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異世界転移したら刀鍛冶だった。気づけば英雄になり、最後は創造神になっていた件  作者: バモス
鍛冶革命編

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第百三話 世界樹の枝杖

 白い空間が崩れていく。


 翡翠色の光が雪のように舞い、世界樹の影樹も、試練の扉も、アークレイドの思念も、ゆっくりと輪郭を失っていった。


『よく越えたな、アイリス・アルティア』


 消えゆく景色の中で、アークレイドの思念が静かに告げる。


『心、力、絆。三つの試練を越えたお前は、正式に世界樹の継承者候補となった』


 アイリスは両手で翡翠の枝杖を抱き締めた。


 細く、美しい杖だった。


 だが、その内側には確かな鼓動のような温もりがある。


 まるで生きているかのように。


「私が……継承者候補……」


 まだ実感はない。


 けれど、試練を越えた記憶は確かに残っている。


 心の弱さと向き合った。


 力で限界を超えた。


 絆を信じる覚悟を示した。


 その全てが、今のアイリスの中に刻まれていた。


『その枝杖は、世界樹ユグドラシルの種子と王家の翡翠が一つになったものだ』


 アークレイドの思念が続ける。


『今はまだ芽吹いたばかりの力に過ぎない。だが、お前が成長すれば、その力もまた成長する』


「成長する……?」


『そうだ』


 アークレイドは頷いた。


『武器であり、杖であり、守護の証でもある。お前が誰かを守るために立つ時、その枝杖は必ず応えるだろう』


 アイリスは枝杖を見つめる。


 武器。


 杖。


 守護の証。


 これまでの自分には、重すぎる言葉だったかもしれない。


 けれど今は違う。


 怖い。


 それでも逃げたくない。


 そう思える自分がいる。


「……はい」


 アイリスは静かに頷いた。


「私、もっと強くなります」


『良い答えだ』


 アークレイドの思念は微かに笑った。


 そして、視線をビルセイヤへ向ける。


『ビルセイヤ』


「はい」


『彼女はまだ未熟だ』


「分かっています」


『世界樹の力は強大だ。時に本人の意思を超えて働くこともある。お前たちは彼女を支えよ』


「そのつもりです」


 ビルセイヤは迷わず答えた。


 アークレイドの思念は満足げに目を細める。


『ならばよい』


 次に、彼はツバサを見た。


『お前もだ。彼女には技が必要になる。身体の使い方、間合い、崩し。お前が教えたものは、試練の中で確かに生きた』


「へえ」


 ツバサは少し照れくさそうに鼻を鳴らす。


「伝説の英雄に褒められるとは思わなかったな」


『褒めているわけではない。責任を持てと言っている』


「そこは素直に褒めてくれよ……」


 そのやり取りに、セシリアとエミリアが小さく笑った。


 張り詰めていた空気が、少しだけ和らぐ。


 アークレイドの思念は最後にアイリスへ向き直った。


『アイリス・アルティア』


「はい」


『お前が選ぶ道は、王女としても、冒険者としても、決して楽なものではない』


「分かっています」


『ならば進め』


 アークレイドの姿が、さらに薄くなる。


『世界は広い。そして、お前たちが思う以上に深い』


 その言葉に、ビルセイヤは息を呑んだ。


 古代神殿で別れた時、アークレイド本人が残した言葉と同じだった。


『だが恐れるな。共に歩む者がいるなら、人は想像以上に遠くまで進める』


 光が強くなる。


 視界が白に染まっていく。


『また会うことはないだろう。だが、私の願いはお前たちと共にある』


 アークレイドの思念は、穏やかに微笑んだ。


『未来を頼んだぞ』


 その言葉を最後に、世界は完全に光へ包まれた。


◇◇◇


「……っ」


 次に目を開けた時、ビルセイヤたちは王城の密談室へ戻っていた。


 重厚な机。


 赤い布。


 王家の者たち。


 何も変わっていない。


 だが、決定的に変わったものが一つあった。


 アイリスの手の中に、翡翠の枝杖が握られていたのだ。


「アイリス!」


 シズク王妃が真っ先に駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」


「お母様……」


 アイリスは少しだけ驚いた顔をした後、安心したように微笑んだ。


「はい。大丈夫です」


 その言葉を聞いた瞬間、シズク王妃は娘を強く抱き締めた。


「よかった……本当に……」


「お、お母様、苦しいです……」


「我慢なさい」


「ええっ!?」


 そのやり取りに、部屋の空気が少し和らぐ。


 ライオット国王も深く息を吐いていた。


「無事でよかった」


 短い言葉だった。


 だが、その声には国王ではなく父親としての安堵が滲んでいた。


 ウィルもアイリスの前へ歩み寄る。


「無事か?」


「はい、兄様」


「ならよかった」


 そう言いながらも、ウィルの視線はアイリスの手元へ向いていた。


「それが……世界樹の枝杖か」


 アイリスは両手で杖を持ち上げる。


 翡翠色の若葉のような結晶が、淡く光を放っていた。


「はい。アークレイド様は、世界樹の種子と王家の翡翠が一つになったものだと仰っていました」


 その言葉に、ライオット国王たちの表情が変わる。


「やはり……そうか」


 ミリア王妃が静かに呟く。


「王家の伝承が本当だったということですね」


 シリス王女は興味深そうに枝杖を見つめていた。


「まあ……本当に綺麗ですわね」


