第八十二話 ギルドへの報告
古代神殿を後にしたビルセイヤたちは、数日かけて最寄りの街へと戻っていた。
道中は、驚くほど平和だった。
異界の魔神が消滅した影響なのか。
周辺にいた魔物たちも、以前より明らかに大人しくなっている。
それでも、全員の表情には疲労の色が残っていた。
当然だろう。
世界の命運を懸けた戦いを終えたばかりなのだから。
そして――。
「見えたぞ」
ツバサが前方を指差した。
城壁。
高い見張り塔。
賑やかな街道。
見慣れた街の姿が、そこにあった。
「やっと帰ってきたな」
ビルセイヤも小さく笑う。
不思議なものだった。
たった数週間離れていただけのはずなのに、まるで何年も旅をしていたような気がする。
門番へギルドカードを見せ、街へ入る。
そこには、いつもと変わらない日常が広がっていた。
商人の呼び声。
子供たちの笑い声。
露店から漂う香ばしい匂い。
平和だった。
だからこそ、強く実感する。
――守れたのだ、と。
「まずはギルドね」
セシリアが言う。
全員が頷いた。
そして、そのまま冒険者ギルドへ向かう。
重厚な扉を押し開けると、いつもの喧騒が迎えてくれた。
酒を飲む冒険者。
依頼書を確認する冒険者。
忙しそうに行き来する受付嬢たち。
何も変わらない、いつもの光景。
そのことに、少しだけ安心した。
「おい……」
一人の冒険者が、こちらに気付く。
「セシリアたちじゃないか」
「本当だ!」
周囲がざわつき始めた。
それも当然だった。
彼らは超危険指定となった古代神殿の調査へ向かったまま、長く戻ってこなかったのだから。
「生きてたのか!」
「無事だったんだな!」
次々と声が飛ぶ。
セシリアが苦笑する。
「なんとかね」
すると――。
奥の扉が勢いよく開いた。
ドンッ!!
「お前らぁぁぁっ!!」
ギルド内に大声が響く。
現れたのはギルドマスターだった。
大柄な体格の中年男性。
いつも豪快で、細かいことを気にしない人物だ。
だが今の彼は、明らかに怒っていた。
いや――怒っているように見えて、その実、心底心配していたのだろう。
「何日行方不明になってやがった!」
「心配させやがって!」
セシリアたちは顔を見合わせる。
そして。
「すみません」
全員で頭を下げた。
ギルドマスターは大きくため息を吐く。
「……無事ならいい」
その一言に、本音が滲んでいた。
怒鳴り声よりも、よほど胸に響く言葉だった。
「それで?」
ギルドマスターは腕を組む。
「神殿はどうだった」
ビルセイヤたちは顔を見合わせた。
どう説明するべきか。
蛇の牙。
封印された英雄アークレイド。
復活した異界の魔神。
千年前から続いていた戦い。
とても、そのまま口にして信じてもらえる話とは思えない。
ツバサが苦笑する。
「信じてもらえないと思うんだけどな」
「いいから言ってみろ」
ギルドマスターが椅子へ腰を下ろした。
「どんな報告でも聞いてやる」
ビルセイヤは小さく息を吐いた。
そして、静かに語り始める。
神殿で見つけた蛇の牙の秘密。
封印されていた英雄アークレイドの存在。
復活した異界の魔神。
そして、神殿最深部で繰り広げられた最後の戦い。
ギルド内は、いつの間にか水を打ったように静まり返っていた。
誰一人として口を挟まない。
ただ、ビルセイヤの言葉に耳を傾けている。
やがて、全てを話し終える。
長い沈黙が落ちた。
そして。
ギルドマスターが、ゆっくりと口を開く。
「……普通なら、嘘だと言う」
その言葉に、全員がわずかに身構えた。
だが、ギルドマスターは机の引き出しから一冊の古びた本を取り出した。
「だがな」
本を開き、あるページを見せる。
「アークレイドの名前なら知っている」
「え……?」
思わずセシリアが声を漏らした。
ページに描かれていたのは、古びた挿絵。
白銀の鎧。
長剣を持つ男。
まさしく、アークレイドその人だった。
「建国神話に出てくる英雄だ」
ギルドマスターが低く告げる。
「実在したなんて、誰も信じてなかったがな」
ギルド内が騒然となる。
本当にいたのだ。
伝説の英雄が。
そして、自分たちはその英雄と共に戦った。
ギルドマスターは静かに本を閉じると、ビルセイヤたちを見渡した。
「お前ら……とんでもない仕事を成し遂げたらしいな」
その言葉を聞いた瞬間――。
ようやく実感が湧いてきた。
自分たちは本当に、世界を救ったのだと。
第二章 第八十二話
ギルドへの報告
――続く。




