第十二話 森の奥の遺跡
オークジェネラル討伐から二日後。
ビルセイヤたちは再びフォレスト草原へと足を運んでいた。
今回の目的は魔物討伐ではない。
オークジェネラルの縄張りだった森のさらに奥で発見された、古代遺跡の調査である。
冒険者ギルドから正式に発行された依頼だ。
同行者は、いつもの三人。
前衛のビルセイヤ。
前衛のセシリア。
中衛兼後衛のエミリア。
まだ結成されたばかりの即席パーティーではあるが、すでに息は合い始めていた。
◇◇◇
「遺跡なんて初めてです」
エミリアが少し興奮した様子で言う。
エルフらしく落ち着いた性格をしているが、未知のものへの好奇心は人並みにあるらしい。
普段より声が少し弾んでいた。
「私もです!」
セシリアも元気よく手を挙げる。
「お宝とかあるんでしょうか!」
「お前はそればっかりだな」
ビルセイヤが苦笑すると、セシリアは胸を張った。
「だって冒険者ですから!」
確かに間違ってはいない。
遺跡といえば財宝。
財宝といえば冒険者の夢だ。
古代の金貨、魔道具、失われた秘宝――そういうものを求めて危険な場所へ飛び込むのが冒険者という生き物である。
◇◇◇
しかし、ビルセイヤの興味は別のところにあった。
古代遺跡。
失われた文明。
そして、失われた技術。
刀鍛冶として生きてきた彼にとって、それらは何より魅力的だった。
異世界の鍛冶技術。
異世界の金属加工技術。
もし、それらを知ることができれば――。
「ビルセイヤさん?」
エミリアの声で我に返る。
「どうした?」
「少し楽しそうです」
どうやら顔に出ていたらしい。
ビルセイヤは苦笑しながら頷いた。
「そうかもしれないな。古い技術には興味がある」
その言葉に、セシリアとエミリアは納得したように顔を見合わせた。
「やっぱり鍛冶師なんですね」
「刀鍛冶見習い、だったけどな」
元の世界では、まだ見習いだった。
だが、その積み重ねてきた日々が、今の自分を形作っていることは間違いない。
◇◇◇
森の奥へ進むこと約二時間。
やがて木々が途切れた。
「これは……」
セシリアが息を呑む。
視界の先に、巨大な建造物があった。
石造りの遺跡。
長い年月によって半ば崩壊しているが、それでも圧倒的な存在感を放っている。
巨大な石柱。
風雨に削られた石壁。
苔むした階段。
そして入口の両脇には、守護者のような石像が立っていた。
自然に飲み込まれつつありながら、なおそこに在り続ける威厳がある。
「本当に遺跡ですね……」
エミリアも目を丸くする。
冒険者として活動していても、遺跡探索の機会はそう多くない。
まして、これほど大規模なものは珍しかった。
石壁には蔦が絡み、崩れた屋根の隙間から光が差し込んでいる。
どこか神殿にも似た荘厳さと、長く放置されてきた廃墟の不気味さが同居していた。
「中に入るぞ。気を抜くな」
ビルセイヤの声に、二人は頷いた。
◇◇◇
三人は慎重に内部へ足を踏み入れた。
ひんやりとした空気が肌を撫でる。
外の風や鳥の声が嘘のように、遺跡の中は静まり返っていた。
響くのは、自分たちの足音だけ。
崩れた天井から差し込む光が、薄暗い通路をぼんやりと照らしている。
壁にはひびが走り、床には砕けた石片が散らばっていた。
「気をつけてください」
エミリアが小声で言う。
「こういう場所には、魔物が住み着いていることがあります」
「だろうな」
ビルセイヤも頷く。
むしろ何も出ない方が珍しい。
これほど古い遺跡なら、魔物の巣になっていても不思議ではない。
セシリアも剣の柄に手をかけながら周囲を見回していた。
「罠とかもありそうですね」
「足元はしっかり見ておけよ」
「はい!」
◇◇◇
その時だった。
カタカタカタ……。
不気味な音が響く。
三人が同時に足を止めた。
「今の音……」
セシリアが剣の柄を握る。
暗闇の奥。
何かが動いた。
そして、姿を現す。
白骨。
空洞の眼窩。
錆びついた剣。
人の形をした骸骨だった。
「スケルトン!」
エミリアが叫ぶ。
アンデッドモンスター。
死者が魔力によって動き出した存在だ。
現れたのは三体。
ぎこちない足取りで、しかし確実にこちらへ近づいてくる。
◇◇◇
だが、ビルセイヤは冷静だった。
オークジェネラルと戦った後だ。
威圧感は比較にならない。
「俺がやる」
ロングソードを抜く。
スケルトンの一体が、錆びた剣を振り上げた。
遅い。
動きが単調だ。
踏み込む。
斬る。
ガシャァァン!
