第八十一話 神殿からの帰還
アークレイドが消えた後もしばらく、誰も言葉を発することができなかった。
静まり返った神殿最深部。
崩れかけた天井。
砕け散った石柱。
そして、つい先ほどまで英雄が立っていた場所だけが、ぽっかりと空いている。
そこにはもう、誰もいなかった。
「……終わったんだな」
ツバサがぽつりと呟く。
いつもの軽口はない。
それほど大きな出来事だった。
「うん……」
セシリアも静かに頷いた。
その瞳は少し赤い。
ほんの短い時間だった。
だが、アークレイドという英雄の生き様は、確かに皆の心へ刻まれていた。
「ビルセイヤさん」
エミリアがそっと声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
ビルセイヤは、自分の右手へ視線を落とした。
英雄から託された力。
今もそこには、かすかな温もりが残っている。
「大丈夫だ」
ビルセイヤは静かに答えた。
「少し不思議な感じがするだけだ」
頭の中には、膨大な知識が残っていた。
剣技。
戦術。
魔力操作。
まだ完全に理解できたわけではない。
だが、それらが確かに自分の中へ刻み込まれたことだけは分かる。
「……帰ろう」
ビルセイヤが顔を上げた。
「まずはギルドへ報告だ」
その言葉に、全員が頷く。
――その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
神殿全体が大きく揺れた。
「うわっ!?」
エミリアが悲鳴を上げる。
次の瞬間、天井から大量の瓦礫が落ちてきた。
アークレイドが消えたことで、神殿を支えていた封印の力も失われたのだろう。
「急ぐぞ!」
ビルセイヤが叫ぶ。
「ここは崩れる!」
全員が一斉に駆け出した。
神殿最深部から階段へ。
地下通路を全力で走る。
背後では、崩落音が容赦なく迫ってきていた。
まるで神殿そのものが、役目を終えて寿命を迎えたかのようだった。
「こういうのは最後まで気が抜けないな!」
ツバサが叫ぶ。
「フラグを立てるからですよ!」
エミリアがすかさず言い返す。
緊張感の中にも、少しだけ笑いが生まれた。
それが逆に安心できた。
生きている。
全員、無事だ。
だからこそ、こんなやり取りができる。
やがて前方に光が見えた。
「出口だ!」
セシリアが声を上げる。
次の瞬間――全員が神殿の外へ飛び出した。
そして。
ドォォォォォォォォン!!
背後で、古代神殿が崩壊した。
巨大な砂煙が舞い上がり、大地を震わせる。
古代神殿。
千年前の英雄を封じ、世界の災厄を繋ぎ止めていた遺跡。
その役目は、今ここで終わったのだ。
誰も言葉を発しなかった。
ただ静かに、その光景を見つめる。
やがて、ビルセイヤがぽつりと言った。
「帰ろう」
「みんな待ってる」
セシリアが小さく微笑む。
「そうね。きっとギルドマスターも驚くわ」
ツバサが苦笑した。
「英雄が復活して魔神と戦いました、なんて報告しても信じてもらえないだろうな」
「私も逆の立場なら信じません」
エミリアが真顔で頷く。
その返答に、思わず全員が笑った。
長い戦いが終わった。
だが、旅は終わらない。
アークレイドが最後に残した言葉。
『この世界は広い』
『そして、お前が思う以上に深い』
その意味を、ビルセイヤはまだ知らない。
だが、一つだけ確かなことがあった。
自分たちは、これからも前へ進む。
仲間と共に。
新たな冒険へ向かって。
夕暮れの空の下。
四人は神殿を後にした。
その背中を、どこか優しい風がそっと押していた。
第二章 第八十一話
神殿からの帰還
――続く。




