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異世界転移したら刀鍛冶だった。気づけば英雄になり、最後は創造神になっていた件  作者: バモス
鍛冶革命編

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第九十五話 王女の師匠

 アイリスの試験が終わった翌日。


 王城の訓練場には、朝から木剣の打ち合う音が響いていた。


 カン、カン、カン――。


 乾いた音が石造りの壁に反響し、まだ少し冷たい朝の空気を震わせる。


「はぁっ!」


 気合いと共に木剣を振り下ろしているのは、もちろんアイリスだった。


 白い訓練着に身を包み、額に汗を浮かべながら、昨日にも増して真剣な表情で剣を振っている。


「おいおい、朝から全開だな……」


 訓練場の端でツバサが呆れたように呟く。


 その隣でビルセイヤは苦笑した。


「条件付きとはいえ、合格したのがよほど嬉しかったんだろうな」


「嬉しいというより――」


 セシリアがアイリスを見つめながら言う。


「完全に火がついちゃった顔ね」


 その言葉通りだった。


 ウィルから命じられた三か月の基礎訓練。


 それを聞いたアイリスは、ただ王城の兵士に教わるだけでは満足できなかったらしい。


 木剣を下ろしたアイリスは、ビルセイヤとツバサの前へ駆け寄ると、びしっと背筋を伸ばした。


「ビルセイヤさん! ツバサさん!」


 そして深く頭を下げる。


「私に稽古をつけてください!」


 訓練場にいた者たちの動きが、一瞬止まった。


 近衛騎士たちも。


 王城付きの侍女たちも。


 遠巻きに見守っていたシリス王女でさえ、面白そうに目を細めている。


「……やっぱりそう来たか」


 ツバサが額を押さえた。


「だって、王城で一番強いのは兄様ですけど」


 アイリスは真剣な顔で言う。


「今の兄様に教わるのは、なんだか悔しいじゃないですか」


「悔しいってお前な……」


「だから、今の私より強くて、冒険者として本当に戦ってきた人に教わりたいんです!」


 その視線が、真っ直ぐビルセイヤとツバサへ向けられる。


 昨日の試験を見た後で、そう考えるのは自然なことだった。


 ビルセイヤは剣士として。


 そして英雄アークレイドの力を継いだ者として。


 ツバサは剣術、居合、合気道を扱う実戦派として。


 二人とも、王城の騎士たちとは違う強さを持っている。


「お願いします!」


 アイリスはもう一度頭を下げた。


 その姿は、王女というより弟子入りを願う一人の少女だった。


「……どうする?」


 ビルセイヤがツバサを見る。


「どうするも何も、断ったら泣きそうだろ」


 ツバサはため息混じりに答える。


「それに、三か月で最低限形にするなら、今のうちに変な癖を見ておいた方が早い」


「変な癖って……」


 アイリスがむっと頬を膨らませる。


「あるぞ」


 ツバサは即答した。


「剣が真っ直ぐすぎる。踏み込みも素直すぎる。棒術と剣術の切り替えもまだ甘い。身体強化に頼る癖もある」


「うっ……」


 昨日の試合を思い出したのか、アイリスが言葉に詰まる。


 だが、そこで落ち込まないのが彼女らしい。


「じゃあ、それを全部直してください!」


「簡単に言うな……」


 呆れながらも、ツバサの口元は少しだけ楽しそうだった。


 ビルセイヤはその様子を見て、ふっと笑う。


「いいんじゃないか」


 アイリスの表情がぱっと明るくなる。


「ツバサは合気道や身体の使い方を教えられる。俺は剣の基礎と身体強化の使い方を見る」


「お、役割分担か」


 ツバサが肩を回す。


「悪くねぇな」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ。ただし」


 ビルセイヤは人差し指を立てた。


「甘やかすつもりはないぞ」


「はい!」


「泣いてもやめない」


「はい!」


「王女扱いもしない」


「はいっ!」


「……元気だけは一人前だな」


 セシリアが苦笑する。


「でも、そういうところは嫌いじゃないです」


 エミリアが小さく笑った。


 こうして。


 アイリスの三か月特訓は、ビルセイヤとツバサの指導のもとで始まることになった。


 ◇◇◇


 最初の訓練は、ツバサによる基礎確認だった。


「よし、まず構えろ」


 訓練場の中央で、アイリスは木剣を構える。


 昨日ウィルに挑んだ時と同じ中段の構え。


 悪くはない。


 だが、ツバサは即座に首を振った。


「固い」


「えっ」


「肩に力が入りすぎだ。そんな構えじゃ初動が遅れるし、変化にも対応しづらい」


 そう言って、ツバサはアイリスの肩を軽く叩いた。


「もっと脱力しろ。剣を持つってのは、棒切れを振り回すことじゃない。自分の手足の延長にするんだよ」


「手足の延長……」


 アイリスは真剣に呟き、少しずつ構えを直していく。


 その様子を見て、ビルセイヤは感心した。


 飲み込みが早い。


 基礎はまだ甘い。


 だが、教えられたことを素直に吸収しようとする姿勢がある。


 これは大きい。


「次、踏み込み」


 ツバサが訓練場の床に線を引いた。


