第七十一話 神殿最深部
古代神殿の地下階段――。
ビルセイヤたちは、慎重に石段を下りていた。
超巨大ゴーレムを倒したとはいえ、気は抜けない。
むしろ、ここからが本番だった。
蛇の牙。
黒ローブの男。
千年前から続くという謎の計画。
その全てが、この地下に眠っている。
◇◇◇
階段は異様なほど長かった。
一段。
また一段。
下りても、下りても終わりが見えない。
まるで地の底へと誘われているようだった。
◇◇◇
「深いわね……」
◇◇◇
セシリアが小さく呟く。
◇◇◇
「本当に地下なのかしら、これ」
◇◇◇
ツバサも周囲へ視線を巡らせた。
壁には古代文字が刻まれている。
蛇を模した紋章。
翼を持つ人影。
そして、太陽にも似た巨大な光球。
どれも意味は分からない。
だが、ただの装飾ではないことだけは伝わってくる。
◇◇◇
「気になるな」
◇◇◇
「後でじっくり調べたいところだ」
◇◇◇
そんな会話を交わしていた、その時だった。
不意に、階段が終わる。
最後の一段を下りた先に広がっていたのは――巨大な空間だった。
◇◇◇
「これは……」
◇◇◇
全員が息を呑む。
神殿最深部。
そこは、地下とは思えないほど広大な空間だった。
天井は高く、闇に溶けて見えない。
壁面には無数の結晶が埋め込まれ、淡い光を放っている。
青、白、紫――様々な色の輝きが揺らめき、幻想的な景色を作り出していた。
だが、その美しさに見惚れる余裕は誰にもなかった。
空間の中央にある“それ”を見た瞬間、全員の表情が変わったからだ。
巨大な水晶。
高さは十メートルを超えている。
内部で紫色の光が脈打つように揺れ、その存在だけで空気が重くなる。
そして、その水晶の前に――黒ローブの男が立っていた。
◇◇◇
「待っていたよ」
◇◇◇
男がゆっくりと振り返る。
フードの奥から覗いた顔は、五十代ほどに見えた。
痩せた男だ。
だが、その目だけが異様な光を宿している。
疲弊も、焦りもない。
まるでここへ来ることさえ計画の内だったと言わんばかりの表情だった。
◇◇◇
「ようやくここまで来たな」
◇◇◇
ビルセイヤが一歩前へ出る。
◇◇◇
「貴様が蛇の牙の首領か」
◇◇◇
男は薄く笑った。
◇◇◇
「首領、か」
◇◇◇
「……そう呼ばれることもある」
◇◇◇
否定はしない。
それだけで十分だった。
セシリアが剣を構え、鋭い視線を向ける。
◇◇◇
「何が目的なの?」
◇◇◇
「盗賊団の暗躍も、鉱山襲撃も、魔物の支配も――全部お前の仕業なんでしょう!」
◇◇◇
男は静かに頷いた。
◇◇◇
「その通りだ」
◇◇◇
あまりにもあっさりと認めた。
その迷いのなさに、逆に全員が息を呑む。
◇◇◇
「なぜだ」
◇◇◇
ビルセイヤが問い掛ける。
男は答える代わりに、背後の巨大水晶へ視線を向けた。
その目には、狂気にも似た熱が宿っていた。
◇◇◇
「世界を救うためだ」
◇◇◇
一瞬、場が静まり返る。
◇◇◇
「……は?」
◇◇◇
ツバサが思わず間の抜けた声を漏らした。
◇◇◇
「世界を救う?」
◇◇◇
「魔物を操って街を襲わせておいて、よくそんな台詞が言えたな」
◇◇◇
男は真剣だった。
冗談を言っている顔ではない。
むしろ、自分こそが正しいと信じ切っている者の目だった。
◇◇◇
「お前たちは知らない」
◇◇◇
「千年前、この世界で何が起きたのかを」
◇◇◇
そう言って男は、水晶へ片手を触れる。
直後――水晶が眩く輝いた。
空間を満たす光。
次いで、何もなかったはずの空中に映像が浮かび上がる。
古代都市。
天を突くような塔。
巨大な城。
空を滑るように飛ぶ船。
人々が行き交い、光が街を照らす。
◇◇◇
「古代文明……」
◇◇◇
エミリアが息を呑む。
それは文献の断片でしか語られない、失われた時代の光景だった。
だが、映像はそこで終わらない。
空が裂けた。
巨大な黒い穴が、空間そのものを食い破るように現れる。
そして――。
そこから、異形の怪物たちが這い出してきた。
人の形をしていない。
獣とも魔物とも違う。
禍々しい黒い肉体。
歪んだ翼。
幾つもの目。
見るだけで本能が拒絶するような存在。
◇◇◇
「なんだ、あれ……」
◇◇◇
セシリアの声が掠れる。
怪物たちは古代都市へ降り立ち、破壊を始めた。
建物が崩れ、人々が逃げ惑う。
兵士たちは抗うが、まるで歯が立たない。
炎が上がり、悲鳴が響き、文明そのものが呑み込まれていく。
◇◇◇
「千年前――」
◇◇◇
男が、陶酔するように語る。
◇◇◇
「世界は一度、滅びかけた」
◇◇◇
「異界の魔神によってな」
◇◇◇
異界の魔神。
初めて聞く名だった。
だが、その言葉が持つ不吉さは誰にでも分かる。
ビルセイヤは水晶を睨みつける。
あれはただの映像ではない。
何かもっと深い記録――あるいは記憶そのものだ。
◇◇◇
「そして、この水晶には封印されている」
◇◇◇
男の口元が歪む。
その瞳には、もはや理性よりも執念の方が強く宿っていた。
◇◇◇
「世界を救う力が」
◇◇◇
嫌な予感が走る。
ビルセイヤは剣を握り直した。
◇◇◇
「お前……まさか」
◇◇◇
男は両手を広げる。
まるで祝福でも受けるように、満面の笑みを浮かべて。
◇◇◇
「そうだ」
◇◇◇
「私は英雄を復活させる」
◇◇◇
その言葉と同時に――。
巨大な水晶に、一本の亀裂が走った。
◇◇◇
パキッ――。
◇◇◇
全員の身体が強張る。
封印が。
今、まさに解かれようとしていた。
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第二章 第七十一話
「神殿最深部」
--続く




