第百三十五話 第三結界起動
ヴァイスの足元に展開された巨大な魔法陣が、雪山全体を震わせていた。
青白い光と翡翠色の魔力が幾重にも絡み合い、空へ向かって巨大な光の柱を形成していく。
ゴォォォォ――。
大気そのものが唸りを上げる。
「まずい!」
フィリアが顔を青ざめさせた。
「あれは第二結界だけではありません!」
「第三結界まで同時に起動しています!」
エミリアも森の奥へ意識を向け、息を呑んだ。
「精霊たちの悲鳴が……」
「急に強くなりました!」
◇◇◇
ヴァイスは静かに両腕を広げる。
「見せてあげましょう」
「蛇の牙が百年をかけて完成させた術式を」
雪山のあちこちから翡翠色の光が立ち上る。
一つ。
二つ。
三つ。
やがて、それらは一本の巨大な光脈となり、山頂へ向かって流れ始めた。
「魔力を集めているのか」
ビルセイヤが目を細める。
「ええ」
フィリアは震える声で頷く。
「蒼氷の霊樹の生命力を強制的に吸い上げています」
「このままでは……」
その先は言えなかった。
だが全員が理解していた。
霊樹は枯れる。
そして、この山に生きる精霊たちも消えてしまう。
◇◇◇
「止めるぞ!」
ビルセイヤは迷わず駆け出した。
「セシリア!」
「了解!」
盾を構えながら前進する。
その直後だった。
轟音と共に地面が裂ける。
無数の氷槍が地中から突き出した。
「来た!」
ツバサが飛び上がる。
剣で氷槍を弾き飛ばす。
「今度は地面か!」
「上だけ見ていたら串刺しですね」
エミリアが魔法陣を展開する。
「《ウィンドステップ》!」
風が仲間たちの足元を包み込み、動きを軽くする。
氷槍の間を滑るように駆け抜けていく。
◇◇◇
「フィリア!」
ビルセイヤが叫ぶ。
「第二結界の核はどこだ!」
フィリアは目を閉じた。
巫女として霊樹の声へ意識を向ける。
しばらくして、小さく指を差した。
「山腹です!」
「あの光の柱の中心!」
遠く。
雪山の斜面に、巨大な氷柱がそびえていた。
その内部で翡翠色の水晶が鼓動のように明滅している。
「あれが第二結界!」
◇◇◇
「簡単には行かせません」
ヴァイスが杖を振る。
その瞬間。
雪原全体が盛り上がった。
ゴゴゴゴ……。
巨大な氷の蛇が地中から姿を現す。
体長三十メートル。
全身が蒼い氷で覆われ、その瞳だけが翡翠色に輝いていた。
「……でかいな」
ツバサが苦笑する。
「笑ってる場合じゃないわ!」
セシリアが叫ぶ。
氷蛇は大口を開き、一行へ襲い掛かった。
◇◇◇
「私が止めます!」
フィリアが前へ出る。
蒼氷の杖を掲げた。
「蒼雪よ!」
「霊樹を守る盾となって!」
足元に蒼い魔法陣が広がる。
次の瞬間。
巨大な氷壁が出現し、氷蛇の突進を受け止めた。
轟音。
壁は大きく軋む。
「くっ……!」
フィリアの額に汗が滲む。
「長くは持ちません!」
◇◇◇
「十分だ!」
ビルセイヤが飛び出した。
風魔法を全身へ巡らせる。
身体強化。
さらに、白き霊樹から授かった加護枝が眩く輝いた。
白枝が淡く発光する。
「飛天御剣流――」
一瞬で氷蛇の頭上へ。
「龍翔閃!」
白い軌跡。
蒼い閃光。
斬撃が氷蛇の首を深々と断ち切った。
しかし。
傷口から翡翠色の光が溢れ、身体が再生していく。
「再生する!」
セシリアが叫ぶ。
「核があります!」
エミリアが目を凝らした。
「喉の奥です!」
◇◇◇
「ツバサ!」
「おう!」
二人は同時に動いた。
ツバサが氷蛇の尾へ飛び込み、連撃を叩き込む。
氷蛇の注意が逸れた。
その一瞬。
ビルセイヤは真正面から口の中へ飛び込む。
「無茶する!」
セシリアが思わず声を上げた。
牙が閉じる。
だが。
ビルセイヤは紙一重で躱し、そのまま喉奥へ。
翡翠色の核が見えた。
「そこだ!」
白枝が一直線に突き刺さる。
パリンッ!!
核が砕け散った。
巨大な氷蛇は断末魔の咆哮を上げ、そのまま無数の雪片となって崩れ落ちる。
◇◇◇
同時に。
山腹の第二結界が揺らいだ。
翡翠色の光が弱まる。
「今です!」
フィリアが叫ぶ。
「核が露出しました!」
遠くの氷柱内部で、黒い水晶が姿を現す。
ビルセイヤは迷わず走った。
ヴァイスの表情が初めて険しくなる。
「させません!」
杖が振り下ろされる。
無数の氷刃が空を埋めた。
しかし。
「邪魔だ!」
セシリアが盾で受け止める。
「ビルセイヤ!」
「行って!」
エミリアの風魔法が背中を押す。
ツバサが最後の氷兵を斬り伏せる。
「後ろは任せろ!」
◇◇◇
仲間たちの援護を受け、ビルセイヤは氷柱へ飛び上がる。
白枝を大きく振りかぶった。
「これで終わりだ!」
飛天御剣流の一撃が、第二結界の核へ振り下ろされる。
眩い白光が雪山を包み込んだ。
――第二結界、崩壊。
しかし、その瞬間。
山頂から、これまで以上に巨大な翡翠色の光柱が天を突いた。
フィリアの顔から血の気が引く。
「そんな……!」
「第三結界が……完全に目覚めました!」
山全体が激しく揺れ始める。
蒼氷の霊樹を巡る戦いは、ついに最終局面へと突入するのだった。
――続く。
次回、第百三十六話「蒼氷の霊樹」。
ビルセイヤたちはついに雪山最深部へ到達します。そこには苦しむ蒼氷の霊樹と、蛇の牙が隠し続けてきた第三結界の真実が待ち受けています。第二章クライマックスは、いよいよ最終決戦です。




