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異世界転移したら刀鍛冶だった。気づけば英雄になり、最後は創造神になっていた件  作者: バモス
第二章 鍛冶革命編

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第百十二話 白き霊樹シルヴァ

 白枝の泉に、ようやく静けさが戻り始めていた。


 砕け散った黒い石柱――《偽りの世界樹の核》の残滓は、もうほとんど感じられない。濁っていた泉の水も少しずつ本来の白さを取り戻し、空気に混じっていた翡翠色のざらつきも、先ほどまでとは比べものにならないほど薄れていた。


 だが、それでも完全ではない。


 白き霊樹の化身を名乗った少女、シルヴァの言葉が、それをはっきり示していた。


 ――本当の穢れは、もっと奥。

 ――《樹哭の間》にある。


「……少しは落ち着いたみたいだな」


 ツバサが肩で息をしながら、辺りを見回した。


 岸辺には、気絶した黒ローブたちが転がっている。

 セシリアが戦闘不能にした者、ツバサが拘束した者、そしてビルセイヤとの戦いの余波で動けなくなった者たちだ。


「でも、全部が終わったわけじゃないのよね」


 セシリアが剣を鞘へ戻しながら、シルヴァを見る。


 白い髪に、翡翠色の瞳。

 白き霊樹の“心”を名乗る少女は、まだどこか頼りなげに立っていた。


 エミリアはそんな彼女の傍へ寄り、そっと目線を合わせるように膝をついた。


「シルヴァ。今、どれくらい動けますか?」


 シルヴァは自分の胸元に手を当て、少し考えるように目を伏せる。


「……いっぱいは無理。でも、お話はできるし、森の道も分かるよ」


「無理はするな」


 ビルセイヤが短く言った。


「お前自身も、まだ弱ってるんだろ」


 シルヴァは少しだけ驚いたように目を瞬かせ、それから小さく微笑んだ。


「うん。ちょっとだけ」


「ちょっとどころじゃなさそうだけどな」


 ツバサが苦笑する。


 シルヴァの姿は安定しているように見えて、よく見ると輪郭がわずかに揺らいでいた。

 霊樹の力を借りて無理やり人の形を保っている――そんな印象だ。


「でも、今ここで止まるわけにはいかないの」


 シルヴァは白枝の泉の奥、さらに深い森の方角を見た。


「母なる根が、もうすぐ無理やり起こされちゃう」


 その言葉に、全員の表情が引き締まる。


「母なる根っていうのは、やっぱり世界樹に連なるものなのか?」


 ビルセイヤが問う。


 シルヴァは頷いた。


「うん。ルミナスの深森のいちばん深い場所には、昔々、世界樹から伸びた大きな根が眠ってるの。わたしみたいな霊樹は、その根から生まれた小さな枝みたいなもの」


「つまり、お前は世界樹の眷属に近い存在ってことか」


「たぶん、そう呼ばれることもあると思う」


 シルヴァは少し困ったように笑った。


「でも、わたしはそんなに偉くないよ。白枝の泉と、その近くの森を見守るだけの、小さな霊樹だから」


「十分すごい存在だと思うけど」


 セシリアがぽつりと漏らす。


「だって普通に喋ってるし、森の異変の中心にいるし、何より“世界樹の根”の話が出てくる時点で、もう小さい話じゃないもの」


「それは……うん、そうかも」


 シルヴァは少しだけ照れたように視線を逸らした。


 その様子は年相応の少女にも見える。

 けれど、その奥にある気配はやはり人ではない。森そのものに溶け込むような、静かで古い存在感があった。


◇◇◇


 その時、泉の外縁から複数の足音が聞こえた。


「ビルセイヤ殿!」


 駆け込んできたのはロドリグだった。

 その後ろには、ガルディア兵が三人。カイルを入口の兵へ引き渡し、応援を連れて戻ってきたのだろう。


 ロドリグは辺りの惨状――砕けた石柱、倒れた黒ローブ、そして白き霊樹の前に立つシルヴァの姿を見て、一瞬だけ言葉を失った。


「これは……」


「ベルンは助けた」


 ビルセイヤが短く告げる。


 霊樹の根元で横たわる兵士を見つけたロドリグは、弾かれたように駆け寄った。


「ベルン!」


 彼は膝をつき、ベルンの呼吸を確かめる。

 すぐに安堵の息が漏れた。


「生きている……!」


