第八十三話 特別報酬
ギルド内は騒然としていた。
建国神話に登場する英雄。
アークレイド。
その名を実際に聞き、その英雄と共に戦った冒険者たちが目の前にいる。
信じられない話だった。
だが、ビルセイヤたちの表情は真剣そのものだ。
冗談を言っているようには見えない。
さらに、古代神殿が崩壊したという事実もある。
ギルドマスターは腕を組みながら、深く息を吐いた。
「正直に言う」
低く、重い声だった。
「俺にも全部は信じ切れん」
周囲の冒険者たちが一斉に頷く。
当然だろう。
異界の魔神など、おとぎ話の中の存在だ。
建国神話に出てくる英雄が実在し、しかもその英雄と共に戦ったなど、普通なら酔っ払いの与太話として笑い飛ばされる。
「だが――」
ギルドマスターの目が鋭くなった。
「お前たちが命懸けで何かを成し遂げたことだけは分かる」
その言葉に、セシリアが少しだけ笑った。
それで十分だった。
別に英雄譚として語られたいわけではない。
名声が欲しくて戦ったわけでもない。
仲間たちが無事だった。
守りたかったものを守れた。
それだけで、もう十分すぎるほどの報酬だった。
「それでだ」
ギルドマスターが椅子から立ち上がる。
「今回の依頼について、報酬を決める」
周囲がざわついた。
超危険指定の古代神殿調査。
本来なら、生還しただけでも奇跡だ。
どれほどの報酬になるのか。
冒険者たちの視線が一斉に集まる。
「まず、調査依頼達成報酬だ」
ギルドマスターは、はっきりと言い放った。
「金貨五十枚」
どよめきが起きた。
金貨五十枚。
日本円換算で、およそ五十万円。
普通の冒険者なら、一年は遊んで暮らせる額だ。
「さらに――」
ギルドマスターが続ける。
「蛇の牙壊滅への貢献。特別功績金として、金貨五十枚を追加する」
再び、どよめきが広がった。
合計金貨百枚。
周囲の冒険者たちの目が丸くなる。
中には口をぽかんと開けたまま固まっている者までいた。
「さらにさらに」
ギルドマスターがニヤリと笑う。
その顔を見て、嫌な予感――いや、何かとんでもないことが続く気配を全員が察した。
「今回の件は、王都ギルド本部にも正式に報告する」
その一言に、場の空気が張り詰める。
「よって――全員に特別昇格権を与える」
次の瞬間。
ギルドが爆発した。
「はぁっ!?」
「マジかよ!?」
「特別昇格だと!?」
冒険者たちが一斉に騒ぎ出す。
無理もない。
通常、ランク昇格には何年もかかる。
実績を積み、危険な依頼をこなし、周囲からの評価を得て、ようやく一つ上へ進めるのだ。
だが、特別昇格は違う。
ギルドが認めた“英雄級の功績”にのみ与えられる、極めて例外的な措置である。
ビルセイヤたちも、さすがに驚いていた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
セシリアが思わず手を挙げる。
「どのくらい昇格するんですか?」
ギルドマスターは楽しそうに笑った。
「お前は元々Bランクだろ」
「はい」
「なら、Aランクへ推薦する」
ギルド中が、さらに大きくどよめいた。
Aランク。
国を代表する上級冒険者。
各領地でも名が通り、国家規模の依頼すら受けることができる存在。
簡単になれるものではない。
いや、普通の冒険者なら一生届かないことすら珍しくない。
セシリアが目を丸くする。
「私が……Aランク……?」
「当然だ」
ギルドマスターが力強く頷く。
「今回の働きを考えれば、文句を言う奴はいない」
そして、視線がビルセイヤへ向いた。
「お前は現在Cランクだったな」
「はい」
「なら、Bランクへ特別昇格だ」
周囲から歓声が上がる。
通常なら何年も掛かる昇格。
それを飛び級で達成したのだ。
ビルセイヤは驚きながらも、どこか実感が湧かずにいた。
つい少し前まで、自分はただの刀鍛冶だった。
異世界へ来て、冒険者になって、仲間と出会い、気付けば古代神殿で英雄と共に魔神と戦っていた。
そして今、Bランク冒険者。
人生とは、本当に何が起きるか分からない。
「ツバサとエミリアも同様だ」
二人も目を見開いた。
特にエミリアは慌てている。
「わ、私までですか!?」
「当然だ」
ギルドマスターが豪快に笑う。
「お前たち全員が生きて帰ったこと自体が奇跡なんだからな」
その言葉に、四人は顔を見合わせた。
そして――自然と笑みが浮かぶ。
生きて帰れた。
誰一人欠けることなく。
仲間を失わなかった。
それが、何より嬉しかった。
「今日は飲め!」
ギルドマスターが大声で叫ぶ。
「報酬は明日渡す!」
「酒代は俺が出してやる!」
その瞬間、ギルド内が歓声に包まれた。
「おおおおおっ!!」
冒険者たちが一斉に盛り上がる。
誰かが椅子を鳴らし、誰かがジョッキを掲げ、受付嬢たちまで呆れ半分の笑顔を浮かべていた。
ビルセイヤは、その光景を見て苦笑する。
世界を救った実感は、まだ薄い。
異界の魔神との戦いも、アークレイドとの出会いも、どこか夢のように思える。
だが――。
こうして仲間たちと笑い合える。
無事に帰ってきたことを喜び合える。
それだけで十分だった。
けれど、ビルセイヤはまだ知らない。
王都ギルド本部への報告が――
自分たちの運命を大きく変えることになるのを。
第二章 第八十三話
特別報酬
――続く。




