第七十三話 千年前の英雄
神殿最深部――。
異様な静寂が広がっていた。
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誰も動かない。
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いや、動けない。
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封印から解放された男――アークレイド。
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その存在感が、空間そのものを支配していた。
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ただ立っているだけ。
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それだけで周囲の空気が重くなる。
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まるで目の前にいるのは人間ではなく、巨大な竜か、あるいは天災そのものだった。
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ビルセイヤは無意識に剣を握り直す。
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本能が警鐘を鳴らしていた。
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危険だ。
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今まで戦ったどんな敵よりも。
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ブラックウルフキング。
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ブラックベアロード。
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超巨大ゴーレム。
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それらとは比較にならない。
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もし敵になれば勝てる保証などどこにもなかった。
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「お前たち」
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アークレイドが口を開く。
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落ち着いた声。
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だが、その一言だけで全員の神経が張り詰めた。
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「今は何年だ?」
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意外な問いだった。
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ビルセイヤは警戒を解かぬまま答える。
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「神歴一〇三二年だ」
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アークレイドは静かに目を閉じた。
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「なるほど……」
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「本当に千年経ったのか」
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その表情には懐かしさが浮かんでいた。
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まるで長い夢から目覚めた者のように。
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だが、油断はできない。
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足元では黒ローブの男が苦しんでいる。
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自分を復活させた相手を平然と叩き潰した男だ。
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「聞きたいことがある」
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ビルセイヤが一歩前へ出た。
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「お前は本当に英雄なのか?」
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アークレイドは小さく笑う。
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「英雄か……」
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「懐かしい呼び名だ」
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そう呟き、遥か上の天井を見上げた。
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「確かに昔はそう呼ばれていた」
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神殿に静かな声が響く。
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「千年前――」
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「異界の門が開いた」
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その言葉に全員が耳を傾ける。
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「そこから現れたのは異界の魔神」
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「そして無数の異界魔物たちだった」
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先ほど見た映像。
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古代文明を滅ぼした災厄。
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それが現実だったのだ。
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「私は戦った」
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「仲間たちと共にな」
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一瞬だけ。
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その瞳に深い悲しみが宿る。
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「多くの者が死んだ」
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「多くの国が滅びた」
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「文明さえ消え去った」
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重い言葉だった。
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実際にその地獄を見た者だけが語れる重みがある。
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「そして最後に」
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「私は異界の魔神を封印した」
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セシリアたちが息を呑む。
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本物だ。
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目の前の男は間違いなく世界を救った英雄だった。
◇◇◇
だが。
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ツバサが疑問を口にする。
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「なら何で封印されてたんだ?」
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「普通なら英雄として祀られるだろ」
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その問いに、アークレイドは沈黙した。
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数秒。
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静寂が流れる。
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そして。
◇◇◇
「封印したのは私自身だ」
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「……は?」
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セシリアが目を丸くする。
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アークレイドは続けた。
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「異界の魔神は倒せなかった」
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「封印しただけだ」
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全員の表情が変わる。
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「まさか……」
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エミリアが震える声を漏らした。
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「まだ生きているんですか?」
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「生きている」
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即答だった。
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神殿の空気がさらに重くなる。
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「封印は永遠ではない」
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「いずれ必ず弱まる」
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「だから私は眠った」
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「次の戦いに備えてな」
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理屈は分かる。
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世界を守るため、自ら封印の中で眠った。
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確かに英雄らしい選択だ。
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だが。
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ビルセイヤには一つだけ引っ掛かることがあった。
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「なら、なぜ怒った?」
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視線を黒ローブの男へ向ける。
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蛇の牙の首領。
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彼は世界を救うためにアークレイドを復活させたはずだ。
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アークレイドは静かに答えた。
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「まだ早い」
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「封印は破られていない」
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「今の世界には、まだ戦う時間が残されていた」
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その時だった。
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ゴゴゴゴゴゴゴ……。
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神殿全体が揺れ始める。
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「何だ!?」
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ツバサが即座に周囲を警戒する。
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すると。
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神殿中央に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
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黒い光。
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禍々しい魔力。
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見るだけで本能が拒絶するような気配。
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そして。
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初めてだった。
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アークレイドの表情から余裕が消える。
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「馬鹿な……」
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英雄が呟く。
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「封印が……ここまで弱まっているのか?」
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次の瞬間。
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ピシッ――。
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魔法陣の中心に亀裂が走った。
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空間そのものが割れる。
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あり得ない現象。
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そして。
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闇の裂け目の奥から、巨大な赤い瞳が現れた。
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見た瞬間。
◇◇◇
全員の背筋が凍り付く。
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理屈ではない。
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本能が理解した。
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あれは見てはいけない存在だと。
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アークレイドが剣へ手を掛ける。
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その表情は英雄ではない。
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千年前の戦士だった。
◇◇◇
「来るぞ……」
◇◇◇
低い声が神殿に響く。
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異界の魔神。
◇◇◇
千年前に世界を滅亡寸前まで追い込んだ災厄。
◇◇◇
その復活の時が、ついに迫っていた。
第二章 第七十三話
「千年前の英雄」
――続く。




