表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移したら刀鍛冶だった。気づけば英雄になり、最後は創造神になっていた件  作者: バモス
第二章 鍛冶革命編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
159/194

第百十話 蛇杖の男

 白枝の泉に、翡翠色の不気味な光が脈打っていた。


 白く透き通っていたはずの泉は、中央に突き立てられた黒い石柱のせいで薄緑に濁り、その周囲を漂う靄までもが毒のような色に染まっている。


 岸辺に立つ黒ローブの男たち。

 その奥で、白銀の樹皮を持つ大樹――白き霊樹が、苦しむように枝葉を震わせていた。


 幹を走る翡翠色の亀裂。

 葉の先から零れ落ちる淡い光は、涙のように見える。


 まるで、本当に泣いているようだった。


「……来たか」


 泉の中央、黒い石柱の傍らに立つ男が、ゆっくりとこちらを振り向く。


 顔は蛇を模した黒い仮面で隠され、右手には、同じく蛇の意匠が巻き付いた黒い杖が握られていた。杖の先端には、濁った翡翠色の宝石が埋め込まれている。


「王都の犬どもが」


 湿った、耳障りな声だった。


 ビルセイヤは一歩前へ出る。


「蛇の牙か」


「だったらどうした?」


 蛇杖の男は嘲るように口元を歪めた。


「今さら名乗る必要もあるまい。どうせ貴様らは、ここで死ぬのだからな」


 その言葉と同時に、岸辺にいた黒ローブたちが一斉に武器を抜く。


 短剣、曲刀、杖。

 数は七……いや、奥の木陰にも二人。全部で九人。


「随分と歓迎が手厚いわね」


 セシリアが盾を構え、剣を抜く。


「嫌な歓迎だがな」


 ツバサも腰の剣に手をかけた。


 エミリアは霊樹を見つめたまま、唇を噛む。


「ビルセイヤさん……あの霊樹、かなり危険です。根の深いところまで、あの石柱の魔力が入り込んでいます」


「助けられるか?」


「時間をもらえれば。泉の穢れを断って、霊樹に直接精霊魔法を通せれば、たぶん……でも」


 エミリアの視線が、泉の中央の黒い石柱へ向く。


「あれがある限り、回復してもまた侵されます」


「つまり、あの石柱が元凶か」


「はい」


 ビルセイヤは静かに頷いた。


「分担する」


 短く告げる。


「セシリア、ツバサ。岸の連中を抑えろ。できれば石柱へ近づかせるな」


「了解!」


「任せろ」


「エミリアは霊樹を見ろ。石柱を壊した後、すぐに浄化へ移れるように準備しておけ」


「分かりました!」


「ビルセイヤは?」


 セシリアが問う。


 ビルセイヤは蛇杖の男をまっすぐ見据えた。


「あの蛇杖の男を叩く。石柱も俺が壊す」


 その宣言に、蛇杖の男が喉の奥で嗤った。


「できるものなら、やってみろ」


 瞬間。


 男が蛇杖を掲げる。


 翡翠色の宝石がぎらりと光り、泉の濁った水面が大きく波打った。


「喰らえ。《翡翠の牙》」


 水面から、翡翠色に濁った水の槍が無数に噴き上がる。


「散れ!」


 ビルセイヤの声と同時に、四人は左右へ飛んだ。


 直後、翡翠の水槍が岸辺を穿つ。

 木の根が砕け、地面が抉れ、白い花々が泥と共に散った。


「うわっ、いきなり派手だな!」


 ツバサが舌打ちしながら横へ転がる。


「喋ってる暇があるなら斬りなさい!」


 セシリアが突っ込んでくる黒ローブの曲刀を盾で受け止め、そのまま体重を乗せて押し返した。


「はぁっ!」


 鋭い斬撃。

 相手の脇腹を浅く裂き、返す刃で二人目の手首を狙う。


 一方、ツバサは低く身を沈めたまま敵陣へ踏み込んだ。


「《アースバインド》!」


 地面から伸びた土の腕が、黒ローブの足首を絡め取る。


「ちっ――」


「遅い」


 動きの止まった相手の懐へ入り、ツバサの剣が閃く。

 一人。二人。連続で急所を外しつつも戦闘不能へ追い込んでいく。


 その間に、ビルセイヤは一直線に泉へ駆けていた。


 水面を蹴る。

 身体強化を纏った足が浅瀬を爆ぜさせ、白い飛沫が舞う。


「来るか」


 蛇杖の男が杖を横薙ぎに払った。


 翡翠色の靄が刃のように飛ぶ。


 ビルセイヤは半身をずらしてそれを避ける。

 頬をかすめた靄が、背後の木を腐食させるように黒ずませた。


「毒か」


「毒であり、呪いでもある」


 男が嗤う。


「世界樹の力を模して作られた、選ばれし者だけが扱える力だ」


「模して、か」


 ビルセイヤの目が細くなる。


「偽物にしては、随分と雑だな」


「――何?」


「本物の世界樹は、こんな風に森を泣かせたりしない」


 言葉と同時に、ビルセイヤは一気に間合いを詰めた。


 剣を振るう。


 だが蛇杖の男は、杖とは思えぬ速さでそれを受け流した。

 金属音が弾ける。


「ほう?」


 男がわずかに目を見開く。


「ただの鍛冶屋ではないらしいな」


「ただの鍛冶屋なら、ここまでは来ない」


 ビルセイヤはそのまま二撃、三撃と畳み掛ける。


 袈裟。逆袈裟。胴への横薙ぎ。

 連続の斬撃を、蛇杖の男は後退しながら捌いていく。


 だが、そのたびに男の足元の水が不自然に盛り上がる。

 泉そのものが、男を守るように動いていた。


「泉の水まで操ってるのか」


