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異世界転移したら刀鍛冶だった。気づけば英雄になり、最後は創造神になっていた件  作者: バモス
鍛冶革命編

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第百五話 王都を発つ朝

 翌朝。

 王都アルティアの空は、雲ひとつない快晴だった。


 白亜の王城は朝日を受けて眩く輝き、城下町の石畳には、早くも商人や職人たちの活気ある声が響き始めている。そんな王都の朝にしては少し早い時間、ビルセイヤたちは王城の正門前に立っていた。


 荷物はすでにまとめ終えている。

 ルミナスの深森へ向かうための食料、水、野営道具、予備武器、薬草類――必要なものは昨夜のうちに揃えてあった。


「忘れ物はないか?」


 ビルセイヤが振り返ると、セシリアが肩に掛けた荷袋を軽く叩いた。


「大丈夫よ。むしろビルセイヤの方こそ、鍛冶道具まで持ち込んで荷物増やしてないでしょうね?」

「最低限だ」

「その“最低限”が怪しいのよね……」


 呆れたように言うセシリアの横で、エミリアがくすりと笑う。


「森に入る以上、刃こぼれの手入れ道具は必要ですから」

「ほら」

「エミリアは甘いわねぇ……」

「事実ですから」


 そんなやり取りに、ツバサが肩を竦めた。


「まあ、荷物が多いなら全部ビルセイヤに持たせりゃいいだろ。身体強化込みなら荷馬車一台分でもいけそうだし」

「おい」

「冗談だって」


 いつも通りの軽口。

 けれど、その空気はどこか柔らかい。


 王都での一件を終え、次の目的地も定まった今、仲間たちの間には自然と“次へ進む”ための空気が生まれていた。


 その時だった。


「ビルセイヤさん!」


 聞き慣れた明るい声が、正門前に響く。


 振り向けば、石畳を駆けてくるアイリスの姿があった。

 その後ろにはウィル、シリス、そして少し離れてライオット国王とミリア王妃、シズク王妃の姿も見える。どうやら王家そろって見送りに来たらしい。


「アイリス王女」


 ビルセイヤが目を細める。


 アイリスは今日も、いつもの王女服ではなく動きやすい軽装にマントを羽織った姿だった。腰には訓練用の剣。背には棒。そして胸元には、小ぶりな翡翠の枝杖を大切そうに抱えている。


