第十五話 初めての依頼品
鍛冶師ギルドへ登録してから、三日が過ぎた。
その日もビルセイヤは、朝早くから職人街へ向かっていた。
冒険者として依頼を受けるのも大切だ。
だが今は、それ以上に鍛冶の腕を磨きたかった。
古代鍛冶師録で得た知識。
元の世界で培った経験。
それらを少しずつ形にしていく時間が、楽しくて仕方がない。
何より――いつか自分の手で日本刀を打つという目標ができた。
そのためにも、まずはこの世界で職人として認められる必要がある。
◇◇◇
「おう、ビルセイヤ」
鍛冶師ギルドへ入ると、ガルドが声をかけてきた。
相変わらず大きな体だ。
鍛冶場の熱気にも負けない存在感がある。
「今日は仕事だ」
「仕事?」
「ああ」
ガルドはニヤリと笑った。
「お前に依頼が入った」
そう言って、一枚の依頼書を差し出してくる。
◇◇◇
依頼内容は単純だった。
解体用ナイフ三本の製作。
依頼主はDランク冒険者。
報酬は銀貨五枚。
新人鍛冶師へ回される、一般的な依頼らしい。
「まずは、依頼品をきちんと納品できるか確認だ」
ガルドが説明する。
「鍛冶は技術だけじゃねぇ」
「納期と信用も必要、か」
「その通りだ」
ガルドは満足そうに頷いた。
どれだけ腕が良くても、依頼を守れない職人は信用されない。
職人にとって信用は、命と同じだった。
「受けるか?」
「もちろんだ」
ビルセイヤは即答した。
ガルドが豪快に笑う。
「よし! なら任せた!」
こうして、ビルセイヤの初めての正式な鍛冶依頼が始まった。
◇◇◇
工房へ入る。
まずは支給された材料を確認した。
鉄のインゴット。
柄に使う木材。
鞘と握りを補強する革。
どれも一般的な品質だ。
特別な素材ではない。
だが、職人の腕は素材だけで決まるものではない。
「さて、やるか」
ビルセイヤは炉へ火を入れた。
◇◇◇
鉄が赤熱する。
色を見る。
温度を見る。
熱の入り方を見る。
そして取り出す。
金床へ置き、金槌を振り下ろした。
カンッ!
澄んだ音が工房へ響く。
再び打つ。
カンッ!
カンッ!
カンッ!
一定のリズム。
無駄のない動作。
迷いのない槌筋。
まるで長年続けてきた職人のような手際だった。
◇◇◇
周囲で作業していた鍛冶師たちが、少しずつ手を止める。
「相変わらずだな……」
「ああ」
「あれで新人なんだよな?」
小声が聞こえる。
試験の時もそうだった。
ビルセイヤの打ち方には、独特の美しさがある。
力任せではない。
鉄の状態を見極めながら、最適な力で打っている。
それが分かる者ほど、驚いていた。
◇◇◇
ビルセイヤは周囲を気にしない。
集中していた。
目の前の鉄だけを見る。
呼吸を整える。
熱を感じる。
鉄の伸び方を読む。
そして形を整える。
解体用ナイフ。
冒険者が魔物を解体するための道具だ。
切れ味だけでは駄目。
丈夫さも必要。
扱いやすさも重要。
脂や血で手が滑らないように。
骨に当たっても刃こぼれしにくいように。
長時間使っても疲れにくいように。
使う者の姿を思い浮かべながら、ビルセイヤは一本ずつ丁寧に作り上げていく。
◇◇◇
一振り目が完成する。
だが、そこで終わらない。
刃の厚みを確認する。
重心を確認する。
握り心地を確認する。
納得できなければ作り直すつもりだった。
職人の妥協は、使用者の命に関わる。
それがビルセイヤの考えだった。
そして二本目。
三本目。
気がつけば、外は夕方になっていた。
三本すべてが完成する。
品質は均一。
どれも自信を持って納品できる出来栄えだった。
◇◇◇
「出来たか」
ガルドがやって来る。
一本を手に取る。
刃を見る。
重心を見る。
握りを見る。
さらに試験用の魔物肉へ刃を入れた。