「操っているのではない。従わせているのだ」


 男が杖を地面へ突き立てる。


 瞬間、黒い石柱が脈打った。


 翡翠色の光が泉全体へ走り、次の瞬間――白き霊樹が大きく震えた。


『――ぁ……っ』


 誰かの悲鳴のような声が、頭の奥へ直接響く。


「……っ!」


 エミリアが顔を上げた。


「今の、霊樹の声……!」


 同時に、霊樹の根元付近で何かが蠢いた。


 土の中から突き出していた太い根が、ずるりと持ち上がる。

 その内側に、鎧の一部が見えた。


「ベルン!?」


 ロドリグから聞いた名を、セシリアが叫ぶ。


 間違いない。

 行方不明の兵士の一人だ。


 ベルンは霊樹の根に半ば取り込まれるような形で拘束され、意識を失っていた。だが、まだ生きている。


「根に飲まれてる……!」


 エミリアが駆け出そうとする。

 だが、その前に黒ローブの一人が立ちはだかった。


「通すかよ!」


「邪魔です!」


 エミリアの周囲に風が渦巻く。


「《エアカッター》!」


 風の刃が黒ローブの杖を弾き飛ばし、その頬を浅く裂いた。

 その隙に、彼女は霊樹の方へ駆ける。


「エミリア! 護衛は私がやる!」


 セシリアが敵を弾き飛ばしながら叫ぶ。


「お願い!」


 エミリアは霊樹の根元へ滑り込むように膝をついた。


 そっと白銀の樹皮へ手を触れる。


 ――冷たい。

 けれど、その奥に確かに脈があった。


『痛い……苦しい……』


 幼い女の子のような声。

 それでいて、森全体の響きを持つ声。


『へんな石が……根に、毒を流してる……』


「やっぱり……!」


 エミリアは目を見開く。


「白き霊樹……聞こえます。私はあなたを助けに来ました。だから、少しだけ耐えてください」


『……助けて……』


 白い枝葉が、かすかに震えた。


 一方、ビルセイヤと蛇杖の男の戦いはさらに激しさを増していた。


「貴様……霊樹の声が聞こえる娘を連れてきたか」


 蛇杖の男が舌打ちする。


「ならば先に潰すまで!」


 男がエミリアの方へ杖を向ける。


 翡翠色の光弾が放たれる。


「させるか!」


 ビルセイヤが割り込んだ。


 剣で光弾を叩き斬る。

 だが衝撃は重く、腕に鈍い痺れが走った。


「……っ」


「ほう、今のを斬るか。だが、何度まで耐えられる?」


 男が両手で杖を握り直す。


「見せてやろう。これが我ら蛇の牙が掴んだ、“偽りの世界樹の核”の力だ」


 黒い石柱が、さらに強く脈動した。


 泉の濁りが一気に深まり、水面から翡翠色の蔓のようなものが何本も伸びる。

 それらは生き物のようにうねり、ビルセイヤへ襲いかかった。


「ビルセイヤ!」


 セシリアの叫び。


 だがビルセイヤは退かない。


 逆に、一歩踏み込んだ。


「偽り、か」


 翡翠の蔓を剣で断ち切る。

 二本、三本、四本。切っても切っても湧いてくる。


 それでも前へ出る。


「だったら、本物には絶対に届かない」


 身体強化をさらに高める。


 血流が熱を帯びる。

 アークレイドから継いだ無属性の力が、全身を巡った。


「なに……!?」


 蛇杖の男の目が揺れる。


 ビルセイヤはそのまま水面を蹴り、男の懐へ飛び込んだ。


「――はぁっ!!」


 渾身の一撃。


 蛇杖の男は慌てて杖で受ける。

 だが、完全には受けきれない。


 剣圧が仮面の端を掠め、男の肩口を深く裂いた。


「ぐっ……!」


 男がよろめく。


 仮面の一部が砕け、その奥から痩せた頬が覗いた。


「貴様、何者だ……!」


「ビルセイヤ」


 剣を構え直し、短く名乗る。


「ただの鍛冶屋で、ただの冒険者だ」


「ふざけるな……! そんな者が、この核の力を押し返せるはずが――」


「押し返すさ」


 ビルセイヤは黒い石柱を見据えた。


「あれを壊せば終わるんだろ」


 蛇杖の男の顔色が変わる。


「やめろ!」


 その反応だけで十分だった。


 石柱こそが、この異変の核。


 ならば、狙う場所は一つ。


「セシリア! ツバサ! 数は減らせたか!」


「こっちはあと三人!」


「いつでもいける!」


「エミリア! 石柱を壊した後、霊樹を浄化できるか!」


「はい! でも、ベルンさんが根に囚われたままです!」


「なら、その根も斬る!」


 ビルセイヤは息を深く吸い込んだ。


 視界の端で、蛇杖の男が狂ったように杖を掲げるのが見える。

 黒ローブたちも必死に石柱を守ろうと動き始める。


 だが、もう遅い。


 ビルセイヤの中で、狙いは定まっていた。


 白き霊樹を泣かせる偽りの核。

 森を蝕む翡翠の毒。

 蛇の牙の企み。


 全部まとめて、ここで断ち切る。


「次で決める」


 低く告げたその声に、仲間たちの気配が一斉に応じた。


 セシリアが敵を押し返す。

 ツバサが横から切り崩す。

 エミリアが霊樹へ魔力を通し始める。


 そしてビルセイヤは、黒い石柱へ向けて剣を構えた。


 白枝の泉の空気が、ぴんと張り詰める。


 次の一撃で、この戦いは大きく動く。


 そう確信させるほどの熱が、剣の中に宿っていた。


――続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