第十四話 初めての鍛冶場
遺跡探索から三日後。
ビルセイヤは朝から妙に落ち着かなかった。
理由は分かっている。
古代鍛冶師録。
あの遺跡で手に入れた一冊の本だ。
そこに記されていた技術。
脳裏へ刻み込まれた知識。
そして何より――日本刀。
異世界へ来てから初めて見つけた、自分の故郷に繋がる技術。
試したくて仕方がなかった。
◇◇◇
シーサスの朝は早い。
港では漁師たちが忙しく働き、露店では商人たちが開店準備を始めている。
そんな活気ある街の一角。
武器屋や防具屋が集まる職人街へ、ビルセイヤは足を運んでいた。
やがて目的の建物が見えてくる。
大きな煙突。
絶えず立ち昇る煙。
金属を打つ音。
そして、肌を撫でる熱気。
「ここか……」
鍛冶師ギルド。
昨日、冒険者ギルドで場所を教えてもらった場所だ。
ビルセイヤは少しだけ胸を高鳴らせながら、その扉を開いた。
◇◇◇
中へ入った瞬間、熱気が全身を包み込んだ。
炉の熱。
鉄の匂い。
炭の匂い。
汗の匂い。
そして、金属を打つ音。
カンッ!
カンッ!
カンッ!
懐かしい。
思わず、そう感じた。
日本にいた頃。
刀鍛冶の工房で感じていた空気に、よく似ている。
「おう?」
受付の奥から声がした。
振り向くと、そこには筋骨隆々の大男が立っていた。
腕は丸太のように太い。
立派な髭をたくわえ、肌には火傷の跡がいくつも残っている。
一目で鍛冶師だと分かった。
「見ない顔だな」
「ああ」
ビルセイヤは頷いた。
「鍛冶師ギルドへ登録したい」
◇◇◇
大男は、少し意外そうな顔をした。
「お前、冒険者じゃなかったか?」
どうやら顔を知られていたらしい。
オークジェネラル討伐の件だろう。
思った以上に噂は広がっているようだった。
「冒険者だ」
「じゃあ、なんで鍛冶師ギルドなんだ?」
「鍛冶もやりたい」
大男は数秒ほど黙り込んだあと、豪快に笑った。
「はっはっは! 面白い奴だな!」
どうやら気に入られたらしい。
「俺はガルドだ。この鍛冶師ギルドで職人たちのまとめ役をしている」
「ビルセイヤだ」
二人は軽く握手を交わした。
ガルドの手は厚く、硬かった。
長年、鉄と火に向き合ってきた職人の手だ。
◇◇◇
「鍛冶経験はあるのか?」
ガルドが尋ねる。
「少しだけ」
ビルセイヤはそう答えた。
本当は、少しどころではない。
元の世界で刀鍛冶の世界を学び、炉の前で何度も槌を振ってきた。
だが、説明しても信じてもらえないだろう。
だから、控えめに答えておく。
「なら試験だな」
「試験?」
「ああ」
ガルドは頷く。
「鍛冶師ギルドは実力主義だ。武器は命を預ける道具だからな。腕の悪い奴を登録させるわけにはいかねぇ」
当然の話だった。
冒険者が命を預ける武器。
兵士が戦場へ持っていく剣。
猟師が獲物を仕留める矢じり。
どれも作り手の腕一つで、生死を分ける。
「分かった」
「よし。こっちだ」
◇◇◇
案内されたのは、奥にある作業場だった。
大きな炉。
金床。
金槌。
火ばさみ。
水桶。
様々な工具。
ビルセイヤの心が躍る。
やはり好きなのだ。
剣も。
鍛冶も。
鉄が熱を帯び、形を変えていく瞬間も。
「好きな物を作れ」
ガルドが言う。
周囲では、他の鍛冶師たちも手を止めてこちらを見ていた。
新人の試験を見物するつもりらしい。
「材料はこの辺の物なら使っていい」
「助かる」
ビルセイヤは材料棚へ向かった。
鉄。
銅。
鋼。
小さな魔石片。
用途別に分けられた金属素材。
その中から、まずは鉄を選ぶ。
「ナイフを作る」
いきなり刀を打つつもりはない。
まだ設備も素材も足りない。
玉鋼もない。炭の質も確認していない。炉の癖も知らない。
まずは、この場所で自分の技術を見せることが先だ。
◇◇◇
炉へ鉄を入れる。
火加減を確認する。
色を見る。
熱の入り方を見る。
自然と身体が動く。
古代鍛冶師録で得た知識。
元の世界で学んだ経験。
それらが違和感なく噛み合っていた。
やがて鉄が赤く染まる。
取り出す。
金床へ置く。
そして、槌を振り下ろす。
カンッ!