「意識はまだ戻っていないけど、命に別状はないわ」


 セシリアが答える。


「翡翠の穢れを少し食らってるみたいだから、街へ戻ったらちゃんと診てもらった方がいい」


「感謝します……!」


 ロドリグは深く頭を下げた。


 その声には、兵を救えた安堵と、間に合ったことへの感謝が滲んでいる。


「礼は後でいい」


 ビルセイヤはそう言って、森の奥を見た。


「まだ終わってない」


 ロドリグもすぐに顔を上げ、表情を引き締める。


「やはり、さらに奥に何かが?」


「ああ」


 ビルセイヤが答える前に、シルヴァが一歩前へ出た。


「《樹哭の間》」


 ロドリグの視線が、白い少女へ向く。


「そこに、蛇の人たちがいる。母なる根を無理やり起こそうとしてる」


 ロドリグは目を見開いた。

 だが、ここまで来て“この少女は何者だ”と問うような愚は犯さない。


 辺境の騎士として、彼もまた空気を読める男だった。


「……その“樹哭の間”とは、どこにあるのですか?」


「白枝の泉のさらに奥。森の中心に近い、誰も踏み込まない場所」


 シルヴァは白い指で、泉の向こう側――木々がより濃く絡み合う方角を示した。


「昔は、森の民が祈りを捧げる場所でもあった。でも今は、近づくものなんてほとんどいない。母なる根は、眠ってるだけで森を守ってくれてたから」


「そこを蛇の牙が狙ってる、か」


 ツバサが眉をひそめる。


「しかも“起こす”ってのが厄介だな。普通に壊すとか奪うとかじゃない」


「うん……」


 シルヴァの顔が曇る。


「母なる根は、起きていい時にしか起きちゃだめなの。無理やり起こしたら、森の魔力が全部乱れて、ルミナスの深森そのものが壊れちゃう」


「森が壊れる、だけで済むのか?」


 ビルセイヤが問う。


 シルヴァは少しだけ迷ってから、静かに首を横に振った。


「……たぶん、済まない」


 その一言で、空気がさらに冷えた気がした。


「母なる根は、ただの大きな木の根じゃない。世界樹の流れを、この土地に繋ぎ止めてる“結び目”みたいなものだから……そこが壊れたら、森だけじゃなくて、周りの土地も、水も、精霊も、全部おかしくなる」


「辺境伯領全体に影響が出る可能性があるわけね」


 セシリアが真顔で言う。


「下手したら、それ以上かもしれないな」


 ビルセイヤの声も低い。


 蛇の牙がやろうとしているのは、単なる遺跡荒らしや禁呪の実験ではない。

 世界樹に連なる“根”そのものへ干渉し、この土地の理をねじ曲げようとしている。


 止めなければならない理由としては、十分すぎた。


◇◇◇


「ただ、ひとつ問題があります」


 エミリアが口を開いた。


「シルヴァの話が正しいなら、樹哭の間は白枝の泉よりもずっと深い場所です。今のまま夜の森を突っ切るのは、かなり危険だと思います」


 ロドリグも頷く。


「深森の奥は、昼でも視界が悪い。まして夜なら、まともに道を辿れない可能性があります」


「でも、時間もないんだろ?」


 ツバサがシルヴァを見る。


「うん……」


 シルヴァは胸元を押さえ、不安そうに俯いた。


「今すぐ壊れる、ってわけじゃない。でも、蛇の人たちは急いでる。さっきの石柱も、そのための準備だったの」


「白枝の泉を中継点にして、母なる根へ穢れを流すつもりだったってことか」


 ビルセイヤが呟く。


「たぶん」


 エミリアが補足する。


「白枝の泉は、白き霊樹シルヴァを通して森の広い範囲と繋がっていたんだと思います。だから、ここを汚染すれば、より深い場所にも干渉しやすくなる」


「なるほどね……嫌なやり方」


 セシリアが顔をしかめた。


 ビルセイヤは少しだけ考え込む。


 夜の森は危険だ。

 だが、ここで完全に一晩休めば、その間に蛇の牙が儀式を進める可能性もある。


 かといって、疲労した状態で全員を深森の奥へ突っ込ませるのも悪手だ。


「ビルセイヤさん」


 エミリアが静かに呼んだ。


「白枝の泉なら、今のうちに少し休めます」


「どういうことだ?」


「シルヴァが戻ってきたことで、この周囲の精霊たちも少し落ち着き始めています。完全な安全地帯とは言えませんが、外の森よりはずっとましです。ここで短く休息を取り、夜のうちに樹哭の間へ向かうことはできると思います」