「この線から一歩でそこまで入れ」


「はい!」


 アイリスが踏み込む。


 悪くない。


 だが、やはり少し大振りだった。


「力みすぎだな」


 今度はビルセイヤが口を挟む。


「もっと腰で前に出ろ。足で飛ぶんじゃなく、重心を滑らせる感じだ」


「重心を……滑らせる?」


「こうだ」


 ビルセイヤは木剣を持たないまま、一歩踏み込んでみせた。


 無駄のない移動。


 足音は小さい。


 だが、一瞬で間合いを詰めている。


「わ……っ」


 アイリスが目を見開いた。


「速い……!」


「速さは力じゃなく、無駄を消した結果だ」


 ビルセイヤは静かに言う。


「お前は今、頑張って速く動こうとしている。でも本当に必要なのは、速く動くことじゃない。無駄なく届くことだ」


「無駄なく……届く……」


 アイリスは何度も頷いた。


 それから何度も踏み込みを繰り返す。


 一歩。


 また一歩。


 汗が額を流れ、呼吸が荒くなっても、アイリスは止まらない。


 その根性に、周囲で見ていた近衛騎士たちも少しずつ見る目を変えていった。


「次は棒術を見せてみろ」


 ツバサが言う。


「はい!」


 アイリスは木剣を置き、訓練用の棒を手に取った。


 すると、動きが変わった。


 剣を握っていた時よりも明らかに滑らかだ。


 突き。


 払い。


 薙ぎ。


 軽やかな連撃。


 剣よりも、こちらの方が身体に馴染んでいる。


「なるほどな」


 ツバサが頷く。


「剣より棒の方が得意か」


「小さい頃、城の庭でよく振り回してたんです!」


「振り回すな」


 ツバサが即座に突っ込む。


 訓練場に小さな笑いが広がった。


 だがビルセイヤは、アイリスの棒術を見ながら別のことを考えていた。


 ――この動き、案外化けるかもしれない。


 剣よりも間合いの感覚が自然だ。


 手首の返しも柔らかい。


 そこに火、水、風、土の四属性と無属性の身体強化が加われば、王道の剣士とは違う戦い方ができる。


「よし」


 ビルセイヤは口を開いた。


「アイリス、お前は剣だけに絞る必要はないかもしれない」


「え?」


「棒術を軸にして、剣を補助にする形もある」


 ビルセイヤは続ける。


「間合いを取る時は棒。詰められたら短剣や片手剣。そこに身体強化と魔法を合わせれば、お前だけの戦い方になる」


 アイリスの目が輝いた。


「私だけの……戦い方」


「ああ」


 ビルセイヤは頷く。


「王女だからといって、誰かの真似をする必要はない。お前に合った形を探せばいい」


 その言葉に、アイリスは胸の前で拳を握った。


「はい……!」


 その瞬間だった。


 首元の翡翠色のペンダントが、ほんの一瞬だけ淡い緑色に光る。


 微かな光。


 だが、今度はビルセイヤがそれを見逃さなかった。


「……?」


 思わず視線を向ける。


 だが次の瞬間には、光はもう消えていた。


「どうしたんですか?」


 アイリスが首を傾げる。


「いや……今、ペンダントが」


「ペンダント?」


 アイリスが胸元を見下ろす。


 翡翠色の小さな装飾品。


 王家に代々伝わるものだと聞いているが、本人にも詳しい由来は分からないらしい。


「光ったように見えたんだが……気のせいか」


「えっ、これがですか?」


 アイリスは不思議そうにペンダントへ触れる。


 ビルセイヤは少し考えた。


 王家秘蔵図書庫で読んだ建国記。


 アークレイドが残した言葉。


 世界樹ユグドラシルを探せ。


 世界樹の継承者は災厄に対抗する鍵となる。


 そして、アイリスがその名に不思議な反応を示していたこと。


 ただの偶然とは思えなかった。


「……ビルセイヤ?」


 セシリアが不思議そうに覗き込む。


「ああ、悪い」


 ビルセイヤは意識を戻した。


「訓練を続けよう」


 今はまだ確証がない。


 だが、何かが動き始めている。


 そんな予感だけが、胸の奥に静かに残った。


 ◇◇◇


 その日の訓練が終わる頃には、アイリスは訓練場の床に大の字になって倒れていた。


「む、無理です……腕が上がりません……」


「初日から全力でやるからだ」


 ツバサが呆れたように言う。


「でもまあ、悪くなかったぞ」


「ほ、本当ですか……?」


「ああ。根性はある」


 ツバサは笑った。


「それに、思ったより筋がいい。少なくとも三か月後には、見違えるくらいにはなるかもな」


「やった……!」


 へろへろのまま、アイリスが嬉しそうに笑う。


 その顔は、王女ではなかった。


 ようやく師匠に褒められた弟子の顔だった。


 ビルセイヤはそんな彼女を見ながら、小さく息を吐く。


 アイリスの冒険者への道は、まだ始まったばかりだ。


 けれど。


 世界樹ユグドラシル。


 王家の秘宝。


 そして、アイリスの翡翠のペンダント。


 それらが一本の線で繋がる時、きっと彼女の運命もまた大きく動き出すのだろう。


 今はまだ、誰もそのことを知らない。


第二章 第九十五話


「王女の師匠」


――続く。

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