯びた。
「行く!」
地を蹴る。
その速度は、これまで以上だった。
ヴァイスが初めて目を見開く。
「速い……!」
幻影を斬る。
一つ。
二つ。
三つ。
全て偽物。
だが。
四つ目。
「そこだ!」
白枝が真っ直ぐ突き出された。
キィィィン!!
金属音。
ヴァイスは氷の杖で受け止めた。
だが、その表情には余裕がない。
「見破ったのですか」
「風は嘘をつかない」
ビルセイヤが答える。
「お前だけ、雪の流れが違った」
◇◇◇
激しい剣戟が始まる。
杖と刀。
氷魔法と剣技。
火花ではなく、白い氷片が舞う。
ヴァイスは杖を振るい、氷槍を生み出す。
ビルセイヤは最小限の動きで全てを斬り払う。
「見事です!」
ヴァイスは笑う。
「ならこれはどうです!」
第三結界の核が眩く輝く。
黒い魔力が霊樹へ流れ込む。
霊樹が苦しげに震えた。
「しまった!」
フィリアが叫ぶ。
「核へ直接魔力を!」
◇◇◇
「守護騎士!」
ビルセイヤが叫ぶ。
「任せよ!」
白銀の守護騎士は巨大な剣を振るい、黒い魔力の奔流を受け止める。
その間に。
「エミリア!」
「はい!」
「フィリア!」
「浄化を!」
二人の魔法が重なる。
風の精霊。
雪の精霊。
蒼氷の霊樹。
三つの力が融合し、第三結界の核を包み込んだ。
しかし。
「まだ足りません!」
フィリアが叫ぶ。
「核が強すぎます!」
◇◇◇
ビルセイヤは白枝を握り締めた。
そして。
懐から、白き霊樹の加護枝を取り出す。
「力を貸してくれ」
その願いに応えるように。
白枝。
蒼氷の霊樹。
加護枝。
三つの光が一つになる。
霊樹全体が優しく輝いた。
フィリアは涙を流す。
「霊樹が……」
「あなたを認めています」
ビルセイヤは静かに構えた。
「飛天御剣流――」
深く息を吸う。
「終ノ型」
風が止む。
雪も止む。
世界が静止したような静寂。
「――天翔白龍閃」
一筋の白銀の閃光が走った。
◇◇◇
その一撃は。
ヴァイスの杖を断ち。
第三結界の核を貫き。
黒い結晶を真っ二つに断ち切った。
パァァァァァン!!
眩い光が雪山全体を包み込む。
黒い魔力は消え去り、翡翠色の穢れは霧のように空へ溶けていった。
蒼氷の霊樹は、美しい青白い光を取り戻す。
精霊たちの歓喜の声が、雪山中へ響き渡った。
◇◇◇
ヴァイスは膝をついた。
折れた杖を見つめ、小さく笑う。
「……負けましたか」
その身体は黒い霧へ変わり始めていた。
「ですが」
「これで終わりではありません」
彼は最後にビルセイヤを見つめる。
「世界樹は……一つではない」
「我ら蛇の牙は、必ず目的を果たします」
そう言い残し、ヴァイスの身体は完全に消滅した。
◇◇◇
吹雪は止んだ。
青空が広がる。
蒼氷の霊樹は静かに枝葉を揺らし、まるで礼を告げるように白い花びらを降らせる。
フィリアは霊樹へ跪いた。
「母なる樹……」
守護騎士も静かに剣を地へ立てる。
「救ってくれて感謝する」
ビルセイヤは霊樹を見上げ、小さく微笑んだ。
しかし、その胸にはヴァイスの最後の言葉が残っていた。
――世界樹は一つではない。
蛇の牙の真の目的とは何なのか。
新たな謎を残しながら、雪山での戦いは終幕を迎えるのだった。
――続く。
次回、第百三十九話「蒼氷の祝福」。
蒼氷の霊樹はビルセイヤたちへ新たな加護を授けます。そしてフィリアの新たな決意とともに、ガルディア編は感動のエピローグへ。さらに蛇の牙の次なる陰謀を示す伏線も描かれます。




