表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/154

第十八話 王女、冒険者を目指す

 王都アルティア。


 王城の朝は早い。


 侍女たちが忙しく行き交い、騎士たちが巡回を行い、文官たちは山積みの書類と格闘している。


 そんな王城の一角。


 国王執務室の扉が勢いよく開かれた。


「お父様!」


 元気いっぱいの声が響く。


 書類へ目を通していた国王は思わず顔を上げた。


 嫌な予感しかしない。


 長年父親をやっていると分かる。


 この娘がこういうテンションの時は、大抵ろくでもない話を持ってくる。


◇◇◇


「どうした、アイリス」


 できるだけ冷静に尋ねる。


 第二王女アイリスは満面の笑みを浮かべていた。


 嫌な予感がさらに強くなる。


「お願いがありますわ!」


「聞くだけ聞こう」


 国王は覚悟を決めた。


 するとアイリスは胸を張って宣言した。


「冒険者になりたいですわ!」


◇◇◇


 沈黙。


 部屋の空気が凍り付いた。


 執務を補佐していた宰相が固まる。


 近衛騎士も固まる。


 文官たちも固まる。


 もちろん国王も固まった。


◇◇◇


「……今、何と言った?」


 数秒後、ようやく声を絞り出す。


「冒険者になりたいですわ!」


 今度はさらに元気だった。


 聞き間違いではなかったらしい。


◇◇◇


 国王は額を押さえる。


 頭が痛い。


 非常に痛い。


 まだ朝だというのに。


「理由を聞こう」


「運命ですわ!」


「意味が分からん」


 即答だった。


◇◇◇


 アイリスは嬉しそうに語り始めた。


「素敵な殿方と出会いましたの!」


 その瞬間。


 部屋の空気が変わった。


 国王。


 宰相。


 騎士団長。


 全員の目付きが変わる。


 王女の恋愛問題は国家問題である。


「ほう……」


 国王が低い声を出す。


「それで?」


「冒険者でしたわ!」


「なるほど」


 何も分からなかった。


◇◇◇


 その後、一時間近く説明を受けた結果。


 国王はようやく事情を理解した。


 理解したくはなかったが。


「つまりだな」


 国王が確認する。


「シーサスで見掛けた冒険者に一目惚れした」


「はい!」


「だから自分も冒険者になる」


「はい!」


 満面の笑みだった。


 娘は本気らしい。


◇◇◇


 国王は天井を見上げた。


 誰か助けてほしい。


 切実にそう思った。


「アイリス」


「はい!」


「普通はまず話し掛けるものだ」


 するとアイリスの瞳が輝いた。


「なるほどですわ!」


 嫌な予感しかしない。


◇◇◇


「まずは話し掛けますわ!」


「そういう意味ではない」


 即座に否定する。


 しかし既に遅かった。


 アイリスの頭の中では何か計画が進行しているらしい。


◇◇◇


 その時だった。


 コンコン。


 執務室の扉がノックされる。


「失礼いたします」


 入ってきたのはマリアだった。


 専属侍女であり、アイリスの幼少期からの教育係でもある。


 国王は少し安心した。


 彼女なら止めてくれる。


 そう思った。


◇◇◇


「マリア」


「はい」


「アイリスを説得してくれ」


 しかし。


 マリアは少しだけ考えた後。


「無理かと」


 と答えた。


◇◇◇


 国王が固まる。


「無理なのか?」


「無理です」


 即答だった。


 長年アイリスを見てきた人物が断言する。


 つまり本当に無理なのだろう。


◇◇◇


「ですが」


 マリアは続ける。


「条件付きで認めるという方法もございます」


 国王とアイリスが同時に反応した。


「条件ですの?」


「どんな条件だ?」


◇◇◇


 マリアは静かに答える。


「まず護身術を学ぶことです」


 王女が冒険者になる。


 普通なら論外だ。


 だがどうしてもやるというなら最低限の実力は必要だった。


「やりますわ!」


 即答だった。


◇◇◇


「さらに王族としての勉強を怠らないこと」


「問題ありませんわ」


「剣術や体力訓練も継続すること」


「もちろんですわ」


 アイリスはやる気満々だった。


 恋の力は偉大である。


◇◇◇


「そして最後に」


 マリアはじっとアイリスを見る。


「勝手に城を抜け出さないこと」


 アイリスが露骨に目を逸らした。


 全員が察する。


 今後もやるつもりだったのだろう。


◇◇◇


「アイリス様?」


「善処しますわ」


「守ること」


「……はい」


 少し不満そうだった。


 だが完全否定されなかっただけでも大きな前進である。


◇◇◇


 一方その頃。


 シーサスではビルセイヤが鍛冶師ギルドを訪れていた。


「砂鉄?」


 ガルドが首を傾げる。


「ああ」


 ビルセイヤは頷く。


「大量に欲しい」


◇◇◇


 ガルドは不思議そうな顔をした。


「鉄鉱石じゃ駄目なのか?」


「駄目だ」


 即答だった。


 日本刀を作るためには砂鉄が必要だ。


 少なくともビルセイヤはそう考えている。


「何を作る気だ?」


「秘密だ」


 説明しても理解されないだろう。


 それに。


 まだ成功すると決まったわけでもない。


◇◇◇


 だがビルセイヤの胸は高鳴っていた。


 玉鋼。


 たたら製鉄。


 日本刀。


 異世界では存在しない技術。


 それを再現できるかもしれない。


 夢への第一歩だった。


◇◇◇


 一方。


 王都では。


 木剣を握るアイリスの姿があった。


「えいっ!」


 空振り。


「やあっ!」


 また空振り。


 剣術の才能は微妙だった。


 教師役の騎士が少し困った顔をしている。


◇◇◇


 それでも。


 アイリスの瞳は輝いていた。


 恋する乙女は強い。


「待っていてくださいませ」


 もちろんビルセイヤには聞こえない。


「必ず冒険者になりますわ!」


 拳を握り締める。


 その決意だけは本物だった。


◇◇◇


 こうして。


 ビルセイヤが日本刀への道を歩み始める一方で。


 第二王女アイリスもまた。


 恋する冒険者への第一歩を踏み出していた。


 もっとも。


 その道は前途多難であることを、まだ本人だけが理解していなかった。


第一章 第十八話


「王女、冒険者を目指す」


――続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