第六十三話 古代遺跡への道
オーガス冒険者ギルド――。
古代遺跡の存在が判明した翌朝、クラン【ホーム】は出発の準備を進めていた。
今回の目的は明確だ。
蛇の牙の調査。
そして、『第三段階』と呼ばれる計画の阻止。
盗賊団の暗躍。
北部鉱山襲撃。
ブラックウルフキング率いる魔物の軍勢。
ここ数日で起きた一連の事件は、すべて一つの場所へ収束しようとしていた。
――オーガス西部の古代遺跡。
そこに黒幕がいる可能性は高い。
少なくとも、蛇の牙の正体に繋がる手掛かりはあるはずだった。
「食料の確認よし」
荷袋を点検しながら、セシリアが言う。
「保存食は五日分。水も問題なし」
「回復薬と魔力回復薬も補充済みです」
エミリアも頷いた。
「精霊石も十分あります。森の中で何が起きても、しばらくは対応できると思います」
後衛としての準備は万全。
セシリアもエミリアも、すでに戦闘モードへ意識を切り替えている。
一方で、少し離れた場所ではツバサが静かに日本刀の手入れをしていた。
布で刀身を丁寧に拭い、刃の状態を確かめる。
朝日を受けた刀身が、冷たい光を放った。
「やっぱり凄いな」
ツバサが満足そうに笑う。
「全然切れ味が落ちない」
ビルセイヤが研ぎ上げた愛刀。
ブラックウルフキングとの戦いでも、その切れ味は存分に発揮された。
「居合の威力も、前より上がってる気がする」
そう言ってツバサは刀を軽く振る。
居合術――。
鞘に納めた刀を一瞬で抜き放ち、敵を断つ神速の抜刀術。
先日の戦いでは、その一撃で数十体の魔物を薙ぎ払ってみせた。
ビルセイヤは苦笑する。
「見てる方が怖いくらいだ」
「お前も使えるだろ」
ツバサが肩を竦めた。
実際、ビルセイヤも日本刀を持てば居合を扱える。
剣道で鍛えた基礎と、剣そのものへの適応力の高さもあって、習得は早かった。
ただし、純粋な抜刀速度と“居合そのもの”の鋭さでは、まだツバサに一日の長がある。
ビルセイヤは剣の総合力。
ツバサは一撃の鋭さ。
同じ剣士でも、得意とする領域は微妙に違っていた。
「今回は強敵が出るかもしれない」
ビルセイヤが真剣な声音で言う。
「魔物だけじゃない。相手は人間――しかも、大規模な組織だ」
蛇の牙。
その名を思い浮かべるだけで、空気が重くなる。
盗賊を操り、魔物を使役し、街の周辺で計画的に騒動を起こしてきた連中だ。
今までのような単純な魔物討伐とは訳が違う。
「今まで以上に危険な戦いになる」
ビルセイヤは仲間たちを見回した。
「気を引き締めて行こう」
全員が静かに頷く。
その時だった。
「ビルセイヤ様!」
聞き慣れた声が背後から響いた。
振り返ると、そこにはリリアとミリアが立っていた。
二人とも、どこか不安そうな顔をしている。
「また危険な場所へ行くんですよね?」
リリアが小さな声で尋ねる。
ビルセイヤは少しだけ苦笑した。
「そうなるな」
隠しても意味はない。
今回の探索が危険であることは、誰の目にも明らかだった。
古代遺跡。
蛇の牙の本拠地かもしれない場所。
何が待ち受けているのか、まだ分からない。
「気をつけてください」
ミリアが深く頭を下げる。
「皆さんが無事に帰ってくるのを、待っています」
リリアもこくりと頷いた。
その姿に、セシリアが優しく笑う。
「大丈夫よ。ちゃんと帰ってくるから」
ツバサも軽く手を振った。
「そのために最近お前たちへ合気道を教えてるんだからな。俺たちが留守の間も、ちゃんと練習しとけよ」
「はい!」
二人は揃って元気よく返事をする。
その姿を見て、ビルセイヤは自然と口元を緩めた。
守るべき場所がある。
守るべき人がいる。
だからこそ、負けられない。
「行ってくる」
短くそう告げると、ビルセイヤは歩き出した。
セシリア。
エミリア。
ツバサ。
クラン【ホーム】の仲間たちも、その後に続く。
こうして一行はオーガスを出発した。