 そして、ちらりとアイリスを見る。


「それに、アイリス。少し顔つきが変わりましたわ」


「え?」


「試練を越えた顔ですわね」


「お、お姉様……」


 アイリスは少し照れたように頬を染める。


 だが、シリスの言う通りだった。


 試練の前と後で、アイリスの雰囲気は確かに変わっていた。


 無邪気さはそのまま。


 けれど、その奥に一本の芯が通ったように見える。


 それは王女としてだけではない。


 冒険者を目指す者として。


 そして、世界樹の継承者候補としての変化だった。


「ビルセイヤ殿」


 ライオット国王が静かに声をかける。


「はい」


「試練の中で、何があったのか聞かせてもらえるか」


 ビルセイヤはアイリスを見る。


 アイリスは小さく頷いた。


「私から話します」


 そして彼女は語り始めた。


 第一の試練で、自分の心と向き合ったこと。


 王女としての劣等感。


 守られるだけでは嫌だという本音。


 第二の試練で、守護騎士エルドと戦ったこと。


 棒術、剣、魔法、身体強化。


 自分にできる全てを繋げて勝ったこと。


 そして第三の試練で、絆を疑う恐怖と向き合ったこと。


 王家の家族。


 ビルセイヤたち仲間。


 それらを自分の不安で勝手に決めつけず、信じると決めたこと。


 話を聞くうちに、ライオット国王の表情は何度も変わった。


 特に、第三の試練の話になった時。


 彼は苦しげに眉を寄せた。


「そうか……」


 国王は静かに呟く。


「我らの言葉が、お前の中で重荷になっていたのだな」


「お父様……」


「すまなかった」


 突然の謝罪に、アイリスは目を丸くする。


「えっ!? い、いえ! お父様が悪いわけでは……!」


「それでもだ」


 ライオット国王は首を振る。


「父として、お前を守りたいと思っていた。だがその想いが、お前を閉じ込める鎖になっていたのなら……私は考えを改めねばならん」


 その言葉に、シズク王妃が静かに頷いた。


「私もです。アイリスを大切に思うあまり、少し守りすぎていたのかもしれません」


「お母様まで……」


 アイリスの瞳が潤む。


 ウィルも腕を組み、真剣な表情で言った。


「私は反対の立場を変えるつもりはない」


「兄様……」


「だが、お前が本気であることは認める」


 ウィルは少しだけ口元を緩める。


「だから鍛える。今まで以上に厳しくな」


「えっ」


「冒険者になりたいのだろう?」


「は、はい!」


「なら覚悟しておけ」


 アイリスが一瞬だけ怯えた顔をする。


 その様子を見て、シリスが楽しそうに笑った。


「よかったわね、アイリス。お兄様公認の地獄の訓練ですわ」


「全然よくありません!」


 部屋に笑いが広がった。


 重苦しかった空気が、少しずつ温かいものへ変わっていく。


 その中で、ライオット国王は改めてビルセイヤへ向き直った。


「ビルセイヤ殿」


「はい」


「娘を……アイリスを、しばらく頼みたい」


 その一言に、部屋の空気が静まった。


 国王が頭を下げたわけではない。


 だが、その声には父親としての覚悟があった。


「もちろん、すぐに旅へ出せと言っているわけではない。ウィルの言う通り、まずは三か月の訓練が必要だ」


「はい」


「だが、その後。もしアイリスが本当に冒険者として立てるだけの力を身につけたなら……その時は、君たちの仲間として見てやってほしい」


 アイリスは息を呑んだ。


「お父様……」


 ビルセイヤはしばらく黙っていた。


 王女を仲間にする。


 それは簡単な話ではない。


 危険もある。


 政治的な問題もある。


 何より、命を預かることになる。


 それでも。


 試練の中で見たアイリスの覚悟は、本物だった。


「分かりました」


 ビルセイヤは静かに頷く。


「三か月後、アイリス王女が本気で冒険者として立つ覚悟を持ち続けているなら」


 そして、アイリスを見る。


「俺たちは、仲間として迎えます」


「ビルセイヤさん……!」


 アイリスの顔がぱっと明るくなる。


 だがすぐに、ビルセイヤは釘を刺した。


「ただし、甘やかさないぞ」


「はい!」


「危険だと判断したら止める」


「はい!」


「無茶をしたら叱る」


「はいっ!」


 その返事は、なぜか嬉しそうだった。


 ツバサが苦笑する。


「こいつ、叱られるのも喜びそうだな」


「そ、そんなことありません!」


 アイリスが慌てて否定する。


 だが、セシリアとエミリアは微笑ましそうに見ていた。


 新しい仲間。


 まだ正式ではない。


 だが、その未来は確かに見え始めている。


 その時だった。


 アイリスの手にある翡翠の枝杖が、ふわりと光を放った。


 そして、枝杖の先端に小さな若葉が一枚芽吹く。


「え……?」


 全員が目を見開く。


 若葉は淡く輝き、まるでアイリスの決意に応えるように揺れていた。


 シリスが目を細める。


「どうやら、その杖も喜んでいるみたいですわね」


 アイリスは枝杖を見つめ、そっと微笑んだ。


「これから、よろしくね」


 その言葉に応えるように、若葉がもう一度だけ柔らかく光った。


 こうして。


 アイリス・アルティアは、世界樹の継承者候補となった。


 そして同時に。


 彼女がビルセイヤたちの正式な仲間となる日も、少しずつ近付いていた。


第二章 第百三話


世界樹の枝杖


――続く。

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