第八十九話 建国王と英雄
謁見の間は、水を打ったように静まり返っていた。
ライオット国王をはじめ、王妃たち、王族、そして列席する重臣たちの視線が、ビルセイヤたち四人へと集まっている。
その重圧を受け止めながら、ビルセイヤはゆっくりと口を開いた。
古代神殿での出来事。
蛇の牙が神殿を探索していたこと。
最深部で発見した封印の祭壇。
そこで出会った、千年前の英雄アークレイド。
そして――異界の魔神との戦い。
見たもの、聞いたもの、感じたもの。
何一つ隠すことなく、全てを語った。
途中、重臣たちの間から何度か驚きの息が漏れる。
だが、誰一人として口を挟む者はいなかった。
やがて話が終わる。
再び、重い沈黙が落ちた。
「……信じられない話だな」
一人の重臣が、呆然としたように呟く。
無理もない。
千年前の英雄。異界の魔神。建国神話の裏側。
どれも普通なら、おとぎ話の中にしか存在しない話だ。
だが――。
「私は信じよう」
静かに響いたのは、ライオット国王の声だった。
重臣たちが一斉に国王を見る。
ライオットは玉座からゆっくりと立ち上がった。
「なぜなら」
国王の眼差しが、真っ直ぐビルセイヤたちを射抜く。
「アークレイドという名は、王家に代々伝わっているからだ」
その一言で、謁見の間の空気が変わった。
ビルセイヤたちも思わず顔を上げる。
「王家に……?」
セシリアが驚いたように問い返す。
ライオット国王は静かに頷いた。
「ウィル」
「はい、父上」
ウィル王太子が一礼し、近くの騎士へ合図を送る。
しばらくして、数人の騎士たちが巨大な額縁を運び込んできた。
高さは二メートルを優に超える。
年代を感じさせる、古びた一枚の絵画だった。
「これは……」
ビルセイヤが目を見開く。
そこに描かれていた人物を、彼は知っていたからだ。
白銀の鎧。
腰に下げた長剣。
鋭さと優しさを併せ持つ眼差し。
間違いない。
英雄アークレイドだった。
「やっぱり……」
ツバサも目を見張る。
あの神殿で共に戦った男が、千年の時を越えて王城の絵画の中に立っていた。
ライオット国王は、その絵を見つめながら静かに語り始めた。
「アルティア王国の建国は、およそ千年前」
「初代国王アルト・アルティアによって成し遂げられた」
誰もが知る建国神話。
王国の民なら、子供でも一度は耳にする話だ。
だが、国王はそこで言葉を切り、ゆっくりと続けた。
「しかし――王家には、その続きを記した記録が残されている」
全員が息を呑んだ。
「初代国王アルト・アルティアは、一人で国を築いたわけではない」
「彼には、共に戦う仲間がいた」
ライオットの視線が、絵画の人物へと向けられる。
「その一人こそ――英雄アークレイドだ」
ざわり、と場が揺れた。
重臣たちですら驚きを隠せていない。
どうやら、この話は王家の中でも限られた者しか知らぬ極秘事項らしい。
「建国神話では語られていない」
「だが、王家の記録には確かに残されている」
国王の声が、謁見の間に静かに響く。
「アークレイドは、異界から現れた魔神を封印するため、自ら神殿へ向かった」
「そして――二度と戻らなかった」
ビルセイヤたちは顔を見合わせた。
神殿でアークレイド本人から聞いた話と、完全に一致している。
「つまり……」
エミリアが小さく呟く。
「本当に、英雄だったんですね……」
「そうだ」
ライオット国王ははっきりと頷いた。
「そして君たちは、その英雄と出会った」
国王の視線が、再びビルセイヤへ向く。
「さらに、アークレイドは君に力を託した」
ビルセイヤは静かに頷いた。
右手に、あの時の感覚が蘇る。
託された剣技。
受け継いだ知識。
そして、最後の言葉。
あれを忘れることなどできない。
すると、ふいに柔らかな声が響いた。
「面白いですわね」
シリス王女が、上品に微笑んでいた。
「建国の英雄に選ばれた方が、こうして目の前にいらっしゃるなんて」
アイリスも目を輝かせる。
「やっぱり凄いです、ビルセイヤさん!」
その勢いのまま、今にもビルセイヤへ駆け寄りそうな雰囲気だ。
「アイリス」
ウィルが頭を押さえる。
完全に、妹の暴走が始まりかけていた。
だが、ライオット国王は止めなかった。
むしろ興味深そうに、ビルセイヤを見つめている。
「まだ話がある」
国王が静かに告げる。
その一言で、再び場が引き締まった。
「アークレイドについて記された、王家秘蔵の資料が存在する」
ビルセイヤたちは息を呑む。
「本来なら、王族以外に見せることはない」
ライオットはゆっくりと玉座の段を下り、一歩だけ前へ出た。
「だが――君たちには知る資格がある」
その言葉は重かった。
王家が千年守り続けてきた秘密。
建国神話の裏側。
英雄アークレイドの真実。
そして、この世界の奥底に眠る秘密。
その全てに、自分たちは触れようとしている。
ビルセイヤの胸が高鳴った。
脳裏に蘇るのは、アークレイドが最後に残した言葉。
『この世界は広い』
『そして、お前が思う以上に深い』
あの言葉の意味に、少しずつ近付いている気がした。
王家秘蔵の資料――。
そこには、一体何が記されているのか。
第二章 第八十九話
建国王と英雄
――続く。




