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異世界転移したら刀鍛冶だった。気づけば英雄になり、最後は創造神になっていた件  作者: バモス
第二章 鍛冶革命編

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第百十一話 偽核破壊

 白枝の泉に満ちる翡翠色の瘴気が、びりびりと肌を刺していた。


 泉の中央に突き立つ黒い石柱――《偽りの世界樹の核》は、不気味な脈動を繰り返しながら、白き霊樹へ穢れた魔力を流し込み続けている。


 そのたびに、白銀の幹を走る翡翠色の亀裂が明滅し、霊樹が苦しげに枝葉を震わせた。


『いたい……くるしい……』


 エミリアの耳にだけ届く、幼い少女のような声。


 白き霊樹は、まだ耐えている。

 だが、長くは持たない。


「次で決める」


 ビルセイヤが低く告げた。


 その声に呼応するように、セシリアが盾を叩きつけて黒ローブの男を弾き飛ばす。


「だったら、こっちは道を開けるわよ!」


 ツバサもまた、地を蹴った。


「おう!」


 ビルセイヤは深く息を吸う。


 全身へ巡らせた無属性の身体強化が、さらに一段深く沈んだ。

 筋肉が熱を帯び、血流が加速する。視界が研ぎ澄まされ、黒い石柱と蛇杖の男の位置、泉の流れ、敵の足運び――すべてが鮮明に見えた。


 蛇杖の男が、顔を歪めて杖を掲げる。


「やらせるものか! 《翡翠の檻》!」


 石柱が強く脈打った。


 次の瞬間、泉の濁った水面から何十本もの翡翠色の蔓が噴き上がる。

 それらは互いに絡み合い、巨大な檻のようにビルセイヤを閉じ込めようと迫ってきた。


「ビルセイヤ!」


 セシリアが叫ぶ。


 だがビルセイヤは足を止めない。


 むしろ、真正面から踏み込んだ。


「邪魔だ」


 剣を一閃。


 風を纏った斬撃が、迫る蔓をまとめて断ち切る。

 切断された蔓は黒い泥のように崩れ、水面へ落ちた。


「馬鹿な……!」


 蛇杖の男の声に、初めて焦りが混じる。


 ビルセイヤはさらに踏み込む。

 水飛沫が上がる。距離が、一気に詰まる。


 男は慌てて杖を振り下ろした。


 翡翠色の光刃が走る。

 だが、ビルセイヤは半身をずらし、紙一重でそれを躱した。


 そのまま、石柱の真正面へ躍り出る。


「やめろぉぉっ!!」


 蛇杖の男が絶叫した。


 同時に、岸辺にいた黒ローブたちが一斉に石柱へ向かって走る。

 だが、その前にセシリアが立ちはだかる。


「通さないって言ったでしょう!」


 盾を叩きつけるような体当たり。

 先頭の男が吹き飛び、その後ろの二人まで巻き込んで転がった。


「ツバサ!」


「任せろ!」


 ツバサが横から滑り込み、倒れた黒ローブたちの武器を次々と弾き飛ばす。


「《アースバインド》!」


 地面から伸びた土の腕が敵の足を絡め取り、その動きを封じた。


 これで石柱への道を塞ぐ者はいない。


 ビルセイヤは黒い石柱を見据えた。


 近くで見るそれは、ただの石ではなかった。


 表面には、木の年輪に似た紋様と、蛇の牙の印が幾重にも刻まれている。

 その中心を流れる翡翠色の筋は、まるで生き物の血管のように脈打っていた。


「……気持ち悪いな」


 吐き捨てるように呟き、剣を構える。


 風魔法を刃へ纏わせる。

 さらに無属性の身体強化を腕へ集中。


 狙うは一点。

 石柱の中心を走る翡翠色の脈動、その核だ。


「砕けろ」


 ビルセイヤは地を蹴った。


 全身の力を、剣へ。


「はぁぁぁぁぁっ!!」


 渾身の一撃が、黒い石柱へ叩き込まれる。


 金属とも石とも違う、耳障りな悲鳴のような音が響いた。


 ひびが入る。


 一本。

