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異世界転移したら刀鍛冶だった。気づけば英雄になり、最後は創造神になっていた件  作者: バモス
鍛冶革命編

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第百二話 第三の試練・絆

 白銀の守護騎士エルドが光の粒となって消えた後も、闘技場にはしばらく余韻のような静けさが残っていた。


 アイリスはまだ荒い息を整えきれず、ビルセイヤに支えられたまま立っていた。


 胸元の翡翠は、先ほどまでの激しい輝きが嘘のように、今は穏やかな緑の光を湛えている。


「大丈夫か?」


 ビルセイヤが横から覗き込むように尋ねる。


「は、はい……なんとか……」

 アイリスは少し照れたように笑った。

「でも、足がちょっと笑ってます……」


「無理もないわよ」

 セシリアが肩を竦める。

「今の戦い、見てるこっちまで息が止まりそうだったもの」


「最後の連撃、とても綺麗でした」

 エミリアも柔らかく微笑む。

「ちゃんと、アイリスさん自身の戦い方になっていました」


「やるじゃねえか、王女様」

 ツバサがにやりと笑う。

「最初に会った時の“勢いだけの暴走娘”からは、だいぶ成長したな」


「ちょ、ちょっとツバサさん!」

 アイリスが頬を膨らませる。

「暴走娘は余計です!」


 けれど、その声にはいつもの調子が戻りつつあった。


 第一の試練“心”。


 第二の試練“力”。


 二つを越えたことで、アイリスの中に確かな自信が芽生え始めているのが、誰の目にも分かった。


 その時だった。


 闘技場全体がふわりと光に包まれ、石床も壁も、古代神殿めいた景色そのものがゆっくりと崩れ始める。


「……!」


 アイリスたちは思わず周囲を見回した。


 白い空間の奥に、新たな景色が姿を現していく。


 それは、一本の巨大な樹だった。


 空へ届くほど高く、幹は城壁のように太い。枝葉は無数の星を抱えた夜空のようにきらめき、その葉脈の一本一本に翡翠色の光が流れている。


 その圧倒的な存在感に、誰もが息を呑んだ。


「……これが」

 アイリスがかすれた声で呟く。

「世界樹……?」


『“世界樹そのもの”ではない』


 アークレイドの思念が、静かに答えた。


 いつの間にか、その姿は再び彼らの前に立っていた。


『だが、世界樹ユグドラシルの記憶と力に連なる“影樹”だ。第三の試練は、その根元で行われる』


 翡翠の大樹の根元に、ゆっくりと一枚の扉が浮かび上がる。


 これまでの試練の扉とは違う。


 重厚さよりも、どこか温かさを感じる扉だった。木目のような模様が走り、中央には王家の翡翠の紋章と、見たことのない古い樹の紋章が重なって刻まれている。


『第三の試練――“絆”』


 アークレイドの思念の声が、静かに響く。


『お前が何を信じ、誰と歩むのか。その答えを示してもらう』


 アイリスは無意識に胸元の翡翠を握りしめた。


 “絆”。


 それは第一の試練のように自分の内面だけを問うものでも、第二の試練のように敵を打ち破れば終わるものでもない。


 もっと曖昧で、だからこそ難しいもののように思えた。


「……どういう試練なんですか?」

 アイリスが問いかける。


 アークレイドは少しだけ目を細めた。


『継承者とは、一人で世界を支える者ではない。支えられ、支え、繋がりの中で世界の命脈を守る者だ』


 その言葉に、ビルセイヤは静かに耳を傾ける。


