第七十七話 託された一撃
ゴォォォォォォォォッ!!
異界の魔神が咆哮する。
その声だけで、神殿最深部が激しく震えた。
天井から瓦礫が降り注ぎ、壁には無数の亀裂が走る。
床は既に何度も砕かれ、足場として残っている場所の方が少ない。
このまま戦いが長引けば、神殿そのものが崩壊するだろう。
だが――誰一人として退こうとはしなかった。
退けば終わる。
ここで止められなければ、世界が終わる。
それを、全員が理解していた。
「行くぞォォォッ!!」
アークレイドが大地を蹴る。
白銀の鎧が閃光をまとい、英雄の身体が一直線に魔神へと駆けた。
その姿は、まるで夜空を裂く流星のようだった。
『愚かな』
魔神が巨大な腕を振るう。
山を薙ぎ払えそうな一撃。
まともに受ければ、人など骨も残らない。
だが――当たらない。
アークレイドは空中を駆けるように身を翻し、その一撃を紙一重で回避した。
そして次の瞬間には、もう魔神の懐へ潜り込んでいる。
「はあああああっ!!」
白銀の剣が閃いた。
ズバァァァッ!!
黒い鱗が裂ける。
さらに――
ズバァッ!
ズバァァァッ!!
連続斬撃。
魔神の胸、肩、腕へと次々に傷が刻まれていく。
黒紫の血が宙に散り、神殿の床を汚した。
『ぐぅぅっ!!』
魔神が怒りの唸り声を上げる。
その巨大な視線が、完全にアークレイドへ集中した。
――狙い通りだ。
「今だ!!」
アークレイドの叫びが響く。
ビルセイヤは地面を蹴った。
全速力で走る。
一直線に、魔神の足元へ。
その途中で、黒い霧から生まれた魔物たちが立ちはだかった。
狼型。
蜘蛛型。
翼を持つ異形。
どれも人を喰い殺すには十分すぎる怪物だ。
「邪魔だ!」
ビルセイヤは剣を振るう。
一体。
二体。
三体。
斬る。
踏み込む。
また斬る。
剣道で鍛えた踏み込みと、実戦で磨かれた間合い。
最短で、最速で、前へ進むための剣。
だが、数が多い。
次から次へと湧き出てくる。
「ビルセイヤ!」
横からセシリアが飛び込んだ。
「ここは任せて!」
鋭い斬撃が走る。
ビルセイヤへ飛びかかろうとした魔物の首が飛び、続く一閃が二体まとめて切り伏せた。
セシリアはそのまま前へ出て、群れを押し返す。
「行って!!」
力強い声だった。
迷いのない、背中を押す声。
ビルセイヤは短く頷く。
「頼んだ!」
さらに前へ駆ける。
すると今度は、上空から翼を持つ魔物たちが襲いかかってきた。
黒い影が視界を覆う。
だが、その瞬間――
キィィィィィン!!
一筋の銀光が空を裂いた。
魔物たちが一斉に両断される。
「前だけ見ろ!」
ツバサだった。
日本刀を肩に担ぎ、ニヤリと笑う。
「核を壊すんだろ?」
「なら、俺たちを信じろ」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
セシリアが道を開く。
ツバサが空を斬る。
エミリアが後ろから支える。
仲間たちが、自分のために戦ってくれている。
だから――
自分は前へ進むだけだ。
やがて、ビルセイヤは魔神の足元へ辿り着いた。
見上げる。
巨大すぎる。
胸部にある魔神核は、遥か上空だ。
人間の身体能力では、どう足掻いても届かない。
だが。
「ビルセイヤさん!!」
エミリアの声が響いた。
振り返ると、彼女の周囲に風の精霊たちが集まっている。
杖の先には巨大な魔法陣。
「風で飛ばします!!」
エミリアの額には汗が浮かんでいた。
かなりの魔力を使うのだろう。
「一度しかできません!」
ビルセイヤは剣を握り直す。
「十分だ!!」
エミリアが杖を掲げる。
風が唸り、渦を巻く。
神殿最深部に暴風が生まれた。
「ウィンド・ランチャー!!」
轟風が爆ぜた。
次の瞬間、ビルセイヤの身体が一気に打ち上げられる。
視界がぶれる。
景色が流れる。
だが、狙いはぶれない。
胸部。
露出した魔神核へ。
『何っ!?』
初めて、魔神が驚愕の声を上げた。
その一瞬の隙を、アークレイドは見逃さない。
「遅い!」
英雄の剣が閃く。
ズバァァァァッ!!
魔神の胸部を覆う鱗が、大きく切り裂かれた。
守りが崩れる。
赤黒い結晶が姿を現した。
魔神核。
この災厄の中心。
世界を滅ぼす力の核。
ビルセイヤは、全身全霊で剣を握り締めた。
剣道で鍛えた日々。
異世界へ来てから積み重ねた戦い。
セシリアと並んで剣を振るった時間。
ツバサと競い合い、エミリアに支えられ、仲間たちと築いてきた旅路。
全部が、ここへ繋がっている。
負けられない。
ここで止める。
「うおおおおおおおおっ!!」
渾身の一撃。
ビルセイヤの剣が、真っ直ぐに魔神核へ突き刺さった。
そして――
パキッ。
小さな音が響く。
魔神の表情が変わった。
『まさか……』
赤黒い結晶に亀裂が走る。
一本。
また一本。
細い亀裂は瞬く間に増え、蜘蛛の巣のように結晶全体へ広がっていった。
全員が息を呑む。
いける。
壊せる。
勝てる――!
そう思った、その瞬間だった。
魔神が笑った。
『面白い』
背筋が凍る。
嫌な予感がした。
次の瞬間、亀裂だらけの魔神核が禍々しい光を放つ。
脈打つように。
燃え上がるように。
まるで、最後の力を解き放つかのように――。
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第二章 第七十七話
託された一撃
――続く。




