第百三十二話 氷雪結界
蒼雪の巫女フィリアを仲間に加えたビルセイヤたちは、フロストヴェール最深部を目指し、雪山を登り始めた。
目指すは《蒼氷の霊樹》。
しかし、その道のりは決して平坦ではない。
蛇の牙はすでに雪山全域へ侵食を広げ、霊樹へ至る道そのものを封じようとしていた。
◇◇◇
雪は深い。
一歩踏み出すたび、膝近くまで埋もれる場所もある。
吹きつける風は肌を刺し、視界は白一色だった。
それでもフィリアは迷うことなく先頭を歩く。
「この尾根を越えれば、最初の結界です」
彼女は振り返りながら言った。
「結界?」
セシリアが尋ねる。
「蛇の牙が霊樹を封じるために作った魔法陣です」
「普通の魔法とは違うのか?」
ビルセイヤが問い返す。
「はい」
フィリアは雪原へ杖を向けた。
「霊樹から流れる魔力を逆流させる呪術です」
エミリアの表情が険しくなる。
「そんなことをすれば……」
「霊樹自身が自分の力で傷ついてしまいます」
フィリアは静かに頷いた。
「だから早く止めなければなりません」
◇◇◇
しばらく進むと、風景が変わった。
白銀だった雪原の一角だけが、不自然な翡翠色へ染まっている。
雪は薄緑色に光り、空気まで歪んで見えた。
「これか……」
ツバサが眉をひそめる。
「嫌な気配しかしねぇ」
ビルセイヤは腰を落とし、雪へ触れた。
冷たい。
だがその奥に、白枝の泉で感じたものと同じ濁った魔力が流れている。
「間違いない」
「蛇の牙の魔力だ」
◇◇◇
フィリアは杖を掲げる。
「見てください」
蒼い光が雪面を照らす。
すると翡翠色の雪の下から、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
円を幾重にも重ねた複雑な紋様。
その中心には、蛇が霊樹へ噛みつくような禍々しい紋章が描かれている。
「……気分が悪くなるわ」
セシリアが思わず顔をしかめた。
「精霊たちも苦しんでいます」
エミリアが耳を押さえる。
「泣き声が聞こえる……」
普段は穏やかな風の精霊。
雪の精霊。
氷の精霊。
その全てが悲鳴を上げていた。
◇◇◇
「壊せるか?」
ビルセイヤがフィリアへ尋ねる。
「普通なら」
フィリアは首を横へ振る。
「巫女一人では無理です」
「ですが」
彼女はビルセイヤを見る。
「白き霊樹の加護があります」
ビルセイヤは懐から《白き霊樹の加護枝》を取り出した。
白い枝は雪山へ入ってから、ずっと微かな光を放っている。
その瞬間。
フィリアの杖も蒼く輝いた。
枝と杖。
二つの光が共鳴する。
「すごい……」
エミリアが目を見開く。
「霊樹同士が力を貸し合っている」
◇◇◇
「ビルセイヤさん」
フィリアが真剣な表情になる。
「私が結界を開きます」
「その間に中心部を破壊してください」
「分かった」
ビルセイヤは白枝を抜く。
セシリアも盾を構えた。
「何か来るわよ」
その言葉と同時だった。
ゴゴゴゴ……。
雪原が揺れる。
翡翠色の魔法陣から無数の氷柱が突き上がった。
さらに――
その氷柱が砕け、中から人型の存在が現れる。
「……氷の兵士?」
ツバサが目を細める。
全身が氷でできた騎士。
胸には蛇の紋章。
瞳だけが翡翠色に輝いていた。
一体。
二体。
三体。
十体。
二十体。
瞬く間に結界全体を埋め尽くす。
「結界の守護兵です!」
フィリアが叫ぶ。
「普通の氷ではありません!」
「任せろ!」
ビルセイヤは前へ出た。
「セシリア!」
「正面は私!」
盾が轟音を立てる。
氷の剣を受け止める。
しかし相手は怯まない。
「力が強い!」
◇◇◇
「エミリア!」
「はい!」
風と氷の精霊が集まる。
「《アイスランス》!」
無数の氷槍が放たれ、氷兵を貫く。
だが。
「再生した!?」
砕けた身体が翡翠色の光で繋がっていく。
「結界がある限り復活します!」
フィリアが叫ぶ。
「なら!」
ツバサが笑う。
「本体を壊すだけだ!」
剣を抜き放ち、氷兵の群れへ飛び込む。
鮮やかな連撃。
次々と敵を薙ぎ払う。
だが後ろからまた立ち上がる。
「キリがねぇ!」
◇◇◇
「ビルセイヤ!」
セシリアが叫ぶ。
「今よ!」
フィリアの結界解除が始まっていた。
蒼い光が翡翠色を押し返していく。
中心部が露出する。
そこには。
一つの黒い水晶。
翡翠色の脈動を繰り返している。
「核か」
ビルセイヤは地を蹴った。
氷兵が立ちはだかる。
だが。
「邪魔だ!」
身体強化。
風魔法。
白枝が閃く。
一閃。
二閃。
三閃。
氷兵が砕け散る。
そのまま一直線。
黒い水晶の前へ。
「飛天御剣流――」
白枝が蒼い光を纏う。
さらに。
懐の加護枝が強く輝いた。
白い光が刀身へ流れ込む。
「これは……!」
エミリアが息を呑む。
「白き霊樹の加護!」
ビルセイヤは迷わず振り抜く。
「龍閃破!」
閃光。
轟音。
白と蒼の斬撃が黒い水晶を真っ二つに断ち切った。
パァァン!!
水晶は砕け散り、翡翠色の光が霧となって空へ消えていく。
◇◇◇
同時に。
氷兵たちも動きを止めた。
翡翠色の瞳が消え、一体ずつ雪へ還っていく。
雪山へ静寂が戻った。
吹雪も弱まる。
「終わった……」
フィリアがほっと息をつく。
しかし。
世界樹羅針盤はまだ北を指したままだった。
「まだ終わってない」
ビルセイヤが静かに言う。
フィリアも頷く。
「これは第一結界です」
「まだ二つ残っています」
その言葉に仲間たちは表情を引き締めた。
蛇の牙は三重の結界で蒼氷の霊樹を封じている。
今壊したのは、その一つに過ぎない。
そして――
遥か山頂から、不気味な笑い声が風に乗って響いた。
「ククク……」
「ようやく一つ壊したか」
「待っていたぞ」
男とも女ともつかない声。
その声にフィリアの顔色が変わる。
「この声……!」
「知ってるのか?」
ビルセイヤが問う。
フィリアは震える声で答えた。
「蛇の牙……第三幹部」
「《氷蛇》ヴァイスです」
雪山最深部。
蒼氷の霊樹を巡る戦いは、ついに蛇の牙幹部との直接対決へと動き始めた。
――続く。
次回、第百三十三話「氷蛇ヴァイス」。
蛇の牙第三幹部《氷蛇ヴァイス》がついに姿を現します。ビルセイヤたちは第二結界を目指しますが、ヴァイスの氷魔法と結界術が行く手を阻みます。第二章はいよいよクライマックスへ向かいます。