スパッ。
抵抗を感じさせない切れ味だった。
「ほぉ……」
ガルドの目が細くなる。
「どうだ?」
ビルセイヤが尋ねる。
「新人の仕事じゃねぇな」
即答だった。
周囲の鍛冶師たちも、深く頷いている。
「これなら十分売り物になる。いや、普通に上物だ」
「なら良かった」
ビルセイヤは安堵した。
古代鍛冶師録の知識があっても、実際に形にできなければ意味がない。
評価されたことは、素直に嬉しかった。
◇◇◇
しばらくして、依頼主の冒険者が現れた。
日に焼けた三十代くらいの男だ。
Dランク冒険者らしく、腰には使い込まれた剣が下がっている。
「これが注文品だ」
ガルドがナイフを渡した。
冒険者は慎重に手に取る。
握る。
軽く振る。
刃を確かめる。
そして試し切りを行った。
魔物肉を切る。
木材を削る。
革を切る。
何度も確認したあと、男は驚いたように目を見開いた。
「なんだこれ……」
思わず呟く。
「どうした?」
「使いやすすぎる」
率直な感想だった。
「今まで使った解体ナイフの中で一番だ。切れるのに、怖さがない。手に吸い付くみたいに馴染む」
その言葉に、ビルセイヤは少しだけ笑った。
職人にとって、最高の褒め言葉だった。
切れ味が良い。
見た目が良い。
それも嬉しい。
だが本当に嬉しいのは、使う人間が満足してくれることだ。
◇◇◇
「誰が作ったんだ?」
冒険者が尋ねる。
ガルドは親指でビルセイヤを指した。
「こいつだ」
「え?」
冒険者が固まる。
「新人だぞ」
「嘘だろ!?」
思わず叫んでいた。
周囲の鍛冶師たちから笑いが起こる。
最近では見慣れた反応だった。
◇◇◇
その日の夜。
ビルセイヤは報酬として銀貨五枚を受け取った。
決して大金ではない。
だが、意味が違う。
自分の技術で稼いだ金だ。
冒険者としてではなく、職人として認められた証だった。
◇◇◇
帰り道。
夕暮れのシーサスは美しかった。
海には夕日が反射している。
露店からは香ばしい匂いが漂う。
子供たちの笑い声も聞こえる。
そんな平和な景色を眺めながら歩いていると、不意に足が止まった。
視線の先。
武器屋の店先だった。
そこには様々な武器が並んでいる。
ロングソード。
ショートソード。
斧。
槍。
だが――日本刀はない。
「まだ遠いな」
小さく呟く。
今の自分に作れるのは、まだナイフ程度。
だが焦る必要はない。
一歩ずつ進めばいい。
いつか必ず、自分だけの刀を打つ。
誰かを傷つけるためではなく、誰かを守るための刀を。
そして、世界最高の武器を作る。
その夢は、確実に近づいていた。
◇◇◇
一方その頃。
王都アルティアの王城では、一人の少女が退屈そうに窓の外を眺めていた。
美しい金髪。
透き通るような白い肌。
青く澄んだ瞳。
この国の第二王女――アイリスである。
「退屈ですわ……」
小さくため息を吐く。
毎日が同じ。
王女としての勉強。
礼儀作法。
政治。
ダンス。
けれど今のアイリスの胸を占めているのは、どれでもなかった。
思い浮かぶのは、シーサスの街で出会った一人の青年。
「ビルセイヤ様……」
その名前を呟くだけで、頬がほんのり赤くなる。
もう一度会いたい。
話したい。
近くにいたい。
そしてできれば――。
「……いえ、まだ早いですわね」
そう言いながらも、アイリスの瞳は本気だった。
彼女はまだ知らない。
自分の小さな恋心が、やがて王城を巻き込み、ビルセイヤの平穏な冒険者生活を大きく揺るがすことになるとは。
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第一章 第十五話
初めての依頼品
――続く。




