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異世界転移したら刀鍛冶だった。気づけば英雄になり、最後は創造神になっていた件  作者: バモス
第二章 鍛冶革命編

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第百十七話 蛇杖のヴェノル

 樹哭の間に、重い衝撃音が響いた。


 ビルセイヤの剣と、ヴェノルの蛇杖が真正面からぶつかり合う。


 剣身を伝って、嫌な感触が腕へ食い込んできた。

 ただ重いだけではない。杖から流れ込んでくる翡翠色の魔力が、刃を通じてこちらの魔力そのものを侵そうとしている。


「……っ!」


 ビルセイヤは即座に無属性魔力を巡らせ、侵食を弾いた。


 そのまま力任せに押し返す。


 ヴェノルがわずかに後ろへ滑った。


「ほう」


 仮面の奥から、感心したような声が漏れる。


「私の侵食を受けてなお、剣を握り続けるか」


「お前の気色悪い魔力に付き合う趣味はない」


 言い捨て、ビルセイヤは一歩踏み込んだ。


 下段からの斬り上げ。

 続けて返す刃で、首元を狙う。


 だが、ヴェノルは細身の体からは想像できないほど滑らかに身を捻り、二撃とも最小限の動きで避けた。


 そのまま蛇杖が横薙ぎに払われる。


「《牙蛇穿》」


 杖先から、翡翠色の蛇が三匹、矢のような速度で飛び出した。


「ちっ!」


 ビルセイヤは剣で一匹を斬り払い、残る二匹を身体を沈めてかわす。

 だが、蛇は地面へ突き刺さった瞬間に霧となって弾け、今度は足元から黒緑の根を噴き上がらせた。


「面倒な……!」


 跳ぶ。


 ビルセイヤの足元を、鋭い根が何本も突き抜けた。

 もし反応が遅れていれば、足を串刺しにされていた。


 着地と同時に、ビルセイヤは剣へ風を纏わせる。


「《風刃》」


 横一文字の斬撃が飛ぶ。


 ヴェノルは杖を掲げ、翡翠色の障壁でそれを受けた。

 だが、完全には殺しきれず、仮面の端が浅く裂ける。


 仮面の奥の目が、細くなった。


「なるほど。速さもあるか」


「観察は終わったか?」


 ビルセイヤは間髪入れず距離を詰める。

 ヴェノルに時間を与えれば、その分だけ森の民の少年へ流れ込む穢れも増える。


 今は、押し切るしかない。


◇◇◇


「セシリア! 左から来る!」


「分かってる!」


 ビルセイヤとヴェノルが激突する一方で、樹哭の間のもう一方では、セシリアとツバサが根喰いたちの迎撃を続けていた。


 仮面を割られた根喰いが二体、なおも森の民たちへ這い寄ろうとする。


 セシリアは盾を構えたまま前へ出る。


「こっちは通さない!」


 体当たりのようにぶつかってきた根喰いを、真正面から受け止める。

 重い。腕が痺れる。


 だが、止めるだけなら十分だ。


「ツバサ!」


「おう!」


 セシリアが盾で根喰いの顔を上へ跳ね上げた瞬間、ツバサが横から飛び込んだ。


 抜刀。


 鋭い斬撃が翡翠色の仮面へ吸い込まれ、そのまま核ごと断ち切る。


 根喰いが崩れ落ちた。


 しかし、残る個体が木の根を這わせ、セシリアの足元を絡め取ろうとする。


「っ、しま――」


「下だ!」


 ツバサの声と同時に、足元へ剣を突き立てる。

 根が切れ、辛うじて拘束を免れた。


「助かったわ」


「礼は後だ。まだ来る!」


 次の瞬間、母なる根の周囲から新たに二体の根喰いが這い出してきた。


「増えるのかよ!」


 ツバサが舌打ちする。


 シルヴァが顔を青ざめさせた。


「母なる根が苦しむほど、穢れた根が形を持っちゃう……!」


「なら、元を止めるしかないわね!」


 セシリアは歯を食いしばり、剣を握り直した。


◇◇◇


 一方、エミリアは森の民の少年を包む風の障壁を維持しながら、必死に穢れの侵食を食い止めていた。


