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異世界転移したら刀鍛冶だった。気づけば英雄になり、最後は創造神になっていた件  作者: バモス
鍛冶革命編

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第百四話 王都出発前夜

 世界樹の試練を終えた翌日。


 アルティア王城は、表向きこそいつも通りの静けさを保っていたが、その内側では確かな変化が生まれていた。


 第二王女アイリス・アルティアが、王家に伝わる翡翠の欠片と世界樹の種子を継承し、“世界樹の継承者候補”となった――。


 その事実は、まだ国王ライオットとごく限られた王家の者、そしてビルセイヤたちしか知らない。


 だが、知られていないからといって、その意味が軽くなるわけではない。


 むしろ逆だった。


 アルティア王国の中枢にいる者たちは、この一件が王国の未来にすら関わる出来事だと理解していた。


 そして、その日の夕刻。


 ビルセイヤたちは再び王城の密談室へ呼ばれていた。


◇◇◇


「――改めて、礼を言わせてほしい」


 重厚な机を挟んで座るライオット国王が、深く息を吐きながら言った。


「ビルセイヤ殿、ツバサ殿、セシリア殿、エミリア殿。君たちがいなければ、アイリスは試練に辿り着くことすらできなかっただろう」


「いえ」

 ビルセイヤは静かに首を振る。

「最後に試練を越えたのは、アイリス王女自身です」


 その言葉に、ライオット国王は小さく笑った。


「そう言ってくれるのはありがたい。だが、娘を導いてくれたこともまた事実だ」


 視線の先では、アイリスが少し照れくさそうに翡翠の枝杖を抱えていた。


 王都へ戻ってからというもの、彼女はほとんどその枝杖を手放していない。


 淡い緑の若葉を宿したその杖は、まだ小ぶりで華奢だ。だが、試練を越えた今のアイリスにとって、それは何より大切な“証”だった。


「アイリス」


「はい、お父様」


「その枝杖に、何か変化はあったか?」


 ライオット国王の問いに、アイリスは翡翠の枝杖を見下ろす。


「大きな変化は、まだありません。でも……少しだけ、分かることがあります」


「分かること?」


 シズク王妃が首を傾げる。


 アイリスはこくりと頷いた。


「この子……じゃなくて、この枝杖、なんとなく感情がある気がするんです」


「感情?」


 今度はシリスが興味深そうに身を乗り出した。


「はい。昨日の夜も、窓の外の月を見ていたら、杖の先の若葉がふわっと光って……。それに、私が不安になった時ほど、少し温かくなるんです」


「まるで、持ち主を励ますみたいに?」

 ミリア王妃が優しく尋ねる。


「そんな感じです」

 アイリスは嬉しそうに頷いた。

「まだ上手く言えませんけど……本当に、生きてるみたいで」


 その言葉に、ライオット国王は腕を組み、しばし考え込む。


「アークレイド殿の言葉通りなら、それは“世界樹の力の芽”なのだろうな」


「たぶん」

 ビルセイヤも静かに頷く。

「試練の最後、アイリス王女が“絆”の答えを示した時、世界樹の種子と翡翠が共鳴していました。あの枝杖はただの武器じゃない。おそらく、成長する魔道具――あるいは半ば生きた存在に近いものです」


