第六十六話 古代遺跡の門
ブラックベアロードを討伐してから、数時間後――。
クラン【ホーム】は、森のさらに奥へと進んでいた。
不思議なことに、周囲からは魔物の気配が消えていた。
フォレストウルフも。
フォレストエイプも。
ジャイアントボアも。
あれほどまでに森を埋め尽くしていた魔物たちが、まるで最初から存在しなかったかのように姿を消している。
森は異様な静寂に包まれていた。
風が木々を揺らす音すら遠い。
鳥の囀りもない。
虫の羽音さえ聞こえない。
生き物の気配が、あまりにも薄かった。
◇◇◇
「気味が悪いな」
◇◇◇
ツバサが周囲を警戒しながら呟く。
腰の日本刀には、すでに手が掛かっていた。
◇◇◇
「ブラックベアロードが森の王だったのかもしれないわね」
◇◇◇
セシリアが辺りを見回す。
◇◇◇
「支配が解けて、魔物たちも逃げたとか」
「その可能性はあります」
◇◇◇
エミリアも頷いた。
だが、その表情はどこか硬い。
ビルセイヤだけは、別の違和感を覚えていた。
静かすぎる。
あまりにも。
まるで何かが息を潜めて、こちらを待っているかのような――そんな不気味さがあった。
◇◇◇
「警戒は解くな」
◇◇◇
ビルセイヤが低く告げる。
◇◇◇
「古代遺跡は近いはずだ」
◇◇◇
その予感は、すぐに現実となった。
しばらく森を進んだ、その先。
突然、木々が途切れた。
◇◇◇
「これは……」
◇◇◇
セシリアが息を呑む。
目の前に広がっていたのは――巨大な遺跡だった。
高さ三十メートルを超える外壁。
長い年月、風雨に晒されながらも崩れることなく立ち続ける石造建築。
苔むした石柱。
砕けた彫刻。
地面に半ば埋もれた祭壇らしき残骸。
そして中央にそびえる、巨大な門。
まるで古代の神殿だった。
いや、神殿という言葉でさえ足りない。
そこにあるのは、人が祈るための建物というより――
何かを封じ、あるいは何かを守るために築かれた巨大な牢獄のような威圧感だった。
◇◇◇
「想像以上だな……」
◇◇◇
ツバサも思わず見上げる。
門には無数の紋様が刻まれていた。
蛇。
翼。
太陽。
そして見たこともない古代文字。
その一つ一つが、長い年月を経てもなお失われない不気味な存在感を放っている。
◇◇◇
「数百年前どころじゃありません」
◇◇◇
エミリアがそっと門に手を触れた。
その瞬間、彼女の表情が強張る。
◇◇◇
「とても古い魔力を感じます……」
◇◇◇
「精霊たちが怯えています」
◇◇◇
その一言だけで十分だった。
この場所が普通ではないことは、誰の目にも明らかだった。
空気が重い。
呼吸をするたびに、胸の奥へ冷たいものが入り込んでくるような感覚がある。
ここには、今もなお何かが眠っている。
そう思わせるには十分すぎた。
◇◇◇
「ここが蛇の牙の目的地か……」
◇◇◇
ツバサが低く呟いた、その時だった。
◇◇◇
カチリ――。
◇◇◇
小さな音が響く。
全員の視線が門の中央へ向いた。
そこには、三つの窪みがあった。
そして、そのうち二つが紫色に発光している。
◇◇◇
「三つの鍵……」
◇◇◇
ビルセイヤが眉をひそめる。
脳裏に蘇るのは、ブラックベアロードから回収した黒い金属片に刻まれていた言葉。
◇◇◇
『最終鍵、解放準備完了』
◇◇◇
嫌な予感が、背筋を駆け上がった。
その瞬間だった。
ビルセイヤの懐にしまっていた金属片が、淡く紫色に光り始める。
◇◇◇
「なっ!?」
◇◇◇
慌てて取り出す。
だが、次の瞬間――金属片はビルセイヤの手を離れ、勝手に宙へ浮かび上がった。
◇◇◇
「まずい!」
◇◇◇
エミリアが叫ぶ。
金属片は、まるで吸い寄せられるように門へ向かって飛んでいく。
◇◇◇
「止めろ!」
◇◇◇
ツバサが地を蹴った。
だが、間に合わない。
◇◇◇
カチッ――。
◇◇◇
最後の窪みに、金属片がぴたりと収まった。
その瞬間。
◇◇◇
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
◇◇◇
大地が激しく震えた。
巨大な門全体が紫色の光に包まれる。
地面の下から、何かが目を覚ますような不気味な振動が伝わってきた。
◇◇◇
「しまった……!」
◇◇◇
ビルセイヤが顔をしかめる。
利用された。
最初から、これが目的だったのだ。
盗賊団。
北部鉱山のレッドオーガ。
南門を襲ったブラックウルフキング。
そして森の王ブラックベアロード。
全ては三つの鍵を揃えるため。
そして最後の鍵を、ここまで運ばせるための布石だった。
◇◇◇
「封印が解かれる……!」
◇◇◇
エミリアの顔が青ざめる。
彼女の周囲に漂う精霊たちが、怯えるように震えていた。
それほどまでに、この門の向こうに眠るものは危険なのだ。
ゆっくりと門が開き始める。
◇◇◇
ギギギギギギギ……。
◇◇◇
重い石の擦れる音が、遺跡全体へ響き渡る。
門の奥は闇だった。
底の見えない巨大な地下空間。
どこまでも続いていそうな暗闇。
そして、その奥から流れ出してくる濃密な魔力。
空気が変わる。
肌が粟立つ。
生き物としての本能が、ここへ踏み込むなと警鐘を鳴らしていた。
――その時。
闇の奥から、拍手が聞こえた。
◇◇◇
パチ。
パチパチ。
パチパチパチ――。
◇◇◇
「素晴らしい」
◇◇◇
男の声だった。
低く、どこか愉快そうな響き。
闇の奥から、一人の黒ローブ姿がゆっくりと歩み出てくる。
フードに顔は隠されている。
表情は見えない。
だが――全員が直感した。
こいつだ。
蛇の牙の関係者。
これまでの事件すべての中心にいる人物。
◇◇◇
「感謝するよ」
◇◇◇
黒ローブの男は、口元だけを歪めて笑った。
◇◇◇
「最後の鍵を、ここまで運んでくれて」
◇◇◇
セシリアが剣を構える。
ツバサも刀へ手を添えた。
エミリアは即座に魔法陣を展開し、ビルセイヤは男を真っ直ぐ睨み据える。
◇◇◇
「貴様が蛇の牙か」
◇◇◇
ビルセイヤの問いに、男は肩をすくめた。
◇◇◇
「さて、どうだろうな」
◇◇◇
そして、ゆっくりと両手を広げる。
◇◇◇
「歓迎しよう」
◇◇◇
「古代神殿へ」
◇◇◇
その瞬間。
門の奥から、とてつもない魔力が噴き出した。
◇◇◇
ゴォォォォォォォォォッ!!
◇◇◇
空気が震える。
大地が唸る。
遺跡全体が軋み、空さえも重く沈んだように感じられた。
まるで世界そのものが警鐘を鳴らしているかのようだった。
ビルセイヤたちは、ついに黒幕と接触を果たした。
古代神殿に眠る秘密とは何か。
蛇の牙の真の目的とは何か。
そして、この門の向こうに封じられているものの正体とは――。
決戦の幕が、静かに上がろうとしていた。
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第二章 第六十六話
「古代遺跡の門」
――続く。