『心があっても、力があっても、それだけでは足りぬ。誰の言葉を信じ、誰のために立ち、誰と共に歩むのか。その答えがなければ、継承者の力はやがて道を違える』


「誰のために……」


 アイリスは小さく呟いた。


 アークレイドは頷く。


『この試練では、お前の“絆”を映す。だが忘れるな。見せられるのは、心地よい記憶ばかりではない』


 その一言に、場の空気が少し張り詰めた。


『迷い、すれ違い、失う恐れ――そうしたものもまた、絆の一部だ』


 アイリスは息を呑む。


 第一の試練が“過去の弱さ”を抉るものだったのなら、第三の試練は“人との繋がりそのもの”を問うのだろう。


 それはきっと、第二の試練以上に厄介だ。


「アイリス」


 不安そうに立ち尽くす彼女へ、ビルセイヤが声をかけた。


 アイリスが顔を上げる。


「怖いか?」


「……はい」

 アイリスは正直に頷いた。

「心の試練も怖かったですけど、今度はもっと怖いです。だって……もし、私が大事だと思ってるものが全部間違ってたらどうしようって、思ってしまうから」


 その言葉に、セシリアが少し驚いた顔をする。


 アイリスがここまで素直に弱音を吐くのは珍しい。


 けれど、ビルセイヤは笑わなかった。


「間違ってるかどうかを決めるための試練じゃない」

 静かな声だった。

「お前が何を大事にしてるのか、自分で見失わないための試練だ」


「……見失わないための?」


「ああ」


 ビルセイヤはそう言って、翡翠の大樹を見上げた。


「たぶん、この試練は“正解を当てる”ものじゃない。お前が選ぶものを、最後までお前自身の意思で選べるかを問うものだ」


 アイリスはその言葉をゆっくりと噛みしめた。


 自分の意思で、選ぶ。


 第一の試練でも、第二の試練でも、結局最後に問われたのはそこだった気がする。


 誰かに決められるのではなく、自分で立つこと。


 それが今度は、“誰と歩むのか”という形で問われるのだ。


「……はい」

 アイリスは小さく頷いた。


 だが、アークレイドはそこで首を横に振った。


『一つ、先に伝えておくべきことがある』


「え……?」


『第三の試練は、継承候補一人では成立しない』


 その場にいた全員が目を見開いた。


「どういう意味だ?」

 ツバサが眉をひそめる。


『言葉の通りだ。絆を問う以上、継承候補と結ばれた者たちもまた、試練の一部となる』


 アークレイドの視線が、ビルセイヤたちへ順に向けられる。


『ビルセイヤ。セシリア。ツバサ。エミリア。――そして、王家の者たちもな』


「王家……?」

 アイリスが息を呑む。


『この試練で問われる“絆”は、仲間とのものだけではない。血縁、責務、信頼、反発、憧れ、愛情――お前を形作る全ての繋がりが対象だ』


 その瞬間、翡翠の大樹の幹にいくつもの光が灯った。


 まるで水面に映像が浮かぶように、そこへ人影が映し出される。


 ライオット国王。


 第一王妃ミリア。


 第二王妃シズク。


 ウィル王太子。


 シリス王女。


 そして――ビルセイヤたち四人。


「お父様……みんな……」


 アイリスは思わず一歩前へ出た。


 だが、それらはただの幻影ではない。


 映し出された彼らは、それぞれ微妙に違う表情をしていた。


 ライオットは苦しげに眉を寄せ、ミリアは何かを言いたげに口を閉ざし、シズクは不安そうに娘を見つめている。ウィルは険しい顔で何かを拒むように立ち、シリスは珍しく笑っていなかった。