「成長する、か……」

 ウィルが低く呟く。

「なら、今後はそれを扱う訓練も必要になるな」


「はい……」

 アイリスは少しだけ肩を落とした。

「剣の訓練だけでも大変そうなのに、杖まで増えました……」


「何を言う」

 ウィルは容赦なく言い切る。

「三か月で最低限の形にするのだ。剣、棒術、身体強化、そして枝杖の扱い。全部やるに決まっているだろう」


「やっぱり地獄の訓練じゃないですか!」


 思わず叫んだアイリスに、シリスが楽しそうに笑う。


「よかったですわね、アイリス。お兄様がとてもやる気ですわ」


「全然よくないです!」


 密談室にくすりと笑いが広がる。


 昨日までの重苦しさはもうない。


 それだけで、アイリスの試練が無駄ではなかったのだと分かる。


 だが、ライオット国王はそこで表情を引き締めた。


「さて、本題に入ろう」


 その一言で、部屋の空気が切り替わった。


 ビルセイヤたちも自然と姿勢を正す。


「ビルセイヤ殿たちは、まもなく王都を発つ予定だと聞いている」


「はい」

 ビルセイヤは頷く。

「もともと、王都での用事は“封書の件”と、アイリス王女の翡翠の件の確認が主でした。後者については、想定以上の形で片付きましたが……」


「うむ。そこで、だ」


 ライオット国王は一度言葉を切り、机の上に一枚の地図を広げた。


 アルティア王国と、その周辺諸国まで記された広域地図だ。


 王都アルティアから東西南北へ伸びる街道。各地の都市。そして、その中でも王都から北東へ離れた位置に、赤い印がつけられている。


「ここは……?」

 セシリアが地図を覗き込む。


「辺境伯領ガルディア。そのさらに外れにある、古い森だ」

 ライオット国王が答える。

「正式名称は“ルミナスの深森”という」


「深森……」

 エミリアが小さく呟く。

「精霊が多く棲む森、でしょうか」


「その通りだ」

 ミリア王妃が頷く。

「アルティア王国の北東には、古くから精霊信仰の残る森がいくつかあります。その中でもルミナスの深森は、王家の古い記録に何度か名前が出てくる場所なのです」


 ビルセイヤは地図へ視線を落とした。


「王家の記録に?」


「うむ」

 ライオット国王は頷く。

「実は、アイリスが試練を越えた後、王家の古文書庫を改めて調べさせた。その結果、世界樹の継承者に関する断片的な記録がいくつか見つかったのだ」


 その言葉に、部屋の空気が張り詰める。


「どんな記録ですか?」

 ビルセイヤが問う。


「詳しい内容はまだ精査中だ。だが、一つだけ確かなことがある」

 ライオット国王は、地図の赤い印を指先で叩いた。

「世界樹の継承者に連なる“次の手掛かり”が、このルミナスの深森にある可能性が高い」


「次の手掛かり……」

 アイリスが思わず身を乗り出した。


「おそらく、アークレイド殿が言っていた“ここから先の道”に関わるものだろう」

 ライオット国王は静かに続ける。

「ただし、問題がある」


「問題?」

 ツバサが眉をひそめる。


「最近、その森の周辺で魔物の動きが妙に活発化しているのだ」


 その一言に、セシリアの表情が変わる。


「魔物の活発化……スタンピードの前兆とか?」


「そこまでは分からん。だが、辺境伯からの報告では、通常なら森の奥にしか現れない魔物が外縁まで出てきているらしい。しかも、討伐に向かった冒険者や兵士が、奇妙な証言を残している」


