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異世界転移したら刀鍛冶だった。気づけば英雄になり、最後は創造神になっていた件  作者: バモス
第二章 鍛冶革命編

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第百二十四話 王都へ戻る道

 翌朝。


 ガルディアの空は、昨日までの重苦しさが嘘のように澄み渡っていた。


 ルミナスの深森から吹く風には、まだわずかに湿った森の匂いが混じっている。

 だが、そこに濁った翡翠色の不快な気配はもうない。


 ビルセイヤたちは、ガルディア辺境伯の館の前に立っていた。


 荷物はすでに整えてある。

 白き霊樹の加護枝、王都への報告書、蛇の牙の刻印の写し、黒杭の石片の分析記録。


 持ち帰るべきものは多い。


「本当に、もう発つのか」


 見送りに出たダリウス辺境伯が、低い声で言った。


「はい。王都へ早く戻った方がいい」


 ビルセイヤが答える。


「蛇の牙が王都を探っているなら、遅れる理由はありません」


「そうだな」


 ダリウスは頷き、封書を一通差し出した。


「これは陛下宛ての追加報告だ。早馬でも出しているが、君たちからも直接渡してほしい」


「分かりました」


 ビルセイヤは封書を受け取る。


 その横で、ロドリグが深く頭を下げた。


「カイルもベルンも、命に別状はありません。二人とも、皆さんに感謝していました」


「無事でよかったわ」


 セシリアが穏やかに言う。


「しばらくは無理させないでくださいね」


「はい。しばらくは後方勤務に回します」


 ロドリグは苦笑した。


 その時、館の門の向こうから、小さな足音が聞こえた。


「ビルセイヤさん!」


 駆けてきたのはルルだった。


 その後ろには、シルヴァと数人の森の民もいる。


「ルル」


 ビルセイヤが振り向くと、ルルは息を切らしながらも、両手で小さな木の実の袋を差し出した。


「これ……森の実です。甘くて、元気が出ます」


「いいのか?」


「はい。お礼です」


 ルルは少し照れたように笑った。


「白い木を助けてくれて、森のみんなを助けてくれて……本当に、ありがとうございました」


 ビルセイヤは袋を受け取る。


「ありがとう。大事に食べる」


 その言葉に、ルルは嬉しそうに頷いた。


 シルヴァも一歩前へ出る。


「ビルセイヤ」


「なんだ?」


「白き母さまの枝……ちゃんと、翡翠の鍵のお姫さまに届けてね」


「ああ。必ず届ける」


 シルヴァは少しだけ安心したように微笑んだ。


「そのお姫さまが森に来る時、わたしも待ってる。ルルも、森のみんなも」


「伝えておく」


「うん」


 シルヴァは胸の前で両手を組み、小さく頭を下げた。


「またね」


「ああ。また来る」


 それは別れではなく、再会の約束だった。


◇◇◇


 ガルディアの街を出たビルセイヤたちは、王都へ向かう街道を南西へ進み始めた。


 行きと同じ道。

 だが、空気はまるで違っていた。


 森の異変が鎮まったからか、街道沿いの鳥の声も戻り始めている。

 商人の馬車も少しずつ動き出し、足止めされていた人々がガルディアと王都の間を行き交い始めていた。


「やっぱり、道に人が戻ると安心するわね」


 セシリアが周囲を見ながら言う。


「宿場町も少し落ち着いてるかもしれませんね」


 エミリアが頷く。


「フォレストウルフの群れも、もう出ないといいのですが」


「原因は断ったからな」


 ツバサが肩を回す。


「しばらくは魔物も森へ戻るだろ」


「完全に戻るには時間がかかる」


 ビルセイヤは言った。


「白き霊樹も母なる根も傷ついている。ガルディアにはしばらく警戒してもらう必要があるな」


「王都にも、ね」


 セシリアの声が少し重くなる。


 その一言で、全員の表情が引き締まった。


 白き霊樹の託宣。


 蛇の牙は王都にも目を向けている。


 それは、王都にいるアイリスだけでなく、王家そのものに危険が迫る可能性を示していた。


「アイリス王女、大丈夫でしょうか」


 エミリアが心配そうに呟く。


「王城にはライオット陛下もウィル王子もいる。警備も厚い」


 ビルセイヤは答える。


「だが、蛇の牙が真正面から来るとは限らない」


「古文書庫、怪しいわね」


 セシリアが言う。


「アイリス王女が世界樹関係の記録を調べるって話だったし、そこを狙われる可能性はある」


「もしくは宮廷学者の中に協力者がいるとか?」


 ツバサがさらりと言う。


 冗談めいた口調ではあったが、内容は笑えない。


「あり得る」


 ビルセイヤは静かに頷いた。


「蛇の牙は古代神殿にも入り込んでいた。情報を集める手段は持っているはずだ」