「間に合いました……!」


 少し息を切らしながらも、アイリスは満面の笑みを浮かべた。


「見送りくらい、もう少し王女らしい格好で来い」

 後ろからウィルが呆れたように言う。

「ええっ!? だってこのあとすぐ訓練なんですよ!?」

「だからこそ体裁を考えろと言っている」

「今それ言います!?」


 朝から始まる兄妹のやり取りに、シリスがくすくすと笑った。


「相変わらずですわねぇ」


 その一言で、場の空気がふっと和らぐ。


 ライオット国王は子どもたちを見て小さく息を吐き、それからビルセイヤたちの前へ進み出た。


「朝早くからすまない。正式依頼を出した以上、見送りくらいはせねば国王としても父としても落ち着かなくてな」

「いえ。こちらこそ、ルミナスの深森の件は任せてください」


 ビルセイヤが一礼すると、ライオット国王は力強く頷いた。


「頼む」


 その表情には国王としての厳しさがあったが、奥には娘を案じる父の色も滲んでいる。


「アイリスのことも……気にかけてくれて感謝している」

「国王陛下」

「まだ未熟だ。だが、あれはあれで本気なのだろう」


 ライオット国王の視線の先では、アイリスが翡翠の枝杖を抱えたまま、何か言いたげにビルセイヤを見上げていた。


「ならば父としても、ただ止めるだけではいられん。三か月後、あれが本当に立てるようになっていたなら――その時は改めて頼むことになるだろう」

「はい」


 ビルセイヤは静かに頷く。


「その時は、仲間として見ます」


 ライオット国王は満足げに目を細めた。


「うむ」


 そのやり取りを聞いていたシズク王妃は、どこか安心したように胸を撫で下ろす。


「どうか、皆さんもお気をつけて。森は危険だと聞いています」

「ありがとうございます、王妃様」


 セシリアが穏やかに頭を下げた。


「アイリス王女のことは、王都にいる間もちゃんと気にしていますから」

「それを聞いて安心しました」


 続いてミリア王妃が一歩前へ出る。


「古文書庫の件は、こちらでも進めておきます。もしルミナスの深森で何か見つかったなら、王家の記録と照らし合わせられるかもしれません」

「助かります」


 エミリアが静かに応じる。


「精霊に関わる場所なら、古い伝承が鍵になることもありますから」


 そうして大人たちの会話が一段落したところで、アイリスが堪えきれなくなったように前へ出た。


「ビルセイヤさん!」


「なんだ?」


 アイリスは一度言葉を詰まらせ、それからぎゅっと枝杖を抱き締める。


「次に会う時は、ちゃんと強くなっています」


 真っ直ぐな声だった。


「剣も、棒術も、身体強化も、枝杖の扱いも、全部覚えて……今度こそ、守られるだけじゃなくて、ちゃんと隣に立てるようになります」


 その瞳に宿るのは、王都で出会った頃の勢いだけの憧れではない。

 試練を越え、自分の弱さも悔しさも知った上で、それでも前へ進もうとする覚悟の色だ。


「だから――」


 アイリスは少しだけ頬を赤くしながら続けた。


「次に会った時は……ちゃんと、仲間として見てください」


 その場に、ふっと静かな間が落ちる。


 ビルセイヤはそんなアイリスを見つめ、やがて小さく頷いた。


「ああ」


 短い返事。

 だが、それだけで十分だった。


「楽しみにしてる」


「……っ!」


 その一言で、アイリスの顔が一気に赤くなる。


「は、はいっ!」


 思わず声が裏返るほどの勢いで返事をするアイリスに、シリスがにっこりと微笑んだ。


「まあまあ。分かりやすいですわねぇ」

「お、お姉様!?」

「だって顔が真っ赤ですもの」

「そ、それは朝だからです!」

「朝は関係ないと思いますわ」

「あります!」


 完全に面白がっている姉に、アイリスはさらに顔を赤くする。


 その様子を見ていたツバサが、ぼそりと呟いた。


「王女様、分かりやすすぎるだろ」

「聞こえてますよ、ツバサさん!」


 場に笑いが広がる。


 だが、その中でウィルだけは一歩前に出て、真面目な顔でビルセイヤを見た。


「ビルセイヤ殿」

「はい」

「妹のことは……まあ、今は置いておく」

「兄様!?」

「黙っていろ、アイリス」


 ぴしゃりと言い切ってから、ウィルはビルセイヤへ向き直る。


「以前、約束したな」

「剣の試合のことですか」