「奇妙な証言?」

 今度はエミリアが反応する。


「“森の奥で、翡翠色の光を見た”――そうだ」


 その場に沈黙が落ちた。


 翡翠色。


 その単語だけで、昨日までの試練を思い出させるには十分だった。


「偶然……ではなさそうですね」

 ビルセイヤが低く呟く。


「私もそう思う」

 ライオット国王は頷いた。

「だからこそ、君たちに頼みたい」


 国王の視線が、ビルセイヤへ向く。


「ルミナスの深森を調べてほしい」


 はっきりとした依頼だった。


「もちろん、これは王国からの正式依頼として出す。報酬も用意しよう。だが、それ以上に……この件は、アイリスと王家に関わる問題だ」


 ライオット国王はそう言って、静かに娘を見た。


「本来なら、父としてはお前も行かせたいところだ。だが――」


「今の私は、まだ行けません」

 アイリスが先に言った。


 誰よりも悔しそうな顔で。


「三か月の訓練、ですよね」


「……ああ」

 ライオット国王は苦い顔で頷く。

「継承者候補となった以上、本当ならすぐにでも状況を知るべきなのかもしれん。だが、今のお前を危険な場所へ行かせるわけにはいかない」


「分かってます」


 アイリスは枝杖を握りしめた。


 分かっているのだ。


 昨日の試練を越えたからといって、すぐにビルセイヤたちと肩を並べて戦えるわけではない。


 守護騎士エルドに勝てたのだって、試練という特殊な場と、翡翠の加護があってこそだ。


 実戦経験も、判断力も、体力も、まだ足りない。


 分かっている。


 だからこそ悔しい。


「……でも」

 アイリスは唇を噛み、顔を上げた。

「私、待ってるだけは嫌です」


 その声に、全員が彼女を見る。


「ルミナスの深森のことも、世界樹のことも、全部ビルセイヤさんたちに任せきりにはしたくありません。だから、私にできることをやらせてください」


「できること?」

 シズク王妃が不安そうに問う。


 アイリスはこくりと頷いた。


「王城の古文書、もっと調べます。王家に残ってる伝承とか、翡翠のこととか、世界樹の継承者のこととか。お父様たちだけに任せず、私もちゃんと知りたいです」


 その言葉に、ミリア王妃が少し目を見張った。


「アイリスが、自分から古文書庫に……?」


「な、なんですかその反応は!」

「いえ、あなたが書庫で半日以上じっとしていられる姿が想像できなくて……」

「失礼すぎます!」


 シリスが扇子で口元を隠しながら笑う。


 だが、ライオット国王は真剣な顔で娘を見つめていた。


「……よかろう」


「お父様」


「訓練の合間で構わん。王家の記録を読むことを許可する。ただし、ウィルか宮廷学者の立ち会い付きだ」


「はい!」


 アイリスの顔がぱっと明るくなる。


 ウィルはそんな妹を見て、やれやれと肩を竦めた。


「訓練に加えて座学まで増やす気か。泣いても知らんぞ」


「泣きません!」


「昨日、試練の最中に泣きそうになっていただろう」

「うっ……そ、それは別です!」


 思わぬ反撃にアイリスが言葉を詰まらせる。


 そんなやり取りを横目に、ビルセイヤは静かに考え込んでいた。


 ルミナスの深森。


 翡翠色の光。


 王家の古文書に残る世界樹の手掛かり。


 偶然が重なっているようには思えない。


 むしろ、アイリスが継承者候補となった今だからこそ、動き出した何かがあるのではないか。


「ビルセイヤさん」


 不意に、アイリスが呼びかけた。


「なんだ?」


「その依頼、受けてくれますか?」


 まっすぐな目だった。


 そこにあるのは、ただのお願いではない。


 “今は行けない自分の代わりに、道を繋いでほしい”という、継承者候補としての願いだった。


 ビルセイヤは少しだけ目を細める。


「断る理由はない」

 そう答えてから、ライオット国王へ向き直った。

「依頼、受けます」


「助かる」

 ライオット国王は深く頷いた。


「ありがとう……ございます!」

 アイリスも勢いよく頭を下げる。


 ビルセイヤはそんな彼女に、少しだけ苦笑した。


「ただし条件がある」


「条件?」


「三か月後、俺たちが王都に戻るまでに、ちゃんと強くなっておけ」


 アイリスは一瞬きょとんとした後、すぐに表情を引き締めた。


「はい!」


「剣も、棒術も、身体強化も、枝杖の扱いも。全部だ」

 ビルセイヤは容赦なく言う。

「中途半端なまま“連れて行ってください”は通用しないからな」


「はいっ!」


 その返事は、昨日よりもずっと力強かった。


「あと、古文書の内容はちゃんとまとめろ」

 今度はツバサが口を挟む。

「次に合流した時、口頭で“いっぱいありました!”とか言われても困るからな」


「うっ……」

 アイリスが図星を突かれたように固まる。


「わ、分かりました……ちゃんとまとめます……」


「セシリア、エミリア」

 ビルセイヤが振り返る。

「出発は明日の朝でいいか?」


「ええ、大丈夫よ」

 セシリアは頷く。

「王都での買い物も、だいたい済ませたし」


「私も問題ありません」

 エミリアも静かに答える。

「ルミナスの深森が精霊に関わる場所なら、私も何か感じ取れるかもしれません」


「よし」


 ビルセイヤが短く言った、その時だった。


 アイリスの手の中にある翡翠の枝杖が、ふわりと光を放つ。


「え?」


 若葉が淡く揺れ、その先端から小さな光の粒がひとつ、ふわりと宙へ浮かび上がった。


 光はゆっくりと地図の上へ飛んでいき、まるで導かれるように、赤い印のある“ルミナスの深森”の位置で止まる。


「……!」


 全員の表情が変わった。


「今の、見ましたよね!?」

 アイリスが慌ててビルセイヤを見る。


「ああ」

 ビルセイヤは真剣な顔で頷いた。

「どうやら、その枝杖は本当に“何か”を知ってるらしいな」


「ルミナスの深森に反応した……?」

 ウィルが低く呟く。


「偶然とは思えませんわね」

 ミリア王妃も顔を引き締める。


 だが、当の枝杖は役目を終えたかのように、再び静かに光を失った。


 アイリスはその杖を見つめ、ゆっくりと呟く。


「……行ってきてください、ビルセイヤさん」


 その声は、少しだけ寂しそうで。


 けれど、それ以上に強かった。


「私、ちゃんと追いつきます。だから、その森で見つけたもの……次に会った時、全部教えてください」


 ビルセイヤは一瞬だけ黙り、そして頷く。


「ああ。約束する」


 その言葉を聞いて、アイリスはようやく安心したように微笑んだ。


 王都での一件は、これで終わりではない。


 むしろ、ここからが始まりだ。


 世界樹の継承者候補となった王女アイリス。


 翡翠色の光が導く、ルミナスの深森。


 そして、アークレイドが残した“未来を託す”という言葉。


 ビルセイヤたちの次なる目的地は、決まった。


 王都アルティアを発ち、北東の森へ。


 そこで待つ新たな手掛かりが、彼らをさらに大きな運命へと導いていくことを――この時の誰も、まだ知らない。


第二章 第百四話


王都出発前夜


――続く。

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