「急ぎましょう」


 エミリアが言う。


「ああ」


 ビルセイヤたちは歩調を速めた。


◇◇◇


 昼過ぎ。


 一行は、以前フォレストウルフの群れと戦った宿場町へ戻ってきた。


 町の様子は、前回とは明らかに違っていた。


 荷馬車が動き出し、商人たちが忙しそうに荷を積み直している。

 冒険者出張所の前にも人が集まっているが、焦りよりも安堵の色が強い。


「あっ!」


 受付嬢がビルセイヤたちに気づき、慌てて駆け寄ってきた。


「皆さん! 無事だったんですね!」


「ええ。森の異変はひとまず鎮まりました」


 セシリアが答えると、受付嬢は目に見えてほっとした。


「よかった……! ガルディアからも連絡が来て、街道の封鎖を少しずつ解除するって話になっています」


「魔物の目撃は?」


 ビルセイヤが尋ねる。


「昨夜からかなり減りました。まだ完全に安全とは言えませんが、少なくとも翡翠色に侵された魔物は見ていません」


「なら、効果は出てるな」


 ツバサが頷く。


 受付嬢は深く頭を下げた。


「本当にありがとうございました。皆さんがあの夜、フォレストウルフを止めてくれなかったら、この町にも被害が出ていたと思います」


「無事ならそれでいい」


 ビルセイヤが言う。


 その時、宿場町の奥から一人の商人が声をかけてきた。


「あんたたち、王都へ戻るのかい?」


「ああ」


「なら、気をつけた方がいい」


 商人の表情は少し険しかった。


「王都方面から来た旅人が言ってたんだが、最近、城下で変な連中を見たらしい」


「変な連中?」


 セシリアが反応する。


「黒い外套を着た奴らだ。顔を隠して、夜に古書店や学者街のあたりをうろついてたとか」


 ビルセイヤたちの空気が変わる。


「学者街……」


 エミリアが小さく呟く。


「古文書庫に繋がる可能性がありますね」


「その話、詳しく聞かせてくれ」


 ビルセイヤが言うと、商人は頷いた。


「俺も直接見たわけじゃない。ただ、王都から来た行商人が妙に不安がってた。王都は安全なはずなのに、夜に衛兵が増えてるって話もしてたな」


「早馬が届いたのかもしれないわ」


 セシリアが言う。


「ダリウス辺境伯の伝令が先に着いていれば、警戒を強めている可能性はある」


「それならいいんだけどな」


 ツバサは眉をひそめる。


「蛇の牙がもう入り込んでるなら、面倒だぞ」


 ビルセイヤは商人に礼を言い、仲間たちを見た。


「休憩は最低限にする」


「ええ」


「了解」


「はい」


 王都へ急ぐ理由が、また一つ増えた。


◇◇◇


 宿場町を出た後、ビルセイヤたちはさらに南西へ進んだ。


 日が傾き始める頃、王都アルティアの白い城壁が遠くに見え始める。


 夕日に照らされた王都は、相変わらず美しかった。


 だが、今回はその美しさの奥に、見えない影が潜んでいるように感じられた。


「戻ってきたわね」


 セシリアが呟く。


「ああ」


 ビルセイヤは王都を見つめる。


 数日前に出発したばかりだというのに、ずいぶん長く離れていたような気がした。


 ルミナスの深森で起きたこと。

 白き霊樹の託宣。

 蛇の牙の狙い。

 加護枝。


 王都を出た時とは、持ち帰る情報の重さが違う。


「アイリス王女、驚くでしょうね」


 エミリアが少しだけ微笑む。


「約束の三か月どころか、数日で戻ってきたもの」


「喜ぶより先に、怒るかもしれないわ」


 セシリアが苦笑する。


「“もう戻ってきたんですか!? 私まだ全然強くなってません!”って」


「言いそうだな」


 ツバサが笑った。


 ビルセイヤも、少しだけ口元を緩める。


 だが、すぐに表情を引き締めた。


「まずは王城へ行く。陛下へ報告だ」


「その後、アイリス王女ね」


「ああ」


 王都の門へ近づくと、衛兵の数が以前より多いことに気づいた。


 門番たちは通行人を一人一人丁寧に確認している。

 明らかに警戒が強まっていた。


「やっぱり、何かあったみたいね」


 セシリアが小さく言う。


 ビルセイヤはギルド証と、ガルディア辺境伯から預かった封書を取り出した。


「王都へ入ったら、すぐに城へ向かう」


 白き霊樹の加護枝が、懐の中で微かに温かくなった気がした。


 まるで、持ち主へ近づいていることを感じ取ったかのように。


 翡翠の鍵を持つ娘。


 アイリス・アルティア。


 彼女へ届けるべきものは、もうすぐそこにある。


 そして同時に、蛇の牙の影もまた、王都のどこかに忍び寄っている。


 ビルセイヤたちは、再び王都アルティアへ足を踏み入れた。


 白き霊樹の託宣を胸に。

 新たな危機の始まりを告げるために。


――続く。

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