「ああ」


 王都で再会した際に交わした約束。

 今度会えたら、剣を交える――。


 ウィルは静かに口元を引き締めた。


「次に会う時、一本頼む。王都の王太子としてではなく、一人の剣士として」

「望むところです」


 ビルセイヤは即答した。


「俺も、アルティア王国第一王子の剣には興味があります」

「なら、戻ってきた時を楽しみにしている」

「ええ」


 短い会話だった。

 だが、それだけで互いの間にある敬意と対抗心は十分に伝わる。


 シリスがそんな二人を見比べ、面白そうに目を細めた。


「これはこれで、面倒な男同士の友情が育ちそうですわね」

「お姉様、兄様まで面白がらないでください」

「だって面白いんですもの」


 アイリスが呆れた顔をする一方で、ライオット国王はどこか複雑そうな顔をしていた。


「……剣の試合はいいが、くれぐれも城を半壊させるなよ」

「誰もそんなことしませんよ、お父様!」

「ビルセイヤ殿ならやりかねんと思ってな」

「ひどい言われようだな」

「いや、でもちょっと分かる」

「おい」


 ツバサにまで言われ、セシリアとエミリアも苦笑する。

 ビルセイヤは軽くため息をついた。


 ――その時だった。


 アイリスの抱えていた翡翠の枝杖が、ふわりと淡い光を放つ。


「え……?」


 若葉が揺れ、緑の粒子がひとつ、ふわりと空へ舞い上がった。


 それはビルセイヤたちの頭上をくるりと一度巡り、別れを惜しむように揺れてから、北東の空へ流れていく。

 ルミナスの深森がある方角だ。


「……また反応した」


 アイリスが息を呑む。


 ビルセイヤも、その光が消えた先を見つめた。


「やっぱり、あの森に何かあるな」


 エミリアが静かに頷く。だが、その表情はわずかに強張っていた。


「精霊の気配だけではありません。もっと深い……もっと古い何かが、あの方角から流れています」

「古い何か?」

「はい。精霊に近いのに、精霊ではない。まるで、森そのものの根幹に触れるような――そんな気配です」


 その言葉に、場の空気が一瞬だけ張り詰めた。


「じゃあ、なおさら急いだ方がよさそうね」


 セシリアが表情を引き締める。


「誰かに先を越されるのは面倒だもの」

「辺境伯には既に話を通してある」


 ライオット国王もまた頷いた。


「ガルディアの街へ着けば、向こうでも最低限の協力は得られるはずだ」

「助かります」


 ビルセイヤは改めて一礼し、仲間たちを見回した。


「行くぞ」


 短い言葉に、セシリア、エミリア、ツバサがそれぞれ頷く。


 四人は王城の正門へ向かって歩き出した。


「ビルセイヤさん!」


 背後から、アイリスの声が飛ぶ。


 ビルセイヤが振り返ると、アイリスは翡翠の枝杖を抱きしめたまま、大きく息を吸い込んだ。


「絶対、追いつきます!」


 王都の朝空に響く、真っ直ぐな声。


「だから……次に会う時、驚いてください!」


 ビルセイヤは一瞬だけ目を丸くし、それから小さく笑った。


「ああ。期待してる」


 その返事に、アイリスは満面の笑みを浮かべる。


 シズク王妃はそんな娘を見て微笑み、ミリア王妃は静かに頷き、ライオット国王はどこか複雑そうな顔で腕を組んだ。

 ウィルは呆れたように息を吐き、シリスはそんな全員の様子を楽しそうに眺めている。


 王都アルティアでの時間は、これでひとつの区切りを迎えた。


 第二王女アイリスは、世界樹の継承者候補となった。

 王家はその秘密を抱えながら、未来へ備えることになる。


 そしてビルセイヤたちは、新たな手掛かりを求めて王都を発つ。


 目指すは北東――辺境伯領ガルディア、その先に広がるルミナスの深森。


 翡翠色の光が示す先に何が待つのかは、まだ誰にも分からない。


 だが一つだけ確かなことがある。

 この旅は、アイリス一人の試練で終わるものではない。


 世界樹の継承者候補が動き出した時、世界そのものもまた、静かに次の局面へ進み始めていた。


◇◇◇


 王都を出てしばらく。

 街道を北東へ進み始めたビルセイヤたちは、昼前に小さな街道沿いの休憩所へ立ち寄っていた。


 水場と簡素な食堂、旅人向けの木造小屋が並ぶだけの小さな中継地点。だが、ガルディア方面へ向かう商人や冒険者が足を止めるにはちょうどいい場所らしく、思っていたより人は多い。