 二本。

 三本。


 次の瞬間――


 黒い石柱が、内側から翡翠色の光を噴き上げながら爆ぜた。


「――っ!?」


 泉全体が大きく揺れる。


 濁っていた水が渦を巻き、翡翠色の瘴気が悲鳴のような音を立てて空へ散った。

 石柱の破片は光の粒となって崩れ、やがて黒い灰へ変わって消えていく。


「核が……!」


 蛇杖の男が絶望の声を上げた。


 同時に、白き霊樹の幹を走っていた翡翠色の亀裂が一瞬だけ強く光り、次の瞬間、その一部が薄れていく。


『……っ、ぁ……!』


 霊樹の声が変わった。


 苦痛一色だった響きの中に、わずかな安堵が混じる。


「今です!」


 エミリアが叫んだ。


 彼女は霊樹の根元へ両手を当て、魔力を流し込む。


「風の精霊、水の精霊、森に宿る小さき声たちよ――どうか、この子を癒してください!」


 淡い緑と蒼の光が、エミリアの掌から広がった。


 光は霊樹の根を伝い、幹を巡り、枝葉へと昇っていく。

 それはまるで、傷ついた大樹へ清らかな水が注がれていくようだった。


『あたたかい……』


 白き霊樹の声が、少しだけ穏やかになる。


 だが、次の瞬間。


「まだだ……! まだ終わらせん!」


 蛇杖の男が狂気を滲ませた声で叫んだ。


 砕けた石柱の残骸から、なおも翡翠色の靄をかき集め、蛇杖へ流し込んでいる。


 男の仮面の隙間から、血走った目が覗いた。


「霊樹さえ手に入れば! この程度の核、いくらでも代わりは作れる!」


「やらせるか!」


 ビルセイヤが踏み込む。


 蛇杖の男も杖を振るい、翡翠色の刃を飛ばした。


 だが、先ほどまでとは違う。

 石柱を失ったせいか、その一撃は明らかに鈍っていた。


 ビルセイヤは剣で弾き、さらに距離を詰める。


「ぐっ……!」


 男が後退する。


 その背後には、霊樹の根に囚われたベルンの姿があった。


「エミリア! ベルンを助けられるか!」


「根がまだ穢れています! でも、切ってもらえれば!」


「分かった!」


 ビルセイヤは蛇杖の男を押し込みながら、ベルンを拘束する根へ視線を走らせる。


 根は太い。

 だが、翡翠色に汚染された部分だけなら断てる。


「セシリア! 右から!」


「了解!」


 セシリアが黒ローブの最後の一人を蹴り飛ばし、そのまま泉の縁を回り込む。


 蛇杖の男は左右から迫る二人に、明らかに焦った。


「くそっ……!」


 杖を振り上げる。


 その瞬間、ツバサが背後から飛び込んだ。


「後ろが空いてるぞ!」


 鋭い蹴りが、蛇杖の男の背中に突き刺さる。


「がはっ!?」


 前へつんのめった男の懐へ、ビルセイヤが滑り込んだ。


 剣の柄で、仮面の横を強打する。


 仮面が砕け、男がよろめく。


 露わになった顔は、三十代半ばほどの痩せた男だった。

 頬はこけ、瞳は異様な執着に濁っている。


「蛇の牙の幹部ってところか」


 ビルセイヤが低く言う。


 男は血を吐きながらも、不気味に笑った。


「幹部……? 違うな。私は“苗床”だ」


「苗床?」


「偉大なる御方が、世界樹を喰らうためのな……!」


 直後、男の胸元が翡翠色に光った。


「下がれ!」


 ビルセイヤが叫ぶ。


 セシリアとツバサが即座に飛び退く。


 次の瞬間、男の胸に埋め込まれていたらしい小さな翡翠石が砕け、濁った魔力が爆発した。


「っ――!」


 衝撃が泉の水を巻き上げる。


 ビルセイヤは腕で顔を庇いながら踏み止まった。

 だが、爆風が収まった時、そこに男の姿はなかった。


「逃げた……!?」


 セシリアが舌打ちする。


 残っていたのは、焼け焦げた黒ローブの切れ端と、蛇杖の先端の破片だけ。


「転移か、あるいは自壊を利用した離脱か」

 

