第十七話 王女の初接触
シーサスの街は今日も活気に満ちていた。
港では漁師たちが朝獲れの魚を運び込み、市場では威勢の良い声が飛び交う。
露店には新鮮な果物や焼き串が並び、街道には王都や周辺の村から訪れた商人たちの姿も見える。
辺境の街とは思えないほど賑やかだった。
◇◇◇
そんな街の一角。
武器屋の前でビルセイヤは腕を組んでいた。
「やっぱり無いか……」
小さく呟く。
探しているのは玉鋼。
日本刀を打つために必要な素材だ。
しかし、この世界では一般的な金属ではないらしい。
鉄。
鋼。
銅。
青銅。
それらはどこでも見掛ける。
だが玉鋼という名前を出しても首を傾げられるばかりだった。
◇◇◇
「自分で作るしかないか」
ビルセイヤは空を見上げる。
古代鍛冶師録に記されていた知識。
前世で学んだ刀鍛冶の技術。
それらを組み合わせれば不可能ではない。
問題は設備だった。
たたら炉。
大量の木炭。
砂鉄。
そして時間。
どれも簡単には揃わない。
「まずは資金集めだな」
鍛冶も冒険者も、結局は金が必要だった。
◇◇◇
一方その頃。
少し離れた建物の陰から、一人の少女が顔を覗かせていた。
「いましたわ……!」
瞳がきらきら輝いている。
第二王女アイリスだった。
帽子を深く被り、平民風の服装をしている。
だが、その美貌までは隠し切れていない。
周囲から見ればかなり目立っていた。
◇◇◇
「やっぱり素敵ですわ……」
うっとりと呟く。
視線の先にはビルセイヤ。
昨日、一目惚れした相手だ。
まだ名前しか知らない。
身分も知らない。
どんな人間なのかもほとんど知らない。
それでも。
恋する乙女には十分だった。
◇◇◇
「アイリス様」
背後から冷静な声が聞こえた。
ビクッと肩が跳ねる。
「ま、マリア!?」
振り返る。
そこには専属侍女のマリアが立っていた。
笑顔だった。
だが目が笑っていない。
「なぜここに……」
「それはこちらの台詞です」
マリアは深くため息を吐いた。
「王城中が大騒ぎになっております」
◇◇◇
実は今朝。
アイリスは再び王城を抜け出していた。
しかも今回は王都からシーサスまで来ている。
徒歩でも行ける距離とはいえ、普通の王女なら絶対にしない行動だった。
「少しお散歩ですわ」
「王都からシーサスまで来る散歩など聞いたことがありません」
正論である。
◇◇◇
しかしマリアも分かっていた。
ここで説教しても無意味だ。
幼い頃から見てきた。
アイリスが何かに夢中になった時、誰にも止められないことを。
「それで」
マリアは視線をビルセイヤへ向ける。
「いつまで見ているのですか?」
「近付くタイミングを探していますの」
真剣だった。
外交交渉より真剣かもしれない。
◇◇◇
その時だった。
「うわっ!」
近くで子供の悲鳴が上がる。
果物の入った籠を抱えた少年が転んだのだ。
リンゴが地面へ転がる。
「あっ……」
少年の顔が青ざめる。
売り物なのだろう。
◇◇◇
すると。
ビルセイヤが自然に動いた。
転がったリンゴを拾う。
一つ。
二つ。
三つ。
全部集めて少年へ渡した。
「ほら」
「あ、ありがとう!」
少年が満面の笑みを浮かべる。
ビルセイヤも笑った。
「次は気を付けろよ」
「うん!」
それだけだった。
特別なことではない。
誰に見せるためでもない。
自然な行動だった。
◇◇◇
「素敵ですわ……」
アイリスは胸を押さえる。
好感度がさらに上昇したらしい。
マリアは頭痛を覚えた。
重症である。
◇◇◇
その時だった。
ふとビルセイヤがこちらを向いた。
「ん?」
目が合う。
ほんの一瞬。
だが確かに視線が交わった。
「ひゃっ!?」
アイリスは慌てて物陰へ隠れた。
完全に怪しい人物である。
◇◇◇
ビルセイヤは首を傾げた。
「どうしました?」
隣にいたセシリアが尋ねる。
今日は依頼の打ち合わせをしていたのだ。
「いや……」
気のせいだろうか。
「誰かに見られている気がした」
「有名人ですからね」
セシリアは笑う。
オークジェネラル討伐。
鍛冶師ギルドでの評価。
最近のビルセイヤはシーサスではちょっとした有名人だった。
◇◇◇
一方。
物陰ではアイリスが顔を真っ赤にしていた。
「目が合いましたわ……」
「はい」
マリアは無表情で答える。
「目が合いましたわ!」
「はい」
「これは運命ですわ!」
「たぶん違います」
冷静だった。
だがアイリスには届いていない。
◇◇◇
「まずはお友達からですわね」
「そうですね」
「そして仲良くなって」
「はい」
「冒険者になりますわ!」
「はい……はい?」
マリアが固まった。
今なんと言っただろう。
◇◇◇
アイリスは拳を握る。
やる気に満ちていた。
「同じ冒険者になれば接点が増えますわ!」
名案だと思っているらしい。
王女が冒険者になる。
普通なら却下される話だった。
だが。
アイリスは本気だった。
◇◇◇
その頃。
ビルセイヤは全く知らなかった。
自分が助けたわけでもなく。
話したわけでもなく。
ただ普通に街を歩いていただけなのに。
王国第二王女から猛烈に狙われ始めていることを。
◇◇◇
こうして。
恋する王女アイリスの暴走計画は静かに始まった。
そしてその計画は近い未来――。
王城を巻き込む大騒動へと発展していくのであった。
第一章 第十七話
「王女の初接触」
――続く。