澄んだ音が響いた。
再び打つ。
カンッ!
カンッ!
カンッ!
◇◇◇
最初は興味本位で見ていた鍛冶師たちだった。
しかし、徐々に表情が変わっていく。
「おい……」
「あの打ち方……」
「新人じゃねぇぞ」
誰かが呟いた。
無駄がない。
迷いもない。
温度を見極める目。
打つ角度。
力加減。
鉄を伸ばす速度。
刃を作る位置。
全てが洗練されている。
まるで何十年も鍛冶を続けてきた熟練職人のようだった。
ガルドも腕を組んだまま、真剣な目でビルセイヤの手元を見つめていた。
◇◇◇
ビルセイヤは、周囲の反応に気づいていなかった。
集中している。
目の前の鉄だけを見ていた。
呼吸を整える。
鉄の声を聞く。
熱を感じる。
形を整える。
やがて、刃が生まれる。
焼き入れ。
焼き戻し。
研磨。
一つ一つ、丁寧に仕上げていく。
ナイフだからといって手を抜くつもりはない。
小さな刃物ほど、基礎が出る。
刃筋。
重心。
握りやすさ。
切れ味。
耐久性。
そのすべてが、職人の腕を語る。
◇◇◇
約一時間後。
一本のナイフが完成した。
静寂が訪れる。
ガルドが無言でそれを受け取った。
重量を確認する。
重心を確認する。
刃を眺める。
握りを確かめる。
そして近くにあった木材へ振り下ろした。
スパッ。
抵抗らしい抵抗もなく、木材が切断される。
再び沈黙。
「……お前」
ガルドが低く呟いた。
「本当に初心者か?」
「違うと思うか?」
「思う」
即答だった。
周囲の鍛冶師たちも、揃って頷いている。
それほど、完成度が高かった。
◇◇◇
ガルドは大きく息を吐いた。
「合格だ」
その一言で、張り詰めていた空気が動いた。
だが、ガルドはすぐに首を振る。
「いや、それどころじゃねぇな」
そして、豪快に笑った。
「上級職人レベルだ」
周囲がどよめく。
上級職人。
鍛冶師ギルドでも、限られた者しか到達できない領域だ。
新人へ与える評価ではない。
ビルセイヤは苦笑した。
元の世界での経験。
古代鍛冶師録による知識。
その両方があるのだから、当然と言えば当然だった。
「これで登録できるか?」
「ああ」
ガルドは力強く頷く。
「むしろ歓迎する。こんな腕の奴を逃がしたら、俺たち鍛冶師ギルドの恥だ」
そして、手を差し出した。
「ようこそ、鍛冶師ギルドへ!」
ビルセイヤはその手を握り返した。
◇◇◇
こうしてビルセイヤは、冒険者でありながら鍛冶師ギルドにも所属することになった。
登録証を受け取り、簡単な説明を聞き終えたあとも、彼の頭の中は別のことでいっぱいだった。
日本刀。
まだ素材が足りない。
玉鋼もない。
設備も不十分だ。
この世界の鉱石や炭の性質も、もっと知らなければならない。
だが、確実に近づいている。
夢だった一振りへ。
異世界で初めて生まれる日本刀へ。
ビルセイヤは夕焼けに染まる空を見上げながら、小さく笑った。
「待ってろよ」
その呟きは、誰にも聞こえない。
だがその決意こそが――後に世界へ名を轟かせる伝説の刀鍛冶、ビルセイヤ誕生の第一歩だった。
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第一章 第十四話
初めての鍛冶場
――続く。