一体目が、胴から真っ二つになって砕け散った。
「えっ……」
エミリアが思わず目を見開く。
ビルセイヤは止まらない。
二体目の横薙ぎを紙一重でかわし、そのまま首元へ一閃。
頭蓋骨が吹き飛び、骨の身体が崩れ落ちる。
三体目が背後から迫る。
だが、足音で位置は分かる。
振り返りざまの斬撃。
胸骨ごと斬り裂かれたスケルトンは、そのまま床へ散らばった。
ほとんど一瞬だった。
「終わりだ」
ロングソードを鞘へ納める。
セシリアが感心したように笑った。
「前より剣が鋭くなってません?」
「そうか?」
「なってます」
エミリアもこくこくと頷く。
「昨日より迷いがないというか……動きがもっと綺麗になってます」
オークとの戦いを経て、実戦の感覚が身体に馴染み始めているのかもしれない。
ビルセイヤ自身はまだ自覚していなかったが、確かに剣は少しずつ変わり始めていた。
◇◇◇
探索を再開する。
通路の壁には、古い壁画が描かれていた。
武器を持つ戦士。
巨大な炉。
火花を散らす職人。
そして、数多くの武具。
「これは……」
ビルセイヤが立ち止まる。
目を奪われた。
そこに描かれていたのは、鍛冶師たちの姿だった。
炎の前に立ち、鉄を打つ者。
ふいごで火を起こす者。
完成した剣を掲げる者。
それはまるで、この遺跡がただの神殿や墓ではなく、何かの工房、あるいは鍛冶に関わる場所だったと示しているかのようだった。
「鍛冶の壁画ですか?」
セシリアが尋ねる。
「ああ」
ビルセイヤは頷く。
心臓が高鳴る。
職人としての本能が、何かを感じ取っていた。
「ただの遺跡じゃない……鍛冶に関係した施設かもしれない」
「そんなことまで分かるんですか?」
「確信はない。でも、この壁画の並び方には意味がある気がする」
炉が中央に大きく描かれ、その周囲に職人たちが配置されている。
武器を持つ戦士より、鍛冶師の方が強調されているのも気になった。
この遺跡には、まだ何かある。
ビルセイヤの胸の奥で、そんな予感が強くなっていく。
◇◇◇
さらに奥へ進む。
やがて三人は最奥部へ辿り着いた。
そこは広い円形の部屋だった。
中央には祭壇がある。
数百年、あるいは数千年の時を経ているはずなのに、不思議なほど保存状態が良い。
壁面には複雑な紋様が刻まれ、床には大きな魔法陣のような模様が広がっていた。
そして祭壇の中央。
一冊の本が置かれていた。
「本……?」
セシリアが首を傾げる。
「宝箱じゃないんですね」
少し残念そうだ。
だが、ビルセイヤは違った。
本を見た瞬間、なぜか目が離せなくなった。
呼ばれている。
そんな感覚だった。
「ビルセイヤさん?」
エミリアが不安そうに声をかける。
だが、ビルセイヤの足は止まらない。
ゆっくりと祭壇へ近づいていく。
◇◇◇
手を伸ばす。
そして、本を開いた。
その瞬間――眩い光が溢れ出した。
「なっ!?」
「ビルセイヤさん!」
「危ない!」
セシリアとエミリアが叫ぶ。
だが、光は一瞬だった。
次の瞬間には消えている。
何も起きていないように見えた。
だが、違った。
◇◇◇
大量の知識が流れ込んでくる。
鉄の精錬。
鋼の生成。
熱処理。
鍛接。
折り返し鍛錬。
焼き入れ。
見たこともない金属加工技術。
知らないはずの鍛造理論。
膨大な情報が、脳内へ直接刻み込まれていく。
「これは……っ」
ビルセイヤは思わず息を呑んだ。
ただの本ではない。
古代鍛冶師の叡智。
失われた技術の結晶。
そして――ビルセイヤが刀鍛冶として大きく成長するための、最初の財産だった。
火の温度の見極め。
鋼の層の重ね方。
この世界に存在する未知の鉱石の扱い方。
まるで、古代の鍛冶師が直接語りかけてくるように、技術と知識が脳へ流れ込んでくる。
「ビルセイヤさん、大丈夫ですか!?」
セシリアの声が遠く聞こえる。
エミリアも心配そうに駆け寄ってくる。
だが、ビルセイヤの意識は本の中に引き込まれていた。
――鍛えろ。
――打て。
――己の信じる剣を。
そんな声なき意思さえ感じる。
◇◇◇
やがて光が完全に消えた時、ビルセイヤは荒い息を吐いていた。
「ビルセイヤさん!」
「大丈夫ですか!?」
二人が顔を覗き込んでくる。
「ああ……大丈夫だ」
そう答えながらも、胸の鼓動は激しかった。
頭の中には、今まで知らなかったはずの鍛冶知識が鮮明に残っている。
夢ではない。
間違いなく、何かを受け継いだのだ。
「何があったんですか?」
エミリアが不安そうに尋ねる。
ビルセイヤは祭壇の上の本を見つめながら、静かに答えた。
「……古代鍛冶師の技術書みたいなものだ」
「技術書?」
「ああ。しかも、ただ読む本じゃない。触れた相手に知識を刻み込む類のものらしい」
セシリアとエミリアが顔を見合わせる。
「そんなものが本当に……」
「この遺跡、やっぱりただの遺跡じゃなかったんですね」
ビルセイヤは小さく頷いた。
この場所は、古代の鍛冶師たちが何かを遺すために作った場所なのかもしれない。
そして自分は、その遺志の一端を受け取ってしまった。
その時、ビルセイヤはまだ知らない。
この一冊の本との出会いが、後に伝説の日本刀を生み出し――。
さらには、世界を救う英雄への道へと繋がっていくことを。
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第一章 第十二話
森の奥の遺跡
――続く。