 少年の胸元へ伸びる三本の翡翠色の光。

 それが杭から流れ込み、まるで血管のように少年の体を蝕んでいく。


「……だめ、押し返しきれない……!」


 エミリアの額に汗が滲む。


 風の障壁は確かに侵食を弱めている。

 だが、完全には止められない。


「シルヴァさん! 何か方法はありませんか!」


 シルヴァは母なる根へ手を当て、震える声で答えた。


「白き霊樹と……母なる根の繋がりを、一瞬だけ強められれば……! そうすれば、あの子に流れてる穢れを、根の方へ戻せるかもしれない……!」


「でも、そのためには?」


「白き霊樹に触れて、森の民の祈りを重ねる必要があるの……! でも今のあたしじゃ、ひとりじゃ足りない……!」


 エミリアは少年と白き霊樹を見比べた。


 白き霊樹は泉の奥。

 しかも、その前にはまだ黒ローブの術者が残っている。


 だが、やるしかない。


「分かりました」


 エミリアは決意したように顔を上げる。


「シルヴァさん、白き霊樹まで行きましょう」


「えっ……!?」


「私が道を開きます。あなたは祈ってください」


「でも、少年は……!」


「障壁は維持します」


 エミリアは弓を握り直した。


「ビルセイヤさんたちが時間を稼いでくれています。今動かなければ、間に合わない」


 シルヴァは唇を噛み、そして強く頷いた。


「……うん!」


◇◇◇


「余所見をしている場合か?」


 ヴェノルの杖が、ビルセイヤの脇腹を狙って突き出される。


 ビルセイヤは半身でかわし、そのまま肘で杖を弾いた。

 距離が近い。


 好機。


 左手に火魔法を宿す。


「《フレイム》!」


 零距離で放たれた炎がヴェノルを包む。


 だが、炎の向こうから、低い笑い声が返ってきた。


「その程度で焼けると思うか」


 炎が割れた。


 翡翠色の膜がヴェノルを包み込み、火を押し返している。


「なら、こいつはどうだ」


 ビルセイヤは炎の煙に紛れ、懐へ潜り込んでいた。


 剣ではない。


 鞘ごと握ったままの柄頭を、ヴェノルの鳩尾へ叩き込む。


「ぐっ……!」


 初めて、ヴェノルが苦鳴を漏らした。


 仮面の男の体がくの字に折れる。


 そこへ追撃。


 抜き放つような一閃が、ヴェノルの胸元を斬り裂いた。


 黒衣が裂け、鮮血が散る。


 ヴェノルは大きく後退し、片膝をついた。


「やっと当たったな」


 ビルセイヤが低く言う。


 だが、手応えが浅い。

 致命傷には遠い。


 ヴェノルは胸元を押さえながら、ゆっくり立ち上がった。


「……痛いな」


 その声に、先ほどまでの余裕はなかった。

 代わりに、冷え切った殺意がある。


「やはり、お前はここで殺しておくべきだ」


 仮面の奥の眼光が、ぎらりと翡翠色に染まった。


 次の瞬間、残る三本の黒杭が同時に脈動する。


「まずい!」


 エミリアが叫ぶ。


 少年へ流れ込む光が一気に太くなったのだ。


「ぁ……あ……っ!」


 少年の喉から苦痛の声が漏れる。

 胸元に翡翠色の紋様が浮かび上がり始めている。


「シルヴァ、行くよ!」


「うん!」


 エミリアは矢を三本同時に番えた。


「風よ、道を開いて!」


 三連射。


 矢は風を纏い、白き霊樹前に残っていた黒ローブの術者二人をまとめて撃ち抜く。

 一人は肩を、もう一人は脚を貫かれ、悲鳴を上げて崩れた。


「今です!」


 エミリアとシルヴァが駆ける。


 その動きを見たヴェノルが杖を振り上げた。


「行かせるか!」


 地面から根の槍が噴き出す。


 だが、その前へセシリアが滑り込んだ。


「させない!」


 盾で根の槍を受け止める。

 衝撃で足が地面を削る。


 さらに横からツバサが飛び込み、根の束をまとめて斬り払った。