「短く休む、か」


 ツバサが顎に手を当てる。


「仮眠ってほどじゃないが、水と携帯食を入れて、消耗を整えるくらいならありだな」


「ベルンを兵に任せられるなら、私もそれでいいと思う」


 セシリアも頷いた。


「少なくとも、今ここで一度息を整えた方が、奥で戦う時に動けるわ」


 ロドリグはビルセイヤを見た。


「私は兵と共にベルンを街へ戻します。その後、入口で待機する部隊へ状況を伝え、増援を整えます」


「増援は森の外で待機させてくれ」


 ビルセイヤが即答する。


「樹哭の間まで大人数を入れるのは危険だ」


「承知しました」


 ロドリグは迷いなく頷いた。


「では、我々は後方支援に徹します。もし退路が必要になった場合は、白枝の泉まで兵を差し向けられるようにしておきます」


「助かる」


 短いやり取りだが、それで十分だった。


◇◇◇


 ロドリグたちがベルンと気絶した蛇の牙の構成員数名を連れて離脱した後、白枝の泉には再びビルセイヤたちとシルヴァだけが残った。


 エミリアは泉の水を手ですくい、魔力の状態を確かめる。


「……うん。かなり戻っています。飲み水には向きませんが、魔力の回復には少し役立つかもしれません」


「便利ね、それ」


 セシリアが携帯食の干し肉を取り出しながら苦笑する。


「私もそういうの欲しいわ」


「セシリアはまず、食べながら喋る癖を直した方がいいと思うぞ」


「何よそれ」


「いや、今の台詞、干し肉くわえたままだったからな」


「うっ……」


 ツバサの指摘に、セシリアがわずかに頬を染める。


 ほんの少しだけ、空気が和らいだ。


 その様子を見ていたシルヴァが、くすりと笑う。


「みんな、仲良しなんだね」


「まあな」


 ツバサが肩を竦める。


「いつもこんな感じだ」


「……いいなぁ」


 ぽつりと漏らしたシルヴァの声は、少しだけ寂しそうだった。


 ビルセイヤは白き霊樹の少女を見た。


「森の民は、もういないのか」


 シルヴァは一瞬だけ目を伏せる。


「みんな、ずっと前に少なくなったの。最近は、ルルたちみたいに少しだけ残ってる子たちが、遠くの隠れ里から時々お祈りに来るくらい」


「ルル……」


 セシリアが呟く。


 ガルディアの館で出会った、あの森の民の少女だ。


「ルルは無事だ」


 ビルセイヤが言う。


「ガルディアで保護されてる。お前を助けてほしいって頼まれた」


 シルヴァの翡翠色の瞳が、大きく見開かれた。


「ルルが……?」


「ああ」


「……そっか」


 シルヴァは胸の前で両手を組み、ほっとしたように笑った。


「よかった。逃げられたんだ……」


 その笑顔を見て、ビルセイヤは少しだけ目を細めた。


 守るべきものがある。

 助けたい相手がいる。

 それは人間も霊樹も、案外変わらないのかもしれない。


◇◇◇


 短い休息を終えた頃には、森の上に夜の帳が完全に降りていた。


 白枝の泉の周囲だけが、シルヴァの放つ淡い光と、霊樹の枝葉から零れる白い輝きによって、かろうじて視界を保っている。


 ビルセイヤは立ち上がり、剣の具合を確かめた。


「行くぞ」


 その一言で、セシリアもツバサもエミリアも立ち上がる。


 シルヴァもまた、小さく頷いた。


「樹哭の間までは、わたしが道を案内する。でも途中に、“泣き枝の回廊”っていう場所があるの」


「嫌な名前だな」


 ツバサが顔をしかめる。


「そこは、昔から森が人を試す場所。今は蛇の人たちの穢れも混じって、もっと危ないと思う」


「幻惑系か、結界系か……どっちにしても面倒そうね」


 セシリアが剣の柄に手をかける。


「大丈夫」


 シルヴァはそう言って、白い手を胸元に当てた。


「わたしがいれば、完全には迷わないはず」


「完全には、ってところが気になるけどな」


「……が、がんばる」


 少しだけ慌てたように言うシルヴァに、エミリアが優しく笑った。


「無理しなくていいですよ。一緒に進みましょう」


「うん!」


 白枝の泉の水面が、月明かりを受けて静かに揺れる。


 ここはもう、先ほどまでの戦場ではない。

 だが、穏やかさはあくまで束の間だ。


 この先に待つのは、ルミナスの深森の中心――《樹哭の間》。

 世界樹に連なる母なる根。

 そして、それを目覚めさせようとする蛇の牙の本隊。


 ビルセイヤは夜の森の奥を見据えた。


 暗闇の向こうには、まだ翡翠色の脈動がかすかに見える。

 それはまるで、森の心臓が苦しげに鼓動しているようだった。


「今度こそ、全部止める」


 低く、しかしはっきりと告げる。


 仲間たちが頷く。


 そして白き霊樹シルヴァを先頭に、ビルセイヤたちは白枝の泉を後にした。


 目指すは、樹哭の間。

 世界樹の根へ続く、深き森の最奥へ。


 そこに待つのが、さらなる異変か、あるいは蛇の牙の本当の狙いか――まだ誰にも分からない。


 だが、もう引き返す理由はなかった。


――続く。

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