第百三十七話 穢された守護騎士
蒼氷の霊樹の前に立ちはだかる、黒き守護騎士。
本来なら霊樹を護るために生まれた存在は、今や蛇の牙の呪術によって穢され、巨大な黒氷の剣を振るう魔物へと変貌していた。
その全身から溢れる翡翠色の魔力が、大地を震わせる。
ズン――。
守護騎士が一歩踏み出すだけで、雪原に亀裂が走った。
「来る!」
ビルセイヤが叫ぶ。
次の瞬間、守護騎士は頭上高く剣を振り上げた。
轟ッ!!
振り下ろされた一撃は地面を大きく裂き、吹き上がった氷塊が雨のように降り注ぐ。
「散開!」
セシリアの声に合わせ、四人は左右へ飛び退いた。
砕け散る雪と氷。
その威力は、これまで戦ってきた魔物とは比較にならない。
「なんて馬鹿力なの……!」
セシリアが盾を構え直しながら息を呑む。
◇◇◇
「エミリア!」
「はい!」
エミリアはすぐさま弓を引き絞る。
風と氷の精霊が矢へ集まり、淡い青白い光を放った。
「《アイスアロー・連射》!」
三本。
五本。
十本。
氷の矢が守護騎士へ降り注ぐ。
しかし。
カンッ! カンッ! カンッ!
矢は黒氷の鎧に弾かれた。
「硬い!」
エミリアが驚く。
「普通の魔力では傷が浅いです!」
◇◇◇
「なら!」
ツバサが笑う。
「近付くだけだ!」
身体強化。
一気に間合いを詰める。
剣閃が幾重にも走った。
ガガガガッ!!
黒氷が砕ける。
だが、その傷も翡翠色の光が包み込み、瞬く間に修復されていく。
「再生か!」
ツバサは距離を取った。
「厄介すぎる!」
◇◇◇
その様子を見たフィリアが目を閉じる。
霊樹へ意識を繋ぐ。
蒼氷の霊樹の声。
苦しみ。
そして、守護騎士の残された想い。
「……まだ」
フィリアが目を開く。
「守護騎士様は消えていません!」
「何?」
ビルセイヤが振り向く。
「身体は操られています。でも魂はまだ霊樹を守ろうとしています!」
その言葉に、全員の表情が変わった。
「倒すんじゃない」
ビルセイヤが静かに呟く。
「救えるのか」
「はい!」
フィリアは力強く頷いた。
「蛇の牙の呪術を断てば!」
◇◇◇
その時だった。
守護騎士の瞳が一瞬だけ青く輝く。
次の瞬間、頭を抱えるような仕草を見せた。
「……グ……」
低いうめき声。
まるで苦しみに耐えているようだった。
だが、それも一瞬。
翡翠色の光が全身を覆い、再び黒い炎が瞳へ宿る。
「邪……魔……者……」
初めて守護騎士が言葉を発した。
かすれた声。
その響きは悲しみに満ちていた。
「侵……入……者……排除……」
巨大な剣が再び振り上がる。
◇◇◇
「ビルセイヤ!」
フィリアが叫ぶ。
「胸です!」
「胸の紋章が呪術の核!」
守護騎士の胸。
蛇の牙の紋章が翡翠色に脈動している。
「そこを浄化すれば!」
「了解!」
ビルセイヤは白枝を抜いた。
さらに懐から白き霊樹の加護枝を取り出す。
すると。
蒼氷の霊樹も共鳴した。
白い光。
蒼い光。
二つの加護が白枝へ宿る。
「これは……!」
エミリアが驚く。
「霊樹同士が力を貸しています!」
◇◇◇
守護騎士が突進する。
その巨体とは思えない速さ。
「セシリア!」
「任せて!」
盾を構える。
轟音。
衝撃で雪が吹き飛ぶ。
セシリアは歯を食いしばり、一歩も退かなかった。
「今よ!」
その隙に。
ツバサが背後へ回り込む。
「おらぁ!」
剣で足を斬る。
守護騎士の体勢が僅かに崩れた。
「エミリア!」
「はい!」
「《ウィンドアクセル》!」
強風がビルセイヤの背中を押す。
身体が風そのものになる。
◇◇◇
「飛天御剣流――」
ビルセイヤは一直線に駆ける。
守護騎士の剣を躱し。
肩を蹴り。
一気に胸元へ飛び上がった。
「龍翔閃!」
白枝が光る。
狙うのは心臓ではない。
胸に刻まれた蛇の紋章。
ザァァァン!!
斬撃が紋章を真っ二つに裂いた。
◇◇◇
その瞬間だった。
翡翠色の魔力が爆発する。
「ぐああああああっ!」
守護騎士が絶叫した。
黒い魔力が身体から噴き出す。
霊樹から白い光が降り注いだ。
浄化。
優しい光が守護騎士を包み込む。
黒氷が砕け落ちる。
翡翠色の呪いが消えていく。
◇◇◇
やがて。
そこに立っていたのは。
白銀の鎧を纏った、本来の守護騎士だった。
瞳は澄んだ青。
穏やかな表情。
彼はゆっくりと膝をついた。
「……感謝する」
低く、優しい声だった。
「勇敢なる者たちよ」
フィリアは思わず涙を浮かべる。
「守護騎士様……」
守護騎士は蒼氷の霊樹を見上げた。
「我は長き眠りの中……穢されていた」
「霊樹を守れず……申し訳ない」
霊樹の枝葉が優しく揺れる。
まるで「気にしないで」と語るように。
◇◇◇
しかし。
パン、パン、パン。
静かな拍手が響いた。
祭壇の上。
ヴァイスが笑っていた。
「実に見事」
「まさか守護騎士まで救うとは」
その笑顔は変わらない。
だが瞳だけは冷たかった。
「ですが」
彼は巨大な黒い結晶へ手を伸ばす。
「これで最後の封印が解けました」
ゴゴゴゴゴ……。
第三結界の核が激しく脈動する。
霊樹全体が苦しそうに震え始めた。
守護騎士は立ち上がり、静かに剣を構える。
「英雄よ」
「ここから先は、我も共に戦おう」
ビルセイヤは静かに頷いた。
「ああ」
白枝を握り直す。
ついに。
蛇の牙第三幹部《氷蛇》ヴァイスとの最後の決戦が始まる。
――続く。
次回、第百三十八話「氷蛇との決着」。
守護騎士が味方となり、ビルセイヤたちは《氷蛇》ヴァイスとの最終決戦に挑みます。第三結界の核を巡る戦いは、第二章最大の山場へ突入します。