 ツバサが破片を蹴る。


「最後まで感じ悪い野郎だな」


「でも、もう石柱はありません!」


 エミリアの声が響いた。


 彼女の足元では、ベルンを絡め取っていた根がゆっくりと緩み始めている。


「ビルセイヤさん、今です!」


「ああ!」


 ビルセイヤは根元へ駆け寄り、翡翠色に染まった根へ剣を振り下ろした。


 一閃。


 汚染された根が断ち切られ、ベルンの身体がどさりと地面へ落ちる。


「ベルン!」


 セシリアがすぐに駆け寄り、脈を確認した。


「生きてる! 気絶してるだけよ!」


「よかった……」


 エミリアが安堵の息を漏らす。


 だが、彼女はすぐに再び霊樹へ向き直った。


「まだ終わってません。霊樹の中に残った穢れを抜きます!」


 エミリアは両手を霊樹へ当て、さらに魔力を流し込んだ。


 風と水の精霊たちが、彼女の周囲に集まる。

 小さな光の粒が舞い、白枝の泉の空気が少しずつ澄んでいく。


 白き霊樹の幹を走っていた翡翠色の亀裂が、ゆっくりと薄れていった。


 枝葉の震えが止まり、濁っていた泉の水も、少しずつ本来の白さを取り戻し始める。


『……ありがとう……』


 今度の声は、はっきりと聞こえた。


 エミリアだけではない。

 ビルセイヤも、セシリアも、ツバサも、その声を聞いた。


「今の……」


 セシリアが目を見開く。


 白き霊樹の幹が、淡く輝く。


 白銀の樹皮が月光を受けたように柔らかく光り、その根元から、一人の少女が現れた。


 年の頃は十歳ほど。

 雪のように白い髪に、淡い翡翠色の瞳。

 透けるような白い衣をまとい、全身が薄い光に包まれている。


 それは、人の姿を借りた霊樹そのものだった。


「あなたが……白き霊樹?」


 エミリアがそっと尋ねる。


 少女は小さく頷いた。


「わたしは、シルヴァ」


 鈴の音のように澄んだ声だった。


「白枝の泉を守る、白き霊樹の心……」


 ビルセイヤは剣を下ろし、静かに少女を見つめる。


「助かったのか?」


 シルヴァは少しだけ困ったように微笑んだ。


「まだ、ぜんぶではないよ」


 その言葉に、場の空気が引き締まる。


「根っこの深いところに、まだ黒い石のかけらが残ってるの。あれが森を汚してる。だから、完全には元に戻れない」


「石柱の残骸か」


 ツバサが眉をひそめる。


「だが、あれは砕いたはずだぞ」


「ううん。砕いたのは、外に出してた核だけ」


 シルヴァは首を横に振った。


「本当の穢れは、もっと奥。森のもっと深い場所に埋められてる」


 ビルセイヤの目が細くなる。


「ルミナスの深森の奥か」


「うん……《樹哭の間》」


 シルヴァは怯えるように胸元を押さえた。


「蛇の人たちは、そこで“母なる根”を起こそうとしてる」


「母なる根……?」


 エミリアが息を呑む。


「世界樹の根の一部、ってことか」


 シルヴァはこくりと頷いた。


「わたしは、その端っこ。ほんの小さな枝。だけど、森の奥には、もっと大きな根が眠ってるの。あれを無理やり起こしたら……森だけじゃ済まない」


 ビルセイヤたちは、無言で顔を見合わせた。


 白枝の泉の異変は、まだ入口にすぎない。


 蛇の牙の狙いは、もっと奥――世界樹に連なる本当の根へ向いている。


 しかも、逃げた蛇杖の男は「偉大なる御方が世界樹を喰らう」と言った。


 ただ森を荒らしているだけではない。

 何か、もっと大きな企みが動いている。


「ビルセイヤさん」


 エミリアが真剣な目で見る。


「行くしかありません」


「ああ」


 ビルセイヤは頷いた。


「ここで止める」


 シルヴァはそんな彼らを見上げ、そっと胸に手を当てた。


「なら……お願い。森の奥へ行くなら、わたしも案内する」


「え?」


 セシリアが目を丸くする。


「でも、あなたはまだ弱ってるんじゃ……」


「大丈夫。全部は無理でも、道は分かる」


 シルヴァは小さく笑った。


「だって、ルミナスの深森は……わたしの家だもの」


 白枝の泉に、ようやく静かな風が吹いた。


 だが、それは終わりの風ではない。


 穢れた核は砕けた。

 ベルンも救い出した。

 白き霊樹シルヴァとも出会えた。


 けれど、真の異変はまだ森の奥に残っている。


 《樹哭の間》――母なる根が眠る場所。

 そこに、蛇の牙の本隊がいる。


 ビルセイヤは白く澄み始めた泉を一度だけ見渡し、静かに剣を収めた。


「少し休んだら、奥へ向かう準備をする」


 その言葉に、仲間たちが頷く。


 白枝の泉の戦いは終わった。

 だが、ルミナスの深森の異変は、ここからが本番だった。


――続く。

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