 ビルセイヤたちの姿も同じだ。


 セシリアは唇を噛み、エミリアは悲しげに目を伏せ、ツバサは苛立ったように腕を組んでいる。


 そして、ビルセイヤだけは――何も言わず、ただ静かにアイリスを見ていた。


「これ……どういう……」


『お前が抱く“失うかもしれない絆”の形だ』


 アークレイドの声が低く響く。


『人は大切なものほど、失うことを恐れる。裏切られることを恐れる。見捨てられることを恐れる』


 アイリスの喉がひくりと鳴った。


『そしてその恐れは、しばしば絆そのものを歪める』


 映し出されたウィルの幻が、冷たい声で告げる。


『お前は王女として甘すぎる』


 ライオットの幻が続ける。


『お前を外へ出したのは間違いだったのかもしれない』


 シズクの幻は泣きそうな顔で言う。


『危ないことなんて、しなくてよかったのに……』


 シリスの幻は、珍しく笑みのないまま視線を逸らした。


『あなたは、王家に残るべきだったのかもしれないわね』


「……っ」


 アイリスの顔から血の気が引く。


 胸の奥を、冷たいものが撫でていった。


 そんなはずはない。


 そんなこと、みんなが本気で思っているわけじゃない。


 分かっている。


 これは試練だ。自分の不安を形にした幻だ。


 それでも、言葉が心に刺さる。


 さらに、今度はビルセイヤたちの幻が口を開いた。


『足手まといになるなら、ここで引き返した方がいい』

 セシリアの幻。


『王女であるあなたが無理をする必要はありません』

 エミリアの幻。


『半端な覚悟でついてくるなら邪魔だ』

 ツバサの幻。


 そして最後に、ビルセイヤの幻が静かに言う。


『俺たちと一緒に歩くには、お前はまだ弱すぎる』


「――っ!」


 その言葉が、一番深く刺さった。


 足元がぐらりと揺れる。


 思わず胸元の翡翠を押さえる。


 違う。これは違う。そう分かっているのに、第一の試練で掘り返された“王女として足りない自分”が、再び顔を出す。


 自分だけが足手まといなんじゃないか。


 王家にも、仲間にも、本当は必要とされていないんじゃないか。


 そんな弱い考えが、喉元までせり上がってきた。


「アイリス!」


 現実のセシリアが、心配そうに声をかける。


 だが、アイリスの耳には届かない。


 幻の言葉が、頭の中で何度も反響していた。


『弱すぎる』

『邪魔だ』

『王家に残るべきだった』

『外へ出したのは間違いだった』


「違う……」


 小さく呟く。


 けれど、その声は震えていた。


 その時だった。


 すっと、誰かの手がアイリスの肩に置かれる。


「顔を上げろ」


 低く、落ち着いた声。


 ビルセイヤだった。


 アイリスがはっと顔を上げる。


 目の前にいるのは幻ではない。いつも通りの、少し不器用で、それでも真っ直ぐな彼だった。


「今、お前が見てるのは“相手の本心”じゃない」

 ビルセイヤは静かに言う。

「お前が勝手に怖がってる“最悪の想像”だ」


「でも……っ」


「でもじゃない」


 珍しく、少し強い口調だった。


「俺はお前に、何度も言ったはずだ。お前が弱いままなら鍛えればいい。足りないなら学べばいい。王女だから無理だなんて、一度でも言ったか?」


 アイリスは目を見開く。


 確かに、ビルセイヤは一度もそんなことを言わなかった。


 むしろいつも、王女である前に“仲間としてのアイリス”を見てくれていた。


「お前が勝手に諦めるなら、それはお前の自由だ」

 ビルセイヤは真っ直ぐアイリスを見る。

「でも、俺たちの気持ちまで、お前の不安で勝手に決めるな」


 その言葉が、深く胸に落ちた。


 勝手に決めるな。


 そうだ。


 自分は今までずっと、“迷惑をかけるかもしれない”“足手まといかもしれない”と恐れていた。けれど、それは結局、自分が勝手に怖がっていただけだ。


 王家の皆がどう思っているかも、ビルセイヤたちがどう見ているかも、ちゃんと向き合わずに“きっとこうに違いない”と決めつけていた。


「アイリスさん」

 今度はエミリアが一歩前へ出る。

「怖くなるのは当然です。でも、だからこそ確かめればいいんです。あなたが結んできた絆が、本当にそんな簡単に壊れるものなのかを」


「そうよ」

 セシリアも頷く。

「王女だろうが何だろうが、仲間でしょ。だったら勝手に一人で抱え込まないで」


「お前、そこまで頭が回るくせに変なところで臆病なんだよ」

 ツバサが肩を竦める。

「いいから見ろ。今ここにいる俺たちが、わざわざお前の試練に付き合ってる理由を」


 アイリスの目に、じわりと涙が滲んだ。


 違う。


 違うのだ。


 幻が見せる冷たい言葉よりも、今ここで自分に向けられている声の方が、ずっと本物だ。


「……そう、ですよね」