目指すは西の森。
そして、その奥に眠る古代遺跡だ。
◇◇◇
森へ入って数時間後。
周囲の景色は、明らかに変わり始めていた。
木々は異様なほど巨大で、枝葉は空を覆い隠すように広がっている。
昼間だというのに、森の中は薄暗い。
足元には湿った落ち葉が積もり、肌にまとわりつくような重い空気が流れていた。
「嫌な雰囲気ね……」
セシリアが周囲を見回しながら呟く。
「ええ……魔力もかなり濃いです」
エミリアが眉をひそめた。
精霊魔法の使い手である彼女には、この森の異常さがより鮮明に感じ取れるのだろう。
「自然な濃さじゃありません。何かが森全体に影響を与えているみたいです」
ビルセイヤも静かに頷く。
この森は普通ではない。
ただ古代遺跡が近いから、というだけでは説明できない違和感があった。
まるで森そのものが侵されているような、不快な感覚。
その時――。
ガサッ。
茂みが大きく揺れた。
全員が反射的に武器を構える。
飛び出してきたのは、巨大な猿型の魔物だった。
「フォレストエイプ!」
ツバサが即座に叫ぶ。
Cランク相当の魔物。
通常なら一体でも厄介な相手だ。
だが、それだけでは終わらなかった。
左右の茂みから、次々と同じ魔物が姿を現す。
一体。
二体。
三体。
四体。
五体。
気づけば完全に包囲されていた。
「歓迎してくれてるみたいだな」
ツバサが口元を吊り上げる。
同時に、刀へ手を添えた。
居合の構え。
腰を落とし、呼吸を整える。
戦場の喧騒とは真逆の、静かな集中。
空気が張り詰める。
そして次の瞬間――
キィィィィン!!
澄み切った抜刀音が森に響いた。
誰も、その瞬間を目で追えなかった。
最前列にいた二体のフォレストエイプが、ぴたりと動きを止める。
直後。
ズズズッ――。
二体の身体に斬線が走り、そのまま崩れ落ちた。
「相変わらず速いな」
ビルセイヤが苦笑する。
だが、残る三体も怯まない。
咆哮を上げながら、一斉に襲いかかってきた。
巨大な拳が振り下ろされる。
しかし――
ビルセイヤは冷静だった。
一歩、踏み込む。
剣閃。
ズバッ!
一体目の胴を斬り裂く。
返す刃で腕を断ち、体勢を崩したところへ追撃。
フォレストエイプはそのまま地面へ沈んだ。
「はあっ!」
続いてセシリアが飛び出す。
鋭い踏み込み。
迷いのない斬撃。
振り下ろされた拳をかわしざま、喉元へ一閃。
二体目のフォレストエイプが断末魔を上げて倒れた。
最後の一体がエミリアへ向かおうとした、その瞬間。
「ウィンド・カッター!」
風の刃が一直線に走る。
ズバンッ!
最後の一体の首元を深く裂き、巨体が横倒しになった。
戦闘終了。
「肩慣らしにはちょうどいいな」
ツバサが刀を鞘へ納めながら笑う。
だが――。
ビルセイヤは倒れた魔物を見て、表情を曇らせた。
「見ろ」
仲間たちが視線を向ける。
フォレストエイプの首元。
そこには、見覚えのある黒い首輪が装着されていた。
そして刻まれているのは――蛇の紋章。
「またか……」
セシリアが顔をしかめる。
これで確定だ。
古代遺跡へ近づくほど、蛇の牙の影響は濃くなっている。
この森そのものが、すでに奴らの支配下に置かれ始めているのかもしれない。
エミリアが森の奥へ視線を向けた。
「嫌な気配が、さらに強くなっています……」
まるで何かが待ち構えているかのように。
森の奥から、不気味な圧力がじわじわと流れ込んでくる。
ビルセイヤは剣を握り直した。
「進もう」
短い言葉に、全員が頷く。
クラン【ホーム】は警戒を強めながら、森のさらに奥へと足を踏み入れていく。
古代遺跡。
蛇の牙。
第三段階。
黒幕との距離は、確実に縮まりつつあった。
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第二章 第六十三話
「古代遺跡への道」
――続く。