「思ったより賑わってるな」

 ツバサが周囲を見回す。

「ガルディア方面の行商人が多いみたいね」


 セシリアも木陰の長椅子に腰を下ろしながら答えた。だが、すぐに眉をひそめる。


「でも……ちょっと妙じゃない?」

「ええ」


 エミリアが頷く。


「皆さん、森の方を気にしています」


 確かに、休憩所にいる旅人たちはどこか落ち着かない様子だった。

 荷馬車の車輪を何度も点検する商人。武器の手入れをしている冒険者。誰もが時折、北東の空――ルミナスの深森がある方角へ視線を向けている。


 ビルセイヤたちが食堂で軽い昼食を頼むと、隣の席にいた二人組の冒険者の会話が耳に入ってきた。


「おい、やっぱり本当に見たのか?」

「ああ。森の上だよ。夜中に翡翠みたいな光がふわっと浮かんで、すぐ消えた」

「またその話かよ……」

「冗談じゃねえって。しかもその次の日、森の外縁にいた狼型の魔物が妙に狂暴になってたんだ」


 ビルセイヤとセシリアが目を合わせる。


「翡翠色の光、か」

 ビルセイヤが小さく呟く。


 すると、話していた冒険者の一人がこちらを見た。


「あんたらもガルディア方面か?」

「ああ。何か知ってるなら聞かせてくれ」


 ビルセイヤがそう返すと、冒険者は少し顔をしかめた。


「だったら気をつけろ。最近のルミナスの深森は、どうにもおかしい」

「魔物が増えてるだけじゃないの?」


 セシリアが尋ねる。


「それだけならまだいい」


 冒険者は声を潜めた。


「森の奥へ向かった連中の中に、“何かに先を越された跡を見た”って言ってるやつがいるんだよ」

「先を越された跡?」

 ツバサが眉をひそめる。

「ああ。焚き火の跡、刃物で草を払った跡、あと……木に刻まれた妙な印だ。冒険者のものでも兵士のものでもないらしい」


 その言葉に、ビルセイヤの目が細くなる。


「誰かが、先に森を探ってるってことか」

「たぶんな」


 冒険者は肩を竦めた。


「まあ、俺たちはもうごめんだけどな。あの森、なんか嫌な気配がする」


 そう言って、彼はエールの入った木杯を煽る。


 ビルセイヤは黙って考え込んだ。


 翡翠色の光。

 活発化する魔物。

 そして、正体不明の先行者。


 ルミナスの深森は、思った以上にきな臭い。


「面倒なことになってきたわね」

 セシリアが小さくため息をつく。

「でも、逆に言えば当たりだろ」


 ツバサが口元を歪める。


「何もなかったら、王都からわざわざ来た意味が薄いしな」

「その考え方はどうかと思います」

 エミリアが苦笑する。


 だが、彼女の表情もまた少しだけ引き締まっていた。


 ルミナスの深森。

 その奥で、何かが待っている。

 それはもう間違いないだろう。


 ビルセイヤは水を一口飲み、静かに立ち上がった。


「休憩は終わりだ。行くぞ」


 王都編は終わった。

 ここから先は、新たな森、新たな手掛かり、そして新たな火種が待つ次の舞台だ。


 翡翠色の光が導くその先へ――ビルセイヤたちは再び歩き出す。


 だが、休憩所を出る直前。

 ビルセイヤの視線が、食堂の裏手に積まれた薪の一本で止まった。


「……どうしたの?」


 セシリアが問う。


 ビルセイヤは一本の薪を手に取り、表面を指でなぞる。そこには、刃物で浅く刻まれた奇妙な印があった。円と線を組み合わせたような、不自然な紋様。木目に紛れていなければ見落としていたかもしれないほど小さい。


「これ……」


 エミリアが表情を変える。


「さっきの冒険者が言っていた“妙な印”ですか?」

「分からん。だが、ただの傷には見えないな」


 ビルセイヤは薪を元の場所へ戻し、北東の空を見上げた。


 ルミナスの深森。

 そこにはもう、“何か”が動いている。


 しかもそれは、ただ森を荒らすだけの魔物ではない。

 目的を持って、森の奥へ向かう何者かだ。


「急ぐぞ」


 ビルセイヤの声に、仲間たちの表情が引き締まる。


 王都での穏やかな朝は、もう遠い。

 これより先に待つのは、世界樹へと繋がる森と、その奥で蠢く未知の気配。


 翡翠の導きが示す先へ――

 ビルセイヤたちは、次なる舞台へと足を踏み入れていくのだった。


――続く。

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