 アイリスはゆっくりと涙を拭った。


 そして、もう一度、翡翠の大樹へ向き直る。


 幹に映る王家の幻たちは、まだ厳しい表情のままだった。


 けれど、今なら分かる。


 あれは“皆の本心”ではない。


 自分が恐れているだけの姿だ。


「お父様は、私を縛りたいから叱ったわけじゃない」

 アイリスははっきりと言った。

「お母様たちも、ウィルお兄様も、シリスお姉様も……みんな不器用なだけで、私を大事にしてくれてます」


 ライオットの幻が、ぴくりと揺れる。


「ビルセイヤさんたちだってそうです。厳しいことは言うけど、突き放したいからじゃない。ちゃんと、自分で立てるようにしてくれてるだけです」


 今度は、ビルセイヤたちの幻がわずかに霞んだ。


 アイリスは胸元の翡翠を握りしめる。


「私は、もう“どうせ私は足りないから”なんて理由で、みんなとの絆を疑いたくありません」


 その言葉と同時に、翡翠が強く輝いた。


 緑の光が足元から広がり、幻たちの姿を包み込んでいく。


「私は信じます!」


 アイリスは前を向いたまま、声を張り上げた。


「王家の家族も、ビルセイヤさんたちも、私がここまで歩いてきた時間も! 怖くても、不安でも、それでも私は一人で決めつけない! ちゃんと信じて、ちゃんと向き合って、一緒に歩いていきます!」


 翡翠の光が、爆発するように大樹全体へ広がった。


 ライオットたちの幻が、ビルセイヤたちの幻が、すべて光の粒へ変わっていく。


 最後に、アークレイドの声が静かに響いた。


『――それがお前の答えか』


 アイリスは、今度こそ迷わず頷いた。


「はい」


『絆とは、失わぬ保証ではない。裏切られぬ約束でもない。それでもなお、相手を信じ、自らも信じてもらえるよう歩み続ける覚悟――それこそが継承者に必要なものだ』


 翡翠の大樹が眩く輝き、その根元の扉がゆっくりと開いていく。


『第三の試練、“絆”――合格だ』


 その宣言と同時に、アイリスの全身から力が抜けた。


「……っ、終わっ……た……」


 ふらりと膝が揺れる。


 だが、倒れる前にビルセイヤが支えてくれた。


「よくやった」


 その一言に、アイリスはとうとう涙を零した。


「……怖かったです」


「ああ」

 ビルセイヤは苦笑するように言う。

「見てるこっちも、結構怖かった」


「ビルセイヤさんまで何言ってるんですか……」


 泣き笑いのような顔でそう返すと、セシリアたちもようやく安堵したように息をついた。


「これで全部ね……!」

「本当に、お疲れさまでした」

「ま、最後はちゃんと王女様らしく決めたじゃねえか」


 仲間たちの声が、今はとても温かい。


 その時だった。


 開かれた扉の向こうから、一筋の翡翠色の光が伸びてきた。


 光はまっすぐアイリスの胸元へ届き、翡翠のペンダントと共鳴する。


 次の瞬間――


 胸元のペンダントがふわりと浮かび上がった。


「え……?」


 アイリスが目を見開く。


 翡翠の欠片は空中で静かに回転し、その中心へ、どこからともなく一粒の種子が現れる。


 ――王家の木箱に納められていた、世界樹ユグドラシルの種子だ。


 種子は翡翠の欠片へ吸い込まれるように重なり合い、まばゆい光を放った。


 そして、光が収まった時。


 アイリスの手の中には、一本の小さな翡翠の杖が残されていた。


 いや、杖というよりは、まだ“芽吹いたばかりの枝”のような姿だ。


 細く、美しく、先端には若葉を思わせる翡翠色の結晶が揺れている。


「これ……」


 アイリスが震える声で呟く。


 アークレイドの思念は、静かに頷いた。


『世界樹ユグドラシルの継承者に与えられる、最初の証だ』


 その言葉に、誰もが息を呑んだ。


『継承候補アイリス・アルティア。お前は三つの試練を越え、正式に“世界樹の継承者候補”として認められた』


 アイリスは、翡翠の枝杖を両手で抱くように持ち、ただ立ち尽くす。


 まだ実感はない。


 けれど、その杖から伝わってくる温かな鼓動のような力が、これが夢ではないのだと教えていた。


 そしてアークレイドは、最後にこう告げた。


『だが忘れるな。継承者候補となったことは、終わりではなく始まりだ。災厄はまだ遠くない。お前たちが進むべき道は、ここからさらに険しくなる』


 その言葉と共に、白い空間全体がゆっくりと崩れ始める。


 試練の世界が、終わろうとしていた。


 アイリスは翡翠の枝杖を胸に抱きしめながら、静かに目を閉じる。


 王女として。


 冒険者を目指す者として。


 そして、世界樹の継承者候補として。


 彼女の新たな一歩が、今ここから始まるのだ。


第二章 第百二話


第三の試練・絆


――続く。

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