「走れ、エミリア!」


「はい!」


 道が開く。


 エミリアとシルヴァはそのまま白き霊樹の根元へ辿り着いた。


 近くで見る白き霊樹は、想像以上に痛々しかった。


 白銀の樹皮には無数の翡翠色の亀裂が走り、そこから涙のように淡い光が零れている。

 枝葉は震え、苦しむようにざわめいていた。


「……ひどい」


 エミリアが息を呑む。


 シルヴァは泣きそうな顔で霊樹へ両手を伸ばした。


「白き母さま……ごめんね……ごめんなさい……!」


 彼女の掌が白き霊樹に触れる。


 同時に、白い光がふわりと広がった。


「エミリアさん、手を!」


「はい!」


 エミリアも霊樹へ手を重ねる。


「風の精霊、水の精霊……どうか、この森の母へ力を」


 淡い緑と青の光が、シルヴァの白い光へ溶け込んでいく。


 すると、白き霊樹の奥から、確かな鼓動が返ってきた。


 どくん。


 どくん。


 まるで、弱っていた心臓がもう一度動き出すように。


「……届いた!」


 シルヴァの目が見開かれる。


「母さまが……応えてくれてる!」


◇◇◇


 その瞬間だった。


 少年の胸元へ流れ込んでいた翡翠色の光が、逆流し始めた。


「なっ……!?」


 ヴェノルの声に、初めて明確な焦りが混じる。


 少年へ流れ込んでいた穢れが、風の障壁を伝い、白き霊樹と母なる根の方へ引き戻されていく。


 もちろん、浄化されたわけではない。

 だが、少なくとも“少年を器にする”儀式は崩れた。


「今だ、ビルセイヤ!」


 ツバサが叫ぶ。


「残り三本、全部折れ!」


「ああ!」


 ビルセイヤは地を蹴った。


 ヴェノルが止めようと杖を振るう。

 だが、その軌道へビルセイヤは自ら踏み込んだ。


 脇腹を浅く抉られる。


 痛みが走る。血が滲む。


 それでも止まらない。


「っ……!」


 ビルセイヤはヴェノルの懐へ入り込み、肩で体当たりするように押し飛ばした。


 仮面の男がよろめく。


 その一瞬で十分だった。


 ビルセイヤは最も近い五本目の杭へ剣を振り下ろす。


「砕けろ!」


 黒杭が真っ二つに割れた。


 続けて六本目。


 風を纏った連撃で亀裂を広げ、蹴りを叩き込む。


 砕ける。


 残るは一本。


 だが、その最後の一本だけは明らかに様子が違った。


 杭全体がどくどくと脈打ち、まるで生き物のように母なる根と繋がっている。


「最後……!」


 ビルセイヤが剣を構える。


 その背後で、ヴェノルが血を吐きながらも笑った。


「遅い」


 最後の黒杭が、ひときわ強く輝いた。


 次の瞬間――杭の根元から、巨大な影が持ち上がる。


 それは、これまでの根喰いとは比較にならないほど巨大だった。

 白き霊樹と母なる根の間に溜まった穢れが、一つの塊となって形を成していく。


 翡翠色の仮面。

 黒い根でできた巨腕。

 そして、胸の中央には最後の黒杭がそのまま心臓のように埋め込まれている。


「……嘘でしょ」


 セシリアが息を呑む。


 ツバサも目を見開いた。


「おいおい、最後に出てくるのがそれかよ……!」


 ヴェノルはふらつきながらも、勝ち誇ったように言い放つ。


「儀式は崩れても、残滓は残る。ならばそれを守護獣に変えるだけだ」


 巨影がゆっくりと頭をもたげる。


 樹哭の間そのものが揺れた。


 白き霊樹の悲鳴。

 母なる根の脈動。

 そして最後の黒杭を核とした、穢れの巨人。


 あと一本折れば儀式は止まる。

 だが、その一本が最悪の形で立ちはだかった。


 ビルセイヤは剣を握り直し、巨影を睨み据える。


「……なら、壊すだけだ」


 最後の戦いが、始まる。


――続く。

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