第百二十九話 北へ続く白銀街道
王都アルティアを発って二日。
ビルセイヤたちは、王国北部へ続く白銀街道を進んでいた。
街道の両脇には広大な草原が広がり、さらに北へ進むにつれて、景色は少しずつ変わり始めている。
青々としていた木々は針葉樹が増え、吹き抜ける風には冬の匂いが混じる。
「寒くなってきたわね」
セシリアがマントを羽織り直した。
「まだ秋なのに」
「北方だからな」
ビルセイヤは空を見上げる。
「フロストヴェールは一年の半分以上が雪らしい」
「半年も?」
ツバサが肩を竦める。
「住みにくそうだな」
「でも、その代わり珍しい鉱石が採れます」
エミリアが答えた。
「氷鉄鉱、蒼氷石、それに魔力を蓄える永久氷晶……」
「鍛冶師としては興味しかないな」
ビルセイヤの目が少しだけ輝く。
「ほら来た」
セシリアが苦笑した。
「世界樹より先に鉱石へ反応しないで」
「反応はする」
「否定しないのね」
四人の間に小さな笑いが生まれた。
張り詰めた旅だからこそ、こうした何気ない会話が心を軽くしてくれる。
◇◇◇
昼過ぎ。
一行は北方街道最大の宿場町へ到着した。
王都ほどではないが、雪山へ向かう商人や冒険者で賑わう町である。
しかし――。
「様子がおかしいな」
ビルセイヤが足を止める。
町には活気がない。
露店は半分ほど閉まり、旅人たちは皆、不安そうな表情を浮かべていた。
「荷馬車も止まってる」
ツバサが眉をひそめる。
「雪山へ向かう連中が動いてない」
宿屋の前では商人たちが口々に話していた。
「また雪崩だってよ」
「いや、雪崩だけじゃない」
「白い魔物まで出たらしいぞ」
「誰があんな山へ行くか」
その会話に、ビルセイヤたちは顔を見合わせる。
◇◇◇
「情報を集めましょう」
セシリアが言う。
「まずは冒険者ギルドね」
「賛成だ」
一行は町の冒険者ギルドへ向かった。
北方らしく、建物は分厚い丸太で造られている。
暖炉から煙が上がり、中では多くの冒険者が酒ではなく温かいスープを飲んでいた。
受付へ近づく。
「すみません」
ビルセイヤが声を掛ける。
「フロストヴェール方面へ向かいたいんですが」
受付嬢は困ったように息を吐いた。
「今ですか?」
「ああ」
「正直、お勧めできません」
「理由は?」
「ここ数日、北部街道が危険なんです」
受付嬢は地図を広げた。
「三日前から魔物が急増しています」
「どんな魔物です?」
エミリアが尋ねる。
「アイスウルフ。
スノーベア。
フロストホーク。」
「全部、本来はもっと北にいる魔物ですね」
「はい」
「しかも……」
受付嬢は少し声を潜めた。
「全部、目が翡翠色に光っていたそうです」
その言葉で空気が変わる。
「やっぱり」
セシリアが呟く。
「ここまで来てる」
◇◇◇
「他には?」
ビルセイヤが続けて尋ねる。
受付嬢は少し迷ってから話し始めた。
「変な噂があります」
「噂?」
「夜になると、雪山の方で巨大な光の柱が立つんです」
「翡翠色か」
「はい」
受付嬢は小さく頷く。
「しかも、その光を見た翌日は必ず吹雪になります」
「偶然じゃないな」
ツバサが腕を組んだ。
「白枝の泉と同じだ」
◇◇◇
その時だった。
ギルドの扉が勢いよく開く。
「た、大変だ!」
一人の冒険者が雪まみれで飛び込んできた。
「助けてくれ!」
ギルド中の視線が集まる。
「どうした!」
ギルドマスターが駆け寄る。
「北の街道で護衛中だった!」
「仲間が!」
「アイスウルフの群れに囲まれてる!」
その場が騒然となる。
「場所は!」
「白銀橋だ!」
「あと十分も持たねぇ!」
ビルセイヤは即座に立ち上がった。
「行くぞ」
「もちろん」
セシリアも剣を取る。
「助けるんでしょう?」
「ああ」
ツバサは笑った。
「聞くまでもないな」
エミリアも弓を背負う。
「急ぎましょう」
◇◇◇
白銀橋までは馬で二十分。
四人は身体強化を使い、一気に雪原を駆け抜ける。
冷たい風が頬を刺す。
だが、立ち止まる理由はない。
やがて遠くから狼の遠吠えが聞こえた。
「見えた!」
セシリアが叫ぶ。
谷に架かる石橋。
その中央で荷馬車二台が立ち往生していた。
護衛の冒険者が必死に剣を振るっている。
周囲を囲むのは――。
「アイスウルフ!」
十体。
二十体。
さらに奥からまだ現れる。
そして、その全ての瞳は翡翠色に染まっていた。
「白枝の泉と同じだ!」
エミリアが声を上げる。
「違う」
ビルセイヤは目を細める。
「もっと強い」
群れの中央。
一際大きな狼が姿を現す。
普通の倍近い体躯。
純白の毛並み。
だが胸元には翡翠色の亀裂が走り、全身から異様な魔力が噴き出していた。
「アイスウルフロード……?」
セシリアが驚く。
「いや」
エミリアは首を振った。
「あれは自然に育った個体じゃありません!」
「魔力で無理やり進化させられてる!」
ビルセイヤは静かに剣を抜いた。
白枝が澄んだ音を立てる。
「まずは人命救助だ」
「了解!」
セシリアが盾を構える。
「エミリア!」
「援護します!」
「ツバサ!」
「派手に暴れるぞ!」
四人は雪原を蹴った。
北方最初の戦いが、幕を開ける。
その雪山のさらに奥では――。
翡翠色の光が、ゆっくりと空へ立ち昇っていた。
まるで《蒼氷の霊樹》が助けを求めるように。
――続く。
次回、第百三十話では「白銀橋の攻防」。 ビルセイヤたちは暴走したアイスウルフロードとの激戦に挑みます。そして、その個体を操る蛇の牙の新たな幹部が姿を現します。




