第九十三話 王女の試験
アイリス王女の突然の冒険者宣言。
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その衝撃は応接室にいた全員を驚かせた。
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しかし当の本人だけは至って真剣だった。
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冗談でも思いつきでもない。
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本気で冒険者を目指しているのだ。
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「私は本気です」
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アイリスは真っ直ぐライオット国王を見つめた。
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その瞳に迷いはない。
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「お父様も許可してくださいました」
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「正確には根負けしただけだ」
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ライオット国王が即座に訂正する。
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疲れ切った表情だった。
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その姿にビルセイヤたちは思わず苦笑する。
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「三日三晩だぞ?」
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「朝から晩まで説得された」
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「お父様♪」
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アイリスが満面の笑みを浮かべる。
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「その笑顔で誤魔化されん」
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即座に返すライオット国王。
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娘に甘いことで有名な名君だが、今回ばかりは本当に苦労したらしい。
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そんな父娘のやり取りに部屋の空気が少し和む。
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だが。
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「ですが陛下」
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セシリアが静かに口を開いた。
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その表情は真剣だ。
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「冒険者になるというのは簡単なことではありません」
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命を懸ける仕事。
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時には仲間を失うこともある。
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華やかな冒険譚の裏には、常に死が付き纏う。
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「ええ」
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アイリスは頷いた。
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「分かっています」
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「だから修行もします」
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「剣術も魔法も学びます」
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「覚悟はあります」
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強い意志が込められた声だった。
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ビルセイヤは少し驚く。
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シーサスで初めて会った頃のアイリスは、好奇心旺盛な王女という印象が強かった。
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しかし今は違う。
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夢を見る少女ではなく。
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夢へ向かって歩き始めた少女の顔だった。
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その時。
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「ならば試験だ」
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低く落ち着いた声が響く。
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全員の視線が向く。
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ウィル王太子だった。
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「兄様?」
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アイリスが首を傾げる。
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ウィルは腕を組みながら言った。
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「冒険者になるというなら、それに相応しい力を証明してみせろ」
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「力を……?」
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「そうだ」
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王太子の表情は真剣そのものだった。
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「冒険は遊びではない」
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「魔物は待ってくれない」
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「盗賊も容赦しない」
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「王女だからといって見逃してもくれない」
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その場にいた冒険者たちは無言で頷く。
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全て事実だった。
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命を預ける仲間として認められるには、相応の実力が必要なのだ。
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「だから試験を行う」
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ウィルはそう言い切った。
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「試験内容は?」
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アイリスが尋ねる。
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すると。
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ウィルの口元が僅かに上がった。
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「私に一撃入れろ」
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沈黙。
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数秒間、誰も反応できなかった。
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「え?」
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エミリアが目を丸くする。
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ツバサも驚いた顔をしていた。
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「兄様にですか?」
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「そうだ」
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ウィルは頷く。
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「訓練用の木剣で構わない」
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「私に有効打を与えろ」
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「それができたら認めよう」
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アイリスは言葉を失った。
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アルティア王国第一王子。
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王太子ウィル。
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剣術、軍略、政治に優れる次期国王。
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王国でも指折りの剣士として知られている。
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近衛騎士団長と互角とも言われる実力者だ。
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そんな相手に一撃。
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今の自分には到底無理に思えた。
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だが――
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数秒後。
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アイリスはゆっくりと顔を上げた。
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「分かりました」
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その場にいた全員が驚く。
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「受けます」
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迷いのない声だった。
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ウィルも僅かに目を見開く。
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だが次の瞬間には笑みを浮かべていた。
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「良いだろう」
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「なら三日後だ」
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「王城訓練場で試験を行う」
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こうして。
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アイリス王女の冒険者への第一歩が始まった。
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その日の夜。
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王城の庭園。
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月明かりが花々を照らしている。
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その片隅で、一人の少女が木剣を振っていた。
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アイリスだった。
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ブンッ。
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風を切る音が響く。
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一振り。
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また一振り。
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額から汗が流れ落ちる。
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腕は痛い。
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足も重い。
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それでも剣を振るのを止めない。
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「負けません……」
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小さく呟く。
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王女だから。
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女だから。
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そんな理由で夢を諦めたくない。
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ビルセイヤたちのように。
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自分も世界を見たい。
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自分の力で歩いてみたい。
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その時だった。
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首元に下げていた翡翠色のペンダントが淡く輝く。
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ほんの一瞬。
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まるで少女の決意に応えるように。
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そして誰にも気付かれることなく、その光は静かに消えていった。
◇◇◇
来るべき運命の日が、少しずつ近付いていた。
第二章 第九十三話
「王女の試験」
――続